第七話 スクランブル
文字数 3,300文字
僕たちは擬体から戻ると、靴を脱ぐのももどかしいほど焦りながら、ナルオの家のリビングのテレビの前に駆けこんだ。
テレビでは赤ちゃんのキャラクターが料理をする番組が放映されていたが、すぐに警告音が鳴り、//ニュース速報// というテロップが出た。
【アキバディストリクト、スペードの7・長良彰浩くんが敗退。アキバディストリクトのハンドラーは残り5人】
「それだけか」
ナルオと僕は顔を見合わせた。
「俺の部屋に行こう」
階段を駆け上がり、ナルオの自室に入る。自室と言っても、まだ小1の弟と寝る二階建てベッドが鎮座している。
「まず俺の擬体を呼び出す」
ナルオが「アンジップ」と唱えると、緑色(っぽい)色のアイツが現れた。
「おい、グリーンヘッド、これはどういうことだ?」ナルオが怒気をはらんだ声で詰問する。
「どういうこととは、どういうことだ」グリーンヘッドは鼻にかかったかすれ声で言う。
「なんで長良の弟は消えたんだ?戦いに負けると消える、なんてことがあるのか?」ナルオがまくしたてた。
「大会の要綱は毎年変わっている」グリーンヘッドは悪びれずに言った。「今年から、そうなったのだろう」
そ、そ、そ、「そうなったのだろう、じゃないだろ!!!」思わず僕も怒鳴る。
「長良の弟は…、どうなったんだ?死んだ…のか?」
「そうだな。この世界にはもう存在しない。そういう意味では、『消えた』が正しいかな」
鼻にかかったかすれ声がムカついてきた。それを死んだというんじゃないのか。
ナルオも僕も、声を発することができなかった。
全然、違うぞ。
今までの戦いとは、全く違う。根本的に、その意味が。
グリーンヘッドが言ったことがそのままだとしたら、途中で敗北していくハンドラーたちは、ことごとく消えてしまう。あとかたもなく、擬体はもちろんのこと、元の身体も、文字通り消滅する、ということだ。
吐き気がした。
これは「デス・ゲーム」だ。
誰かひとりしか生き残れない…いや、その最後の一人までもが結局どこかに消えてしまう、〈誰も得をしない〉ゲームだ。僕も、ナルオも、そして…未咲も消える、パーフェクト・マルチ・バッドエンディング。
ナルオと僕は、沈黙した。なにか、思い違いがあるのではないか。「なあんだ~」みたいな勘違いがあるのではないか、と思索してみたが、何も思いつかなかった。
心が考えることを拒否している。強烈なもやがかかるような感覚が残る。
ナルオがつぶやいた。
「アキ、これを知ってるのは、俺とお前だけなのかな」
問われて答える。
「いや、他の地区でも戦いが始まってるかもしれない。目の前で消えたやつがいたら、おれたちと同じことをする―つまり、擬体に確認するだろう」
「だとすると、他の地区のやつらは、これからどうすると思う?」
それは大きな問いだ。ゲームの根本が崩れた今、戦い方は大きく変わるはずだ。生き残るための全力。少なくとも、気軽に決闘 したり、うかつな遭遇戦はできないだろう。
「どこをどう考えても、ハッピーな方向は無さそうだ。どうする?」ナルオが言う。
僕もそれを考えていた。不幸の中の、せめてもの、最良の手…。
長い時間のあと、僕は答えた。
「優勝する、のが一番…マシだと思う。未咲かナルオが、スタジアムで優勝して、クルセーダーとして生き残る。そうできるように最善を尽くす。具体的には…」
僕はなるべくはっきりと言う。
「すべての地区の強いハンドラーを、先に倒す。秋葉原の代表を決めるのは、そのあとでいい」
ナルオは真剣な顔で僕を見つめ、そして頷く。
「俺もそうだと思った。ちょっとズルいけどな。3人の誰かが優勝する、これが最低限。できれば、姫を優勝させようぜ、俺たち騎士 で」
大好きなナルオ。僕は目が潤むのを感じた。
「ナルオ、ありがとう」
素っ頓狂なことを言ったと自分でも思った。
だけど、そうとしか言いようがなかった。ありがとう。だって、ナルオだって、泣いてるもんな。
* * *
