第二十話 勝ったのは誰だ
文字数 2,066文字
アイディアはあるが、果たしてできるのか。いや、やるしかない。
僕は窓枠の前に立ちあがり、二体の野球擬体に言う。
「お、おい、お前らの目的はなんだ」
「君らと一緒だよ、たぶんね」女の声が答える。頑丈そうな擬体と女の子の声のミスマッチがすごい。「最後に生き残るのは、新宿だよ」
大きなほうの擬体は、顔面がまるでにこやかに笑っているように見える。
もう僕たちに勝った気でいるのだろう。相談を始めた。
「黒いほうは残してもいいね。弱い」
「そうだな」
そのすきにナルオに耳打ちする。「光球でアレを壊してくれ」僕は指をさす。ナルオは理由も訊かずに頷く。ナルオはいつだって僕を信じてくれるのだ。
「行くぜこら、おれのシュートを食らえ!なんつって」
ナルオが左足から光球をぶっ放すと、それは敵ではなくあらぬ方向…天井に激突した。バチンという音と共に、すべての照明が唐突に消えた。
「今だ」
僕は腰を落として重心を軸足に集めると、全身のバネを使って壁を蹴る。
昔のレジェンド格ゲーのイメージ。乾坤 一擲 の突進打突。突進の速度に繰り出すパンチのスピードを加え、全体重を乗せる。
ゴシャ。
僕からはよく見えている。拳が、無防備なデカブツ・小谷の腹に突き刺さった。ノーガードのクリーンヒット。ダメージ極大。
「きゃあッ!!」メガネが叫ぶ。「そんなッ!?」
「やったッ!!」ナルオが喜ぶ。「すげえぞアキ」
僕からは敵がよく見えていたが、デカブツには僕が見えていなかったのだ。そう、真っ黒い擬体の僕が、逆光のナルオの影の中から飛んで来たのだから。
小谷、はよろけながらも右手に光球を浮かび上がらせる。だが密接状態ではダメージになるまい。
しかし、水色の擬体が全身を震わせるような声で叫んだ。
「小谷―――――!!あたしに来い!!」
少女の声は絶叫する。左手にバット。
「代打ぁ!アタシィッ!!!!」
胴体に僕の拳が突き刺さったままの小谷ははりついた笑顔のまま振りかぶり、メガネに向かって光球を投げる。最後の全力投球。
あまりの速さに光の筋となった光球は、バットに吸い込まれた。超速のスイング。互いの速さが反発によって倍加し、その速度は目で追えない。
目の端で、それは見えた。
窓枠にシルエットとなったグリーンヘッドの、頭部が吹き飛んだ。
ドンッ、という炸裂音は後から聞こえた。
「ナルオぉおおおおお!!」
巨体から拳を引き抜こうとする僕を、小谷が羽交い絞めにする。
くそおおお!!僕はショートアッパーを連打する。ガン、ガン、ガン。小谷の力が徐々に抜けていく。
隙間を作ると、おれは全身を使ってアッパーを打ち上げる。小谷は消え始めながらつぶやいた。
「ボクの球を打てるのは、あいつだけだった。ボクを敬遠しないのも」
もはや頭のなくなったグリーンヘッドのボディに、小さいほうが放った二発目の光球が炸裂する。ダメージ…過多。
「ナルオ、ナルオ!」僕はグリーンヘッドに走り寄る。
そして、部屋の隅にあるナルオの身体が目を覚ます。
「アキ、すまねえ。守れなくなった」
ナルオは泣いていた。
脚が、ナルオの大事な脚が、消えていく。
「未咲と、AOIを頼むな。あと、弟にも、がんばれって伝えて」
僕は擬体のまま、ナルオを抱きしめる。
いつだって、お前は僕のあこがれだった。ヒーローだった。お前の強さと、やさしさに、ずっと救われていたんだ。クルセイダーは、お前にこそふさわしい。そう思っているのに。
「アキ…あと一つ。お前、気づいてない」
遠くを眺めるようにナルオが言う。
「お前の擬体、たぶん
ナルオの目が僕の顔を見る。
「勝て」
よ、は聞こえなかった。
僕の親友、ナルオは消滅した。
「最悪だ」
後ろからかぼそい女の声が聞こえる。
「あんたたちのせいで作戦は失敗だよ。見てよ、あたしの擬体」
僕は振り返らなかった。許せない。たとえそういうルールのゲームだとしても。ナルオをやったこのメガネ女だけは。
僕はナルオの最後のセリフを反芻していた。
なんでもできる。ナルオがそう言ってくれたんだ。
イメージする。上後方に飛んで、ムーンサルト。敵の青い頭に、ひざを突き刺すシーンを。
「そりゃあああああ!!!」
怒りの炎を力にして、僕は飛ぶ。夕暮れの窓が僕の回転とともに後ろに消えていく。
敵を上から見下ろした。頭は丸見えだ。敵は微動だにしない。もらった。
僕ははじき飛ばされて床に転がった。
なぜだ?
