八話 『闇の遊技 後編』

文字数 3,528文字

ここは裏社会の賭博場。光届かぬ薄暗い室内で謎の美女が微笑を浮かべている。
ふふふ、どんなゲームがお望みかしら?

ポーカー? BLACK JACK? それとも麻雀が好み?

ばかものっ! 俺にそんな複雑なゲームできるわけないだろっ!
ササーキさん、私に向かって怒鳴り散らしても仕方ないですよ
カツカツカツ……
ふとその時、どこからともなく男が近づいてきた。帽子を目深にかぶり目元を隠している様子はいかにも堅気ではない雰囲気である。
おぉ、客か。久しぶりだな。オレはこの店の胴元をやっている者だ。
男はなにをするでもなくパイプ椅子に腰掛けた。ただ、サングラスの奥の眼光は鋭い。おそらく客とディーラーが不正を働かぬよう目を光らせているのだろう。
オレのことは気にするな、気楽にゲームを楽しんでくれ。
どうする、タバラ。厄介なことになったぞ。この状況で乳でも揉んでみろ。一発で出禁になるかもしれん。いや、命の心配をした方がいいか
ここまで来たら腹をくくりましょ。責任者もいることで、逆に交渉しやすくなったとも考えられますしね
そんなこと言ったって……
ササーキさん、さっさと対戦するゲームを決めてしまいましょう
紹介が遅れたわね、私の名前はメアリー。それで、そろそろ遊びは決まったの?
じゃ……じゃんけんで……
……⁉
なんだよ。複雑なゲームなんて俺にはできんぞ
これほどやりがいのない勝負は久しぶりね……なんて言うと思ったかしら?
なに? どういう意味だ、タバラ?
直接ききなさいよ。目の前にいるんだから……
とぼけるのも上手いのね。じゃんけんといえば、完全に運が支配するシンプルなゲーム。そう思わせて実は高度な心理戦を要求するもの。そうでしょ?
俺にそんな心理戦ができるなら、とっくに彼女ぐらいできとるわっ!
だから私に言わないでくださいよ……
俺に難しいことはわからん。直感に従うだけだ
ふふふ、あなた気に入ったわ。心理戦はもう始まっている。そういうことね
ゴタクは十分だ、タバラ! ごちゃごちゃ言ってねえでやるぞ、タバラ!
ふふっ、じゃんけんは一勝負につき五百円。どちらかの服がなくなれば終わりよ。ルールを理解したら、どこからでもかかってきなさい
じゃーんけーんっ━━
━━━━五分後
……………………
………………
………………
………………………よわっ
なぜだ……一回も勝てん……
こんなに手応えのない勝負ははじめてだったわ……
メアリーさん、待ってください!
見苦しいわよ。彼をごらんなさい? すっぽんぽんで可愛いベイビーちゃんがこんにちはしてるじゃないの。勝負はついたのよ
まだだ……まだ終わってない! これを見てみろ!
それは……靴下っ⁉
そうだ……! 俺はまだ服を着ている! 俺はまだ……全裸じゃない!
はっはっは、おもしろい。続けてやれ、メアリー。そこの紳士の身ぐるみと財布の中身まで根こそぎ奪い取ってやれ
くそっ、なめやがって……
(それにしても弱すぎる……なぜササーキさんは勝てないんだ……)
考えても無駄だ。次の勝負をしよう。次は必ず勝つ
何度やっても同じよ。あなたの頭の中はお見通しだわ
いくぞ! じゃーんけーんっ……(次は得意のグーで決めるぞっ!)
ササーキさんの思考が脳内に……⁉ はっ、そうかっ! ササーキさん、ストップ!
ぬんっ……なんだ、タバラ? なぜ邪魔をする?
前回開花したテレパシー能力ですよ。それが何回勝負しても勝てない理由です
最初は気のせいかと思ったけど、そういうことだったのね。でも、いまさら気づいても遅いわ
確かに、既に服の枚数で大幅な開きがある。勝率が二分の一だとしても、勝ち続けるのは絶望的……
うるせえ! やるぞっ! じゃーんけーんっ(おっぱいのことだけ考えろ、俺!)
グーッ!
パーッ!
……くっ。ふふふ、やらしいことで頭をいっぱいにしたのね。古典的だけど感心したわ。私の負けよ
そういって、謎の美女メアリーは薄手のタンクトップを脱ぎ捨てた。扇情的な赤い下着に包まれた二つの丸い膨らみがあらわになる。


ササーキの心から望んでいたものが、今目の前にある。しかもあっさりと姿を表した。


しかしこれはメアリーの策略でもあったのだ。あえてあっさりと見せつけることにより相手の心を奪い、その後の賭けに執着させる。まるで餌をちらつかされた馬のよう━━そう、これこそが彼女の狙いだったのだ。

…………ごくりっ
チェリーボーイには刺激が強すぎるんじゃない? 完全に敗北する前にここらへんで切り上げたらどうかしら?
ここからが勝負だというのに、こんなとこでおりれるかバカヤロー!
(おっぱいに向かって叫んでいる……)
あなたのことを思っての言葉なのに心外ね。(勝ちに執着するものは負ける。賭け事の鉄則よ、ふふふ)
揉むぞー! じゃんけーんっ! パーッ!
愚かねっ、チョキッ!
なん……だと……⁉
人は無心になるほどパーを出しやすくなる。じゃんけんの基本よ。だから愚かと言ったの、ふふふ
ササーキさん、我々の所持金も残り少ないですよ
そんなことは……わかっている……
負けは負けよ。ごちゃごちゃ言ってないで、靴下を脱ぎなさい
ちくしょう……(ぬぎぬぎ)……次の勝負だ。靴下はまだ片方残ってるぞ
見上げた心意気ね。いいわ、のってあげましょう。でも、その前に私も本気を出させていただくわ……
メアリーはそう言うと、胴元から手渡された黒い手袋を右手に装着した。