「敗北したら消滅」という大きすぎるゲームチェンジは、おそらくほぼ全地区のハンドラーたちに知れ渡ったのではないだろうか。
翌朝、新聞をひったくった僕は、今朝から一面の下段に設けられた特別欄を食い入るように読んだ。
―敗退―
アキバディストリクト:
スペードの7、長良彰浩くん 「剣道、ことに打突や高速の面打ちで期待。兄の昭和くんを超え、地区代表を目指すも、無念の敗退」15:42
ほっ…。誰にやられたのかは書いていない。書かれていたら、すぐにでも僕たちのところに刺客が飛んできそうだ。
それにしても、この寸評を書いているのは誰なのだろう?僕が敗退した時にはどんなことを書かれるのか…いや、書くネタがあるのだろうか…。
品川地区:
クラブの3―北ゆりかさん 「新体操、多彩な武器を利用した戦いを繰り広げるも、敗退。」12:25
ハートの2―大野康くん 「少年相撲、大柄な体と突進力が持ち味。」16:18
銀座地区:
スペードのK―水戸健二くん 「空手(極真)、俊敏さと破壊力抜群の下段蹴りが得意」17:01
東京地区:
ダイヤのA―アディーブ賢くん 「少年野球、長身の速球投手。接近戦で不覚か」17:12
ずいぶん、強そうなやつらが初日に敗れているな…。そして、上野、池袋、新宿、渋谷、それから中央地区は無傷か。
夕べ、僕たちはざっくりした作戦を決めると、未咲の道場まで迎えに行った。道場からはうっすらとかけ声が聞こえてくる。中には、未咲のものと思われる「気合い」がまじっていた。
ビルの入り口で、まるで狛犬のように少し離れて座り、通行人をにらみつけている僕たちを、大人たちは怪訝な顔で眺めながら通り過ぎて行った。日が暮れた頃、ビルから一人の女の子が出てきた。エントランスに居座る僕たちをいぶかしんで、ジロリとにらんできた。あれ。眼鏡をかけているのと、寒くもないのにスカーフを巻いて口を隠しているが、どこかで会ったような気がする。誰だっけ…。クラスにはいないような…。女の子は目の前に停まっていた車に乗り込んで去った。何かの習い事だろうか。
腹が減って集中力が落ちてきたころ、身なりを整えた未咲が道場から歩み出てきた。
「どうしたの?あんたたち…」
目を丸くして驚く未咲を見て、僕はなんとなく泣きそうになるのを必死でこらえた。
ナルオの擬体はアゴが破砕されており、僕の擬体は右腕がボロボロだったから、頼りない狛犬だったけど、僕たちはもう、『騎士』の仕事を始めているのだ。
僕たちは周囲を警戒しながら、家に向かって歩きながら、先ほどの出来事を話した。
未咲には、なるべくショックを与えないように話そう、と努力した。だが、あんまりオブラートに包んでも危険だ。未咲は戦う女子だ。きちんと理解してもらったほうがいいだろう。
未咲は淡々と話を聞いていた。ように見えた。そして、全ての説明が終わると、かみしめるように言った。
「確認するけど、つまり私たちのうち、最低でも二人は「消えちゃう」ってこと?」
「そう」僕は答えた。
「じゃあ、いずれはナルオかアキと私は戦うことになるの?」
それは必ずしもそうではない、と僕は思った。
「最後に未咲が生き残れば、代表になる。おれたちと直接戦う必要はない」
家に着いた。未咲は黙って立って、考えこんでいるようだった。
「ナルオ、アキ。ありがとう。二人はやさしいね」
未咲の声は、陶器のようにつややかで、よくとおる。
「だけど、私のことは特別扱いしないで。私は、戦えるよ。むしろ」
未咲は少しほほ笑んだ。
「二人を守りたい。そのために、私は武道家なんだよ」
ナルオが泣いているのが、かろうじて見えた。
僕のほうが先に泣いてしまったからだ。
未咲が、ぴゃあ、と変な音を出して泣きだした。
気づいたらみんなへたりこんでいた。ナルオと未咲と僕は、地面にひざをついて、互いをつかみながら、わんわん泣いた。
あの未咲が、「いやだぁ、いやだぁ」と言って泣いているのを、心のどこか別のところで大事に記憶しておこうと思った。なぜだかわからないけれど。
この中では僕が一番弱い。
