第十七話 襲撃者たち
文字数 2,373文字
ナルオと僕は、レッスンルームの隅でパイプ椅子を抱え込みながら、呆けていた。
正確に言うと―僕はどちらかというと“感心”していたのだが、ナルオはたしかに呆けていた。
なにしろ、目の前で踊っているのは、トップアイドルのAOI。板張りの床に置かれたラジカセから流れる曲に合わせ、軽快なステップを踏み、ところどころ印象的な振り付けや表情で曲のモチーフをより印象強くする。
ザッツ・エンターテイメント。楽しい。自他ともに認めるインドア派の僕でも、自然と体が動いてしまう。
そしてAOIは、やはり非凡な存在だった。パーカーにレギンスというシンプルな服装なのに、不思議に輝いて見える。たくさんのファンを魅了するのも道理だ、と思う。
未咲が道場で稽古している間、自分も体を動かしていたい、とAOIは言ったのだった。
「あんたたち、何もしていないなら、一緒に踊ったら?」
AOIは笑って言う。
「いや、なにもしてないってことはないんだよ」ナルオがもごもごと言う。
「観てるんだ」
世界一幸せなファンだな、と僕はナルオを横目で眺める。
何もしていないということは、ない。
2日の間、僕とナルオは(バトルにならないように気をつけながら)互いの擬体の性能をテストしていた。
判然としないのは、僕の擬体、DOGだった。
ナルオの擬体のような、目立った個性や武器がない。ただ、DOGいわく、
「思い通りに、動く、ぜ! OUZ!!」
最初わけのわからないことを言っているなあと思ったが、たしかに、“思った通りに動く”。以前、バックステップしたときにバク転をしたことがあったが、あれは実は、僕が思い描いた格闘ゲームのバックステップのイメージだったのだ。
PPPPK。PPKPP。ゲームのコマンドを意識して攻撃をイメージすると、たしかに素早くコンボを放つ。威力もありそうだ。だとしたら、この擬体でなにができるのだろう。
昨夜は二人で、夜の道路を走って地区の端の運河まで行った。擬体は車と同等のスピードで走っても余裕があった。
運河には人間には上れない高さ7~8メートルほどの防波堤が垂直に立っている。ナルオの擬体で僕の擬体を投げ上げてもらい、防波堤のてっぺんに手をかけて上ってみた。
真っ暗で、何も見えなかった。
「本当にこっちの方角に別の地区があるんだっけ」
「たぶん、そっちに東京地区があるはずだぜ」
「灯りの一つも見えないなあ…」
防波堤のてっぺんから飛び降りてみたが、まったくダメージはなかった。
「擬体は、いうなればバネの集合体だからな。I・B・S」
僕はナルオに、光球で防波堤に穴を開けられないかと提案してみた。
「やってみるか」
ナルオの光球がドバン!という音と共に防波堤に炸裂したが、何も起きなかった。光球は跳ね返らず消滅した。
「防波堤はなにか特別な材質でできているのかもな」
僕たちはすごすごと(?)、道路を疾走して帰宅した。
ラジカセの「ハートにルージュ!?」が終わった。
AOIがタオルで汗をふきながら「トイレに行ってくる」と出て行くと、男子二人には静寂が訪れた。AOIは1Fの、ちょうど空手道場の裏側にある広めの女子トイレがお気に入りなのだそうだ。わざわざ階段を下りて、そこまで行く。
「12年生きてて、いいことあったなあ」
ナルオがぼそりと言った。僕は黙っていた。ナルオにとって、それがこの過酷な運命の救いになっているのならば、良かったと思った。
今日も太陽が、夕方の傾きを呈してきた。もうすぐ午後4時。他の地区ではバトルが起きているのだろうか…となにげなく窓の外を見た僕は、信じられない光景に息をのんだ。
窓に向かって、誰かが飛んでくる。ダメだ…ととっさにナルオを抱き寄せた瞬間、窓ガラスをぶち破って、カナリア色のツルっとした擬体が飛び込んできた。頭から!
