十話 『アイスを作ろう』

文字数 2,439文字

店長に頼んだら二つ返事でキッチンを貸してくれたぞ。普段は料理教室で使ってる場所らしい
あんまり店長から恩を売られすぎるのも気をつけた方が良いですよ。心理学では好意の返報性という法則があってですね
恩……?
あっ、自覚がゼロなら大丈夫っす
そんで、そっちの準備はうまくいったか?
必要そうな物は一通り集めて来ましたよ。アイスの型とか材料とか。調理器具はここに揃ってますしね
ふむ、では早速やりはじめるか……
早速作ってみましょう
………………
……………………
どうした、タバラ。思う存分作ってみていいんだぞ
ササーキさんこそ。夢に向かって駆け抜けてくださいよ
俺は食う専門だぞ。現場のことは君に任せる
なんでですか。ジンジャエールとかエクレアとかアイデアを出したのはササーキさんですよ
俺はアイデアマンであって、デザイナーなんだよ。それに作ろうって言い出したのは君だろ、現場監督
いきなり役職を与えられたって動けませんから。これじゃ、まるで野球経験がないのに野球部の顧問にされた先生の気分ですよ
いるよなそういう先生。とりあえず腕組んで険しい顔してるけど、練習を見守ることしかできないみたいな
で、どうするんですか? こんなやりとりで空気は冷えても、アイスは凍りませんよ
…………………仕方ない。おのおの好きな味で作ってみるか
最初からそうすれば良かったんですね。それでは、私はグァバとアサイーのジュースをミックスして作ってみます
また得体の知れないシャレたもの出してきやがって。俺は簡単そうなジンジャエールからやってみるか
難しいことは考えず、とりあえず型に入れてみますか。一時間ほど凍らせれば十分でしょう
ガリガリ君でも食いながら待つか
一時間後
そろそろですかね。取り出してみましょう
これは…………なんていうかほとんど氷だな。カッチカチだぞ
私の方もなにか違いますね。なめたら多少味はしますけど、アイスと言われるとちょっと……。酸味が強すぎるのでしょうか
確かに、こりゃジンジャエールというよりやや生姜風味のする水だ。色も薄いし、甘みもない
単純に凍らせるだけでは駄目だったんですね……
ガリガリ君……凄いな……。こんな技術力の結晶が百円もしないなんて……
ササーキさん。気持ちはわかりますが、これはガリガリ君の偉大さに改めて感心するって集会ではないんですよ
はっ! これならガリガリ君で良いやと思いかけてしまっていた……
それを言っては駄目ですよ、ササーキさん。もう少し可能性を探ってみましょ
それもそうだな。タバラ、ポイントは甘みと色、それから氷のほどよいソフト感だ!
ソフト感だ! ってそんな力強く言われましても……
そんなに難しく考えなくていいんじゃないか? 例えば、甘みは砂糖でいいだろ?
あっ、それなら色付きシロップはどうです? さすがにジンジャエール味はありませんが、黄色くすればそれらしくなると思います
それは名案だな。あとは氷を柔らかくするもの、柔らかくするもの…………しゃり
あっ、アイスの事を考えながらガリガリ君を食べるのはNGですよ。ドラッグ中毒者じゃないんですから。目的のブツを手に入れて明らかに思考力が低下してるじゃないですか
そういわれても氷を柔らかくするなんてどうすりゃいいんだ? 肉をヨーグルトに漬けると肉が柔らかくなるってテレビで見たことはあるが……
それだとヨーグルト氷になるだけでは?
うぅん、まいったな……ぜんぜん思いつかん……しゃり……
困りましたね……しゃり……
なぁ、タバラよ
どうしました、ササーキさん?
凄く怪しい生き物が、さっきからずっと俺たちのことを見ているんだが
えっ? どれです?
あそこだ。ガラス張りの向こうだよ
すごくどぎついピンク色をした生き物。見たくなくても目に飛び込んでくるだろ?
あっ、あれはっ⁉ なんという僥倖! まさかこんな場所にいるなんて!
えっ⁉ 知ってるの?
有名人ですよ! 料理研究家のキノコ・デラックス先生です! 知りません?
そんな奴は知らん。そもそも俺はグンマーランドに来て間もないんだぞ
あんたたち、こんなとこで何やってるのよ
やばい、キノコの怪物がこっちに近づいてくるぞ
怪物なんて失礼ですよ。キノコの人って言わないと……
キノコの人ってなんだよ。キノコ要素か怪物要素か、どっちか捨てろと言われればキノコを捨てるべきだろ
あらなに? あなたたち、アイス作ってるの?
熱気と圧がすごい……なぁ、タバラ。今ほど君のネタバレを望んでいる瞬間はないぞ。このバケモノは何なんだ?
ちょっと目の前にいるのにバケモノなんて失礼でしょ!
キノコ先生は料理研究家にして、自らがシェフをつとめるレストランのオーナーでもあるんですよ。強烈なキャラと辛口なコメントからテレビ番組でもひっぱりダコの人気芸能人なんです
それは俺の望んでいる種類のネタバレじゃない。むしろただの紹介だ
そこの汗っかきのあなた。まぁ、私のことよく知ってるじゃない。お礼と言ってはなんだけど、アイスの作り方を特別に教えてあげるわ
感激です!
その後、キノコ先生による料理教室が始まった。
シャーベットやザクザクした食感のアイスを作るなら、一度凍らせたものを砕いてやればいいのよ
なるほど、目からウロコですね
(見慣れたせいか、アップで見ると意外と迫力がないな……)
砕いたらそれをまた固めてあげてっと。ここで果物の果肉やピールなんかを加えてあげるとワンランクアップするのよ。見た目もキレイでしょ?
おおっ、素晴らしい。ササーキさん、これならエクレアアイスも作れそうですよ
エクレアアイス? なかなか良いアイデアじゃない! なんだかこっちもエンジンかかって来たわぁ!
こうしてキノコ先生の料理教室は夜遅くまで続いた。断るに断れない雰囲気の中で、ササーキはキノコ先生から与えられるアイス作りの技術をぐんぐんと吸収していった。