けれど、最後まで守るんだ。かけがえのない友だちを。
だって僕にとって、世界の中心はこいつらなんだもの。
テレビでは赤ちゃんのキャラクターが料理をする番組が放映されていたが、すぐに警告音が鳴り、//ニュース速報// というテロップが出た。
【アキバディストリクト、スペードの7・長良彰浩くんが敗退。アキバディストリクトのハンドラーは残り5人】
「それだけか」
ナルオと僕は顔を見合わせた。
「俺の部屋に行こう」
階段を駆け上がり、ナルオの自室に入る。自室と言っても、まだ小1の弟と寝る二階建てベッドが鎮座している。
「まず俺の擬体を呼び出す」
ナルオが「アンジップ」と唱えると、緑色(っぽい)色のアイツが現れた。
「おい、グリーンヘッド、これはどういうことだ?」ナルオが怒気をはらんだ声で詰問する。
「どういうこととは、どういうことだ」グリーンヘッドは鼻にかかったかすれ声で言う。
「なんで長良の弟は消えたんだ?戦いに負けると消える、なんてことがあるのか?」ナルオがまくしたてた。
「大会の要綱は毎年変わっている」グリーンヘッドは悪びれずに言った。「今年から、そうなったのだろう」
そ、そ、そ、「そうなったのだろう、じゃないだろ!!!」思わず僕も怒鳴る。
「長良の弟は…、どうなったんだ?死んだ…のか?」
「そうだな。この世界にはもう存在しない。そういう意味では、『消えた』が正しいかな」
鼻にかかったかすれ声がムカついてきた。それを死んだというんじゃないのか。
ナルオも僕も、声を発することができなかった。
全然、違うぞ。
今までの戦いとは、全く違う。根本的に、その意味が。
グリーンヘッドが言ったことがそのままだとしたら、途中で敗北していくハンドラーたちは、ことごとく消えてしまう。あとかたもなく、擬体はもちろんのこと、元の身体も、文字通り消滅する、ということだ。
吐き気がした。
これは「デス・ゲーム」だ。
誰かひとりしか生き残れない…いや、その最後の一人までもが結局どこかに消えてしまう、〈誰も得をしない〉ゲームだ。僕も、ナルオも、そして…未咲も消える、パーフェクト・マルチ・バッドエンディング。
ナルオと僕は、沈黙した。なにか、思い違いがあるのではないか。「なあんだ~」みたいな勘違いがあるのではないか、と思索してみたが、何も思いつかなかった。
心が考えることを拒否している。強烈なもやがかかるような感覚が残る。
ナルオがつぶやいた。
「アキ、これを知ってるのは、俺とお前だけなのかな」
問われて答える。
「いや、他の地区でも戦いが始まってるかもしれない。目の前で消えたやつがいたら、おれたちと同じことをする―つまり、擬体に確認するだろう」
「だとすると、他の地区のやつらは、これからどうすると思う?」
それは大きな問いだ。ゲームの根本が崩れた今、戦い方は大きく変わるはずだ。生き残るための全力。少なくとも、気軽に
「どこをどう考えても、ハッピーな方向は無さそうだ。どうする?」ナルオが言う。
僕もそれを考えていた。不幸の中の、せめてもの、最良の手…。
長い時間のあと、僕は答えた。
「優勝する、のが一番…マシだと思う。未咲かナルオが、スタジアムで優勝して、クルセーダーとして生き残る。そうできるように最善を尽くす。具体的には…」
僕はなるべくはっきりと言う。
「すべての地区の強いハンドラーを、先に倒す。秋葉原の代表を決めるのは、そのあとでいい」
ナルオは真剣な顔で僕を見つめ、そして頷く。
「俺もそうだと思った。ちょっとズルいけどな。3人の誰かが優勝する、これが最低限。できれば、姫を優勝させようぜ、俺たち
大好きなナルオ。僕は目が潤むのを感じた。
「ナルオ、ありがとう」
素っ頓狂なことを言ったと自分でも思った。
だけど、そうとしか言いようがなかった。ありがとう。だって、ナルオだって、泣いてるもんな。
* * *
「敗北したら消滅」という大きすぎるゲームチェンジは、おそらくほぼ全地区のハンドラーたちに知れ渡ったのではないだろうか。