擬体は足を前後に開いて着地すると、飛び込んだ勢いのままレッスンルームの中ほどまで滑っていく。
「飛んできやがった」ナルオが仰天する。「ここ、ビルの三階だぞ!」
僕とナルオはビギンバトル、と唱えて臨戦態勢になる。足元に自分の身体が転がる。飛んできた擬体の身体は、さぞや遠くにあるんだろうな…と思った。
「よう秋葉原。お前たちが弱いほうのハンドラーってことで合ってるよな?」飛び込み野郎は言った。僕は弱いが、ナルオは強いぞ、と思った。
僕たちは窓を背にして身構える。
「アキ、援護するからお前が攻撃しろよ。コンボでいけるだろ」
僕は頷く。
飛び込み野郎がすっと下がった。今だ!ナルオが横からのボレー弾を放つ…と思ったときに、後ろから「じゃーん」という声が聞こえた。
振り返ったナルオは、すでに至近距離まで迫っていた擬体に頭をつかまれた。
「ダーーーーーンク!」
ナルオの頭部は、謎の擬体の右腕でわしづかみにされた。防ぐ間もなく、擬体の体重をかけて床に、叩きつけられた。
「ナルオ!!!」
ギリギリ頭部を腕で守ったように見えたが、ダメージは!??
なぜビルの三階に突然襲撃者が…などと考える暇はない。僕はダンク野郎のほうに猛然と襲い掛かる。PPKPP、直線的な打撃と蹴りのコンボ。
しかしダンクは左右にフェイントをかけ、魔法のように僕の脇に回り込む。
向きなおって再びダッシュをかけようとした、が、ダンクやろうは右手から光弾を投げつけてきた。デカい。ガードをしたが後ろに倒れてしまう。重い。
バック二回、すぐに起き上がる。
バスケか?僕はとっさに思うがバスケに詳しくないのでイメージが湧かない。ダンクと言ってもさっきのは横っ飛びに近かったし、擬体はバスケ特化にしては小さい気がする。
「たった三階だからね、一階から、ジャンプして窓枠をつかむ…で入れたよ」
艶のあるベージュ色の小柄な擬体は、親切に説明してくれた。余裕こいてやがる…。
俺は視界の端に、未だに起き上がらないナルオを捉えていた。
まずい。まずい状況だ。
正確に言うと―僕はどちらかというと“感心”していたのだが、ナルオはたしかに呆けていた。
なにしろ、目の前で踊っているのは、トップアイドルのAOI。板張りの床に置かれたラジカセから流れる曲に合わせ、軽快なステップを踏み、ところどころ印象的な振り付けや表情で曲のモチーフをより印象強くする。
ザッツ・エンターテイメント。楽しい。自他ともに認めるインドア派の僕でも、自然と体が動いてしまう。
そしてAOIは、やはり非凡な存在だった。パーカーにレギンスというシンプルな服装なのに、不思議に輝いて見える。たくさんのファンを魅了するのも道理だ、と思う。
未咲が道場で稽古している間、自分も体を動かしていたい、とAOIは言ったのだった。
「あんたたち、何もしていないなら、一緒に踊ったら?」
AOIは笑って言う。
「いや、なにもしてないってことはないんだよ」ナルオがもごもごと言う。
「観てるんだ」
世界一幸せなファンだな、と僕はナルオを横目で眺める。
何もしていないということは、ない。
2日の間、僕とナルオは(バトルにならないように気をつけながら)互いの擬体の性能をテストしていた。
判然としないのは、僕の擬体、DOGだった。
ナルオの擬体のような、目立った個性や武器がない。ただ、DOGいわく、
「思い通りに、動く、ぜ! OUZ!!」
最初わけのわからないことを言っているなあと思ったが、たしかに、“思った通りに動く”。以前、バックステップしたときにバク転をしたことがあったが、あれは実は、僕が思い描いた格闘ゲームのバックステップのイメージだったのだ。
PPPPK。PPKPP。ゲームのコマンドを意識して攻撃をイメージすると、たしかに素早くコンボを放つ。威力もありそうだ。だとしたら、この擬体でなにができるのだろう。