「人の話を聞かないからだよ。よく見てみなって」女の声が嘆息する。
擬体の全身が、光球のように光っている。その周囲を、≪WINNER≫という文字が回っている。
なんだ、これは。
「あたしが地区の代表になっちゃった、ってことだよ。もうこの擬体はスタジアムの本戦まで、触れもしないよ」
女の声は続けた。
「小谷も消えちゃったし、うちは全滅しちゃったみたい。信じられない。ほんとに、最悪」
ため息をついた。
「あんたは残らないと思うけど、あたしも小谷の恨みがあるからね。万が一上がってきたら、あんただけはつぶす。じゃあ」
擬体は消えた。
破壊され、電気が消えたレッスンルームには、僕だけが残されていた。
僕は窓枠の前に立ちあがり、二体の野球擬体に言う。
「お、おい、お前らの目的はなんだ」
「君らと一緒だよ、たぶんね」女の声が答える。頑丈そうな擬体と女の子の声のミスマッチがすごい。「最後に生き残るのは、新宿だよ」
大きなほうの擬体は、顔面がまるでにこやかに笑っているように見える。
もう僕たちに勝った気でいるのだろう。相談を始めた。
「黒いほうは残してもいいね。弱い」
「そうだな」
そのすきにナルオに耳打ちする。「光球でアレを壊してくれ」僕は指をさす。ナルオは理由も訊かずに頷く。ナルオはいつだって僕を信じてくれるのだ。
「行くぜこら、おれのシュートを食らえ!なんつって」
ナルオが左足から光球をぶっ放すと、それは敵ではなくあらぬ方向…天井に激突した。バチンという音と共に、すべての照明が唐突に消えた。
「今だ」
僕は腰を落として重心を軸足に集めると、全身のバネを使って壁を蹴る。
昔のレジェンド格ゲーのイメージ。
ゴシャ。
僕からはよく見えている。拳が、無防備なデカブツ・小谷の腹に突き刺さった。ノーガードのクリーンヒット。ダメージ極大。
「きゃあッ!!」メガネが叫ぶ。「そんなッ!?」
「やったッ!!」ナルオが喜ぶ。「すげえぞアキ」
僕からは敵がよく見えていたが、デカブツには僕が見えていなかったのだ。そう、真っ黒い擬体の僕が、逆光のナルオの影の中から飛んで来たのだから。
小谷、はよろけながらも右手に光球を浮かび上がらせる。だが密接状態ではダメージになるまい。
しかし、水色の擬体が全身を震わせるような声で叫んだ。
「小谷―――――!!あたしに来い!!」
少女の声は絶叫する。左手にバット。
「代打ぁ!アタシィッ!!!!」
胴体に僕の拳が突き刺さったままの小谷ははりついた笑顔のまま振りかぶり、メガネに向かって光球を投げる。最後の全力投球。
あまりの速さに光の筋となった光球は、バットに吸い込まれた。超速のスイング。互いの速さが反発によって倍加し、その速度は目で追えない。
目の端で、それは見えた。
窓枠にシルエットとなったグリーンヘッドの、頭部が吹き飛んだ。
ドンッ、という炸裂音は後から聞こえた。
「ナルオぉおおおおお!!」
巨体から拳を引き抜こうとする僕を、小谷が羽交い絞めにする。
くそおおお!!僕はショートアッパーを連打する。ガン、ガン、ガン。小谷の力が徐々に抜けていく。
隙間を作ると、おれは全身を使ってアッパーを打ち上げる。小谷は消え始めながらつぶやいた。
「ボクの球を打てるのは、あいつだけだった。ボクを敬遠しないのも」
もはや頭のなくなったグリーンヘッドのボディに、小さいほうが放った二発目の光球が炸裂する。ダメージ…過多。
「ナルオ、ナルオ!」僕はグリーンヘッドに走り寄る。
そして、部屋の隅にあるナルオの身体が目を覚ます。
「アキ、すまねえ。守れなくなった」
ナルオは泣いていた。
脚が、ナルオの大事な脚が、消えていく。
「未咲と、AOIを頼むな。あと、弟にも、がんばれって伝えて」
僕は擬体のまま、ナルオを抱きしめる。
いつだって、お前は僕のあこがれだった。ヒーローだった。お前の強さと、やさしさに、ずっと救われていたんだ。クルセイダーは、お前にこそふさわしい。そう思っているのに。
「アキ…あと一つ。お前、気づいてない」
遠くを眺めるようにナルオが言う。
「お前の擬体、たぶん
なんでも
できるぜ」ナルオの目が僕の顔を見る。
「勝て」
よ、は聞こえなかった。
僕の親友、ナルオは消滅した。
「最悪だ」
後ろからかぼそい女の声が聞こえる。
「あんたたちのせいで作戦は失敗だよ。見てよ、あたしの擬体」
僕は振り返らなかった。許せない。たとえそういうルールのゲームだとしても。ナルオをやったこのメガネ女だけは。
僕はナルオの最後のセリフを反芻していた。
なんでもできる。ナルオがそう言ってくれたんだ。
イメージする。上後方に飛んで、ムーンサルト。敵の青い頭に、ひざを突き刺すシーンを。
「そりゃあああああ!!!」
怒りの炎を力にして、僕は飛ぶ。夕暮れの窓が僕の回転とともに後ろに消えていく。
敵を上から見下ろした。頭は丸見えだ。敵は微動だにしない。もらった。
ブウン
。僕ははじき飛ばされて床に転がった。
なぜだ?
「人の話を聞かないからだよ。よく見てみなって」女の声が嘆息する。
擬体の全身が、光球のように光っている。その周囲を、≪WINNER≫という文字が回っている。
なんだ、これは。
「あたしが地区の代表になっちゃった、ってことだよ。もうこの擬体はスタジアムの本戦まで、触れもしないよ」
女の声は続けた。
「小谷も消えちゃったし、うちは全滅しちゃったみたい。信じられない。ほんとに、最悪」
ため息をついた。
「あんたは残らないと思うけど、あたしも小谷の恨みがあるからね。万が一上がってきたら、あんただけはつぶす。じゃあ」
擬体は消えた。
破壊され、電気が消えたレッスンルームには、僕だけが残されていた。