ある日の夕暮れ時、ササーキとタバラは必死の形相で家路を急いでいた。
ササーキさん! 急がないと、夕飯抜きにされてしまいますよ!
飯抜きは死ぬぞ! くそ、イェオンでの修行に根詰めすぎた!
ぐうたらしてただけでしょ! ササーキさん、ラストスパートですよ!
なんとか間に合うかに思われたが、二人が恐る恐る玄関を開けたとき、仁王立ちで待ち構える鬼がそこにいた。
謝ったって無駄だよ! どうせまたハロワにも行かずに、ふらふらしてたんだろっ!
あぁっ⁉ なんだいっ? もういっぺん言ってみなっ‼‼
可愛い娘二人が腹をすかせて待ってるってのに、お前らは買い物すらまともにできないのかい!
材料だけ持ってこられても、こっちは作る手間も時間も必要なんだよ! 罰として、お前らの夕飯は抜きだからねっ
ママさん、実は今日ササーキさんが面接を受けまして……
(おいっ、タバラなんてこと言うんだ⁉)←テレパシー
へぇ、そいつは朗報だね。で、結果はどうだったんだい? 落ちたってんじゃあ、身も蓋もない話さね
ほう、そいつはめでたいことさ。しかしだね、二人とも! 間違っても、嘘はついちゃあいないだろうね
(やめろタバラ! まだ間に合うから冗談だと言え!)←テレパシー
ふんっ、それで遅れたって言いたいんだね。いいだろう、就職祝いに今日は特別に夕飯を出したげるさ
すたすたと台所に消えていくママ。
残されたタバラはほっと胸をなでおろしたものの、ササーキの顔は依然として青い。
なんて嘘をつくんだ、タバラっ! 取り返しのつかないことになってしまったぞ!
ササーキさん、よく考えてくださいよ。夕飯抜きはさすがに死んでしまいます
だからってあんな嘘つく必要はないだろ⁉ もっと良い言い訳なり、誤魔化し方があったんじゃないのか
そんなのありませんよ。ママさんの蓄積された怒りメーターはもはや限界突破してることぐらい気づいているでしょ
すみません……。でも、逆にいい機会じゃないですか。これを機に働きましょうよ
働くのに良い機会なんてあるものかっ! 働いたら大切なものを失ってしまうじゃないか!
いったい何を守ってたんですか? そもそもあなたに失うものなんてないでしょう
とりあえず今日を生き抜けるんだから、いいじゃないですか。夕飯を楽しみましょ
……な……なんだこれは……⁉ タバラ、これはなんなのかと訊いているッ⁉
だしの香りとフルーティな香りが混ざり合って……これは……
就職祝いだ、よく味わえよ。今回はあえて嘘かどうかは追求しないでやる!
どうした? 早く味わいな。せっかく私が作ったご飯が食べられないとでも言うのかい?
わかっている……わかっているから落ち着かせてくれ……
やはり止まっている! このササーキが危うくグミそうめんを食わされて死ぬところだったぜ……
ママには悪いがこのままグミそうめんはゴミ箱に捨てさせていただく……
無事グミそうめんをゴミ箱に葬り、何食わぬ顔で席に戻るササーキ。
そして時は動き出す━━
ふう、美味い飯だったぞ。ママ、ありがとう。ごちそうさん!
ほう、何がごちそうさんだって? 器にはまだ残ってるじゃないか
ははっ、なにいってんだ。俺はちゃんとぺろりと………………なっ⁉ なん……だと……?
ぺろりと、なんだって? よく聞こえなかったねぇ……
(そんなはずはない。俺は確かに時を止めて、グミそうめんを葬り去ったはず……なのに……)
ふふふふ、どうした? 早く食べないとめんが伸びちまうよ!
やはり……気のせいだったのか……? いや、もうどっちでもいい! 器ごと窓の外に捨てさせてもらうぞ!
止まった時の世界でササーキが腕を大きく振りかぶった、その時━━
ササーキさん、意外とこのグミそうめん美味しいっすよ
…………(タバラが俺の止まった時の世界に入門した……)
…………(この汗かき男……できるッ。私の出番がなくなったわ……)
確かに……食べられないこともない……ただ、量が少ないな……
━━そして、特にどうと言うわけでもないところで時は動き出す。
ふんっ、これでわかったかい? ちゃんと給料を持ってきたときは娘たちと同じ飯を食わせてやるよ! しかし、就職したというのが嘘だとわかった時は…………
とりあえずぶん殴られなくて良かったと思うササーキであった。