昨夜は二人で、夜の道路を走って地区の端の運河まで行った。擬体は車と同等のスピードで走っても余裕があった。
運河には人間には上れない高さ7~8メートルほどの防波堤が垂直に立っている。ナルオの擬体で僕の擬体を投げ上げてもらい、防波堤のてっぺんに手をかけて上ってみた。
真っ暗で、何も見えなかった。
「本当にこっちの方角に別の地区があるんだっけ」
「たぶん、そっちに東京地区があるはずだぜ」
「灯りの一つも見えないなあ…」
防波堤のてっぺんから飛び降りてみたが、まったくダメージはなかった。
「擬体は、いうなればバネの集合体だからな。I・B・S」
僕はナルオに、光球で防波堤に穴を開けられないかと提案してみた。
「やってみるか」
ナルオの光球がドバン!という音と共に防波堤に炸裂したが、何も起きなかった。光球は跳ね返らず消滅した。
「防波堤はなにか特別な材質でできているのかもな」
僕たちはすごすごと(?)、道路を疾走して帰宅した。
ラジカセの「ハートにルージュ!?」が終わった。
AOIがタオルで汗をふきながら「トイレに行ってくる」と出て行くと、男子二人には静寂が訪れた。AOIは1Fの、ちょうど空手道場の裏側にある広めの女子トイレがお気に入りなのだそうだ。わざわざ階段を下りて、そこまで行く。
「12年生きてて、いいことあったなあ」
ナルオがぼそりと言った。僕は黙っていた。ナルオにとって、それがこの過酷な運命の救いになっているのならば、良かったと思った。
今日も太陽が、夕方の傾きを呈してきた。もうすぐ午後4時。他の地区ではバトルが起きているのだろうか…となにげなく窓の外を見た僕は、信じられない光景に息をのんだ。
窓に向かって、誰かが飛んでくる。ダメだ…ととっさにナルオを抱き寄せた瞬間、窓ガラスをぶち破って、カナリア色のツルっとした擬体が飛び込んできた。頭から!
擬体は足を前後に開いて着地すると、飛び込んだ勢いのままレッスンルームの中ほどまで滑っていく。
「飛んできやがった」ナルオが仰天する。「ここ、ビルの三階だぞ!」
僕とナルオはビギンバトル、と唱えて臨戦態勢になる。足元に自分の身体が転がる。飛んできた擬体の身体は、さぞや遠くにあるんだろうな…と思った。
「よう秋葉原。お前たちが弱いほうのハンドラーってことで合ってるよな?」飛び込み野郎は言った。僕は弱いが、ナルオは強いぞ、と思った。
僕たちは窓を背にして身構える。
「アキ、援護するからお前が攻撃しろよ。コンボでいけるだろ」
僕は頷く。
飛び込み野郎がすっと下がった。今だ!ナルオが横からのボレー弾を放つ…と思ったときに、後ろから「じゃーん」という声が聞こえた。
振り返ったナルオは、すでに至近距離まで迫っていた擬体に頭をつかまれた。
「ダーーーーーンク!」
ナルオの頭部は、謎の擬体の右腕でわしづかみにされた。防ぐ間もなく、擬体の体重をかけて床に、叩きつけられた。
「ナルオ!!!」
ギリギリ頭部を腕で守ったように見えたが、ダメージは!??
なぜビルの三階に突然襲撃者が…などと考える暇はない。僕はダンク野郎のほうに猛然と襲い掛かる。PPKPP、直線的な打撃と蹴りのコンボ。
しかしダンクは左右にフェイントをかけ、魔法のように僕の脇に回り込む。
向きなおって再びダッシュをかけようとした、が、ダンクやろうは右手から光弾を投げつけてきた。デカい。ガードをしたが後ろに倒れてしまう。重い。
バック二回、すぐに起き上がる。
バスケか?僕はとっさに思うがバスケに詳しくないのでイメージが湧かない。ダンクと言ってもさっきのは横っ飛びに近かったし、擬体はバスケ特化にしては小さい気がする。
「たった三階だからね、一階から、ジャンプして窓枠をつかむ…で入れたよ」
艶のあるベージュ色の小柄な擬体は、親切に説明してくれた。余裕こいてやがる…。
俺は視界の端に、未だに起き上がらないナルオを捉えていた。
まずい。まずい状況だ。