翌朝、新聞をひったくった僕は、今朝から一面の下段に設けられた特別欄を食い入るように読んだ。
―敗退―
アキバディストリクト:
スペードの7、長良彰浩くん 「剣道、ことに打突や高速の面打ちで期待。兄の昭和くんを超え、地区代表を目指すも、無念の敗退」15:42
ほっ…。誰にやられたのかは書いていない。書かれていたら、すぐにでも僕たちのところに刺客が飛んできそうだ。
それにしても、この寸評を書いているのは誰なのだろう?僕が敗退した時にはどんなことを書かれるのか…いや、書くネタがあるのだろうか…。
品川地区:
クラブの3―北ゆりかさん 「新体操、多彩な武器を利用した戦いを繰り広げるも、敗退。」12:25
ハートの2―大野康くん 「少年相撲、大柄な体と突進力が持ち味。」16:18
銀座地区:
スペードのK―水戸健二くん 「空手(極真)、俊敏さと破壊力抜群の下段蹴りが得意」17:01
東京地区:
ダイヤのA―アディーブ賢くん 「少年野球、長身の速球投手。接近戦で不覚か」17:12
ずいぶん、強そうなやつらが初日に敗れているな…。そして、上野、池袋、新宿、渋谷、それから中央地区は無傷か。
夕べ、僕たちはざっくりした作戦を決めると、未咲の道場まで迎えに行った。道場からはうっすらとかけ声が聞こえてくる。中には、未咲のものと思われる「気合い」がまじっていた。
ビルの入り口で、まるで狛犬のように少し離れて座り、通行人をにらみつけている僕たちを、大人たちは怪訝な顔で眺めながら通り過ぎて行った。日が暮れた頃、ビルから一人の女の子が出てきた。エントランスに居座る僕たちをいぶかしんで、ジロリとにらんできた。あれ。眼鏡をかけているのと、寒くもないのにスカーフを巻いて口を隠しているが、どこかで会ったような気がする。誰だっけ…。クラスにはいないような…。女の子は目の前に停まっていた車に乗り込んで去った。何かの習い事だろうか。
腹が減って集中力が落ちてきたころ、身なりを整えた未咲が道場から歩み出てきた。
「どうしたの?あんたたち…」
目を丸くして驚く未咲を見て、僕はなんとなく泣きそうになるのを必死でこらえた。
ナルオの擬体はアゴが破砕されており、僕の擬体は右腕がボロボロだったから、頼りない狛犬だったけど、僕たちはもう、『騎士』の仕事を始めているのだ。
僕たちは周囲を警戒しながら、家に向かって歩きながら、先ほどの出来事を話した。
未咲には、なるべくショックを与えないように話そう、と努力した。だが、あんまりオブラートに包んでも危険だ。未咲は戦う女子だ。きちんと理解してもらったほうがいいだろう。
未咲は淡々と話を聞いていた。ように見えた。そして、全ての説明が終わると、かみしめるように言った。
「確認するけど、つまり私たちのうち、最低でも二人は「消えちゃう」ってこと?」
「そう」僕は答えた。
「じゃあ、いずれはナルオかアキと私は戦うことになるの?」
それは必ずしもそうではない、と僕は思った。
「最後に未咲が生き残れば、代表になる。おれたちと直接戦う必要はない」
家に着いた。未咲は黙って立って、考えこんでいるようだった。
「ナルオ、アキ。ありがとう。二人はやさしいね」
未咲の声は、陶器のようにつややかで、よくとおる。
「だけど、私のことは特別扱いしないで。私は、戦えるよ。むしろ」
未咲は少しほほ笑んだ。
「二人を守りたい。そのために、私は武道家なんだよ」
ナルオが泣いているのが、かろうじて見えた。
僕のほうが先に泣いてしまったからだ。
未咲が、ぴゃあ、と変な音を出して泣きだした。
気づいたらみんなへたりこんでいた。ナルオと未咲と僕は、地面にひざをついて、互いをつかみながら、わんわん泣いた。
あの未咲が、「いやだぁ、いやだぁ」と言って泣いているのを、心のどこか別のところで大事に記憶しておこうと思った。なぜだかわからないけれど。
この中では僕が一番弱い。
けれど、最後まで守るんだ。かけがえのない友だちを。
だって僕にとって、世界の中心はこいつらなんだもの。