ギラギラと何やらメカニカルな装置類が見えている。

(怪しい……)
(怪しい……)
じろじろ見てねえでさっさと勝負を始めな
ササーキさん、だめです! これは罠です!
なんでえっ! 罠とは聞き捨てならねぇなっ! まるであっしらがイカサマはたらいてるみてえな言い草じゃねえかっ!
(なぜ江戸っ子風の口調なのっ⁉)
雲行きが怪しい。身の危険を察知したタバラはその場から逃げ出そうとササーキの腕を取った。


しかし、ササーキの腹元に冷たく固い感触が押し付けられ、二人は凍りついた。

これがなんだかわかるな? 少しでも変なマネしてみろ。オレの銃口が火を吹くぜ
くっ、いったい何が目的なんですか……
目的? それはおたくらの心配することじゃねえ。とっとと金を払って、賭けをして、おとなしく負けちまいな
タバラ……下がってな。これは俺がはじめた賭けだ。てめえのケツぐらいてめえで拭けるさ
ササーキさん……(めっちゃ震えてるけど……)
そろそろ覚悟は決まったかしら?
よくわからないが、負けたらやばいことが待ち受けている気がする。かといって逃げようとすれば殺される。そして勝てる見込みもない……
ぶつくさ言ってないで勝負よ! じゃーんけーんっ! ぽぉ━━
ササーキは空気に飲まれ、その瞬間に負けを悟った。

しかし同時に彼は世界に起きた異変に気づく。

俺の負けだ……いや、なにっ? これはどういうことだ?
誰も動かない……まさかこれは……時が止まっている⁉
時の歯車がガッシリとかみ合ったのをササーキは実感した。暗闇に光が差し込むような、実に晴れ晴れとした気分だった。
これが……俺の能力……? この勇者ササーキの持つ秘められし力は時を止める力だったのか!
ササーキはメアリーの手を取ると、怪しげな手袋を脱がした。
これは相手の手の形を瞬時に読み取り、勝てる手を出すマシン。やはりイカサマだったのか……
………………
停止した時の世界で、ササーキは胴元の元へ近づくと、その口の中に手袋をねじ込んだ。
時は動き出す………………
もがっ、もがもがもがっ⁉
喜べ、イカサマ野郎が見つかったぜ。そいつは口に手袋を突っ込まれた奴だッ!
ササーキが拳を振り上げ、胴元の頬に渾身の一撃を撃ち込もうとしたその時、なんと胴元は木彫り人形に変身した。


なんのことかよくわからないだろうが、とにかく人形になったのだ。

ササーキさん。ネタバレが少し遅れましたが、この男はギャンブルに負けた者たちを強制的に木彫り人形にするスタンド使いだったようです。借金を負わせて、きっと海外に売り飛ばすつもりだったのでしょう
さっぱり意味がわからん
人を人形にしようとしたら自分が人形になった……ふっ、皮肉なものね
うまくもなんともねーから! 謎しか残ってないから
とにかく協力を感謝するわ、ササーキ。私は組織犯罪にこの胴元が絡んでいると睨んで潜入調査を続けていたCIAのエージェントだったの。あなたのおかげで奴らの手口が掴めた
さっぱり意味がわからん
また会いましょう。次は食事でもしながらね。もちろん服は着てよ
あっ、行ってしまった。メアリー……謎の多い女だったな
もしかすると好感度が上がったみたいですね
タバラ、帰ろう。そろそろ夕飯の時間だ。遅くなるとママに怒られる
帰り道、時を止めている間におっぱいを揉めば良かった、と後悔するササーキであった。


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登場人物紹介

 佐々木隼人(通称ササーキ)


本作の主人公にして、魔王打倒を夢見る異世界転生勇者。もとは栃木に住む無職のおじさんだったが、母親の作った夕飯を食べている最中に謎の死を遂げる。


それからなんやかんやあって魔境グンマーランドに降り立つ。ちなみに容姿はおじさんのまま。


好きな食べ物は卵かけご飯。

決め台詞は、「胃が痛い」。

基本的に優しい性格をしているが、それ故に人と上手く打ち解けられない一面もある。女性と話すのは特に苦手。


いつか元の世界に戻り、故郷のおふくろに孫の顔を見せてやりたいと願っている。

 ネタバラシおじさん(通称タバラ)


どこからともなく現れた謎のおじさん。ことあるごとに物語の核心を突いた鋭い指摘をする。

実は彼自身がササーキの特殊スキルであり、実はササーキにしか見えない亡霊でもあるという初期設定を持つ。(しかしその設定は一瞬にして灰となった)

意外とロマンティックな一面もあり、エッチなことは少し苦手。パンケーキ屋さんの情報だけは詳しい。

グンマーランドにあるショッピングモール、ジャッコスに行くのが趣味。いつの日か表参道でカフェ巡りをしたいと夢見ている。

 決め台詞は、「いったん寝てみましょう」。

ゾンビ


ごく普通の平凡なゾンビ。なんの前触れもなく登場し、しれっとササーキたちの仲間になる。意外と博識。意識は常に高くありたいと思っているため、流行には敏感で、世の中の動向にはアンテナを張り巡らせている。

自身が運営しているブログの事を記事と呼び、日々ネタ探しに奔走する。最近買ったMacbookは一番の愛用品。


尊敬する人物はスティーブ・ジョブズ。

好きな言葉は『コミット』、『スキーム』、『シナジー』など。

謎のゲーム実況者


(ただいま出演交渉中)

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