そして長い時間を費やして念願のエクレアアイスが完成する頃、ササーキは心の底からこう思うのであった。

(こんなに大変なら、やっぱガリガリ君でいいや……)
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登場人物紹介

 佐々木隼人(通称ササーキ)


本作の主人公にして、魔王打倒を夢見る異世界転生勇者。もとは栃木に住む無職のおじさんだったが、母親の作った夕飯を食べている最中に謎の死を遂げる。


それからなんやかんやあって魔境グンマーランドに降り立つ。ちなみに容姿はおじさんのまま。


好きな食べ物は卵かけご飯。

決め台詞は、「胃が痛い」。

基本的に優しい性格をしているが、それ故に人と上手く打ち解けられない一面もある。女性と話すのは特に苦手。


いつか元の世界に戻り、故郷のおふくろに孫の顔を見せてやりたいと願っている。

 ネタバラシおじさん(通称タバラ)


どこからともなく現れた謎のおじさん。ことあるごとに物語の核心を突いた鋭い指摘をする。

実は彼自身がササーキの特殊スキルであり、実はササーキにしか見えない亡霊でもあるという初期設定を持つ。(しかしその設定は一瞬にして灰となった)

意外とロマンティックな一面もあり、エッチなことは少し苦手。パンケーキ屋さんの情報だけは詳しい。

グンマーランドにあるショッピングモール、ジャッコスに行くのが趣味。いつの日か表参道でカフェ巡りをしたいと夢見ている。

 決め台詞は、「いったん寝てみましょう」。

ゾンビ


ごく普通の平凡なゾンビ。なんの前触れもなく登場し、しれっとササーキたちの仲間になる。意外と博識。意識は常に高くありたいと思っているため、流行には敏感で、世の中の動向にはアンテナを張り巡らせている。

自身が運営しているブログの事を記事と呼び、日々ネタ探しに奔走する。最近買ったMacbookは一番の愛用品。


尊敬する人物はスティーブ・ジョブズ。

好きな言葉は『コミット』、『スキーム』、『シナジー』など。

謎のゲーム実況者


(ただいま出演交渉中)

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