第三話 選ばれた者たち

文字数 4,673文字

ナルオと未咲が僕のことを応援している。目の前には強そうで大きな擬体が何体もいるのに、僕は子どものまま、生身だ。僕はやみくもに擬体につかみかかるが、擬体はどんどん大きくなり、子どもの僕がスネをポカポカ殴ってもなんのダメージにもならない。途方に暮れた―ところで目が覚めた。

ぜんぜん…、眠れなかった。

昨日、おそるおそる家に帰り、母さんへのあいさつもそこそこに、自室に入った。
収納(ストア)”されていた擬体を“解凍(アンジップ)”すると、子どもの部屋には似つかわしくないサイズ感の黒い人型が、部屋の真ん中に出現した。
快適なはずの部屋が、猛烈に狭く感じられた。幸運にも擬体は比較的スリムで、僕の勉強用の椅子に座ることができた。太めの擬体だったら、途方にくれていただろう。
ちなみに「ストア」とは、擬体に備わっている「隠れる」機能で、アンジップとはそれを再度表に出すことだ。どういう仕組みなのかはさっぱりわからない。

擬体を前にして、あらためて思う。ふつうの大人よりも大きいだけではなく、固いし、武器っぽい。戦うためにある存在、それが擬体なのだ。
実際、擬体に入っているときはアドレナリンが出るのか、自分でも信じられないくらい戦う意欲が湧く。
ただ、擬体から離れている今は、いっそ「どうにでもなれ」と投げてしまいたいのが本音だ。なにしろこれから勝利に飢えた53の擬体と戦いあうのかと思うと、気が重いにもほどがある。
短い人生を振りかえってみる。今までに参加してきた数々のゲームの大会は、これほどシビアではなかった。だが、貧乏性なのだろうか…、毎回、悔いの残らないように、かなりの下準備はして臨んだ。
なにかできることがあるのならば、やっておくべきだよな…。理屈ではわかる。僕は重い腰をあげる。まずは状況の確認と、情報だ。ひとつひとつ、擬体に確認することにした。

クルセード・ロワイヤルの大枠のルールは、一般に知られているものと同じだった。
ティルナノーグを分割する9つの地区で、それぞれ6名の選手(ハンドラー)が選ばれる。これが「予選」で、10日間の期限つき。すでに1日経過しているから、あと9日。各地区でそれぞれ一人だけが生き残り、地区の代表となる。
この地区の代表9名が、スタジアムで戦い、最後に残ったものが「クルセーダー」となる…。

僕の擬体はなんでも「たぶん」と“三文字の略称”をくっつけてくるので話の進みは遅い。

クルセード・ロワイヤルは、文字通り国を挙げた最大のイベントだ。
もちろん僕だって、大会自体には超、興奮する。スタジアムで観た桜色の擬体は、今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。
大人たちにいたってはさらに、まるですべての人生がクルセード・ロワイヤルのためであるかのように熱狂するのだ。いわんや、自分の子供がクルセード・ロワイヤルのハンドラーに選ばれたりすれば、「万歳!万歳!万歳!」と泣きながら祝う。
しかしその反動だろうか、地区の予選で人知れず負けてしまったりすると、一転「ダメな子」扱いに格下げされてしまう。ちまたには、クルセード・ロワイヤルで敗退した子どもたちは本来持っていた才能を奪われ、普通の人として生きることになる、という噂まである。

さて、ここからが大事だ。
今まで他人事だったので真剣に把握していなかったが、クルセード・ロワイヤルの戦闘ルールと戦い方はけっこう複雑だった。今までの選手たちはこんな戦いをやっていたのかと思うと、尊敬の念を覚えずにはいられない。擬体のいちいちふざけた説明をかいつまむと、こういうことになる。

●擬体は、擬体同士のバトル、もしくは自分の身体に危機が及んだ時の防衛にのみ使用可能。
●「ビギンバトル」と言えば、擬体に意識がシフト(これをインテグレーションと言うそうだ)し、「エンドバトル」と言えば、擬体から自分の身体に意識が戻る。
●インテグレーション中は、ハンドラーの身体は“守られる”。擬体でもその他の方法でも、元の身体を破壊することはできない。
●ハンドラー同士が半径2メートル以内にいるとき、どちらかがインテグレーションに入るともう一方も自動的にインテグレーションとなり、戦闘が開始される。
●擬体が一定以上破壊されるとDEFEATED(負け)となる。ことに頭部と胴体の中央に駆動部があり、いずれかが欠損すると即座に負ける。

「で」擬体がひとしきり説明し終わると、僕は言った。
「まず、お前はなんて名前なの?なんて呼べばいいの?」
「名前?わからん。お前が勝手につけろ―OKT!」
想定以上に投げやりな答えが返ってきた。それならそれで…今までのイライラをぶつけてやるチャンスだ。

「へええ。じゃあ、『誰だかわからん、おバカな、擬体』でDOG―ドッグって呼ぶわ」
「なにッ!!」
ふふふ、精一杯の揶揄をこめて言ってやった。
「それはいい名だなッ!!やるじゃないかアキハル。よし今日からオレは“DOG”だ」
意外なことに擬体は喜んでしまった。

ついでに僕はもう一つ、少しだけ気になっていることを尋ねた。
「前に聞いたんだけど、擬体ってそれぞれポジションがあって、トランプのカードが割り振られてるって聞いたことがあるけど、そうなの?」
「そうらしいな」
「じゃあ、お前のはなんなの?スペードの3とか、クラブの5とか…?」
「知らん」擬体は悪びれずに言った。「オレのReadme.txtにはそんなことは書いていない」

なんだよReadmeって…。いよいよもって、できそこないのスカ擬体なのでは…いや、マジでこいつ、偽物の擬体なんじゃないだろうか。もういっそ、僕が選ばれたのはなにかの間違い…であってほしい…。

擬体は言った。
「おそらく今日から明日にかけて、全ての擬体のハンドラーが決まる。戦いが始まるぞ」

うう、めんどい。家から出たくない。ゲームの中でだけ戦っていればいいじゃないか。僕は心からそう思ったのだった。

* * *

ウトウトしていると、家のドアチャイムが鳴った。母さんが出るだろうとしばらく待っていたが、チャイムがもう一度鳴った。そうか、母さんは仕事か。
玄関を開けると、ナルオが立っていた。
「寝ぼけた顔してるなあ、アキ」いつもどおり明るい。
「いい天気だし、ちょっとサッカーでもしないか?」

いやいいよ、と言いかけて、僕は気づいた。僕がハンドラーになったことを、早晩ナルオには伝えないとならない。親友に隠し事はよくない。
「着替えてくるからちょっと待ってて」

ナルオはやさしいやつだ。いや、やさしいだけではない。すごいやつだ。
僕にとって、ナルオはずっとヒーローだった。
運動神経が抜群で、なにをやってもうまく、それでいながら気取ったところはなかった。
去年、ナルオが所属するサッカーチームでちょっとした問題が起きた。6年生の一部が、3年生から小遣いを巻き上げていたことが明るみになったのだ。
それを明るみに“出した”のは、他ならぬナルオだった。ナルオは偶然、3年生からお金を受け取っている6年生を目撃し、詰め寄った。しかし、6年生は下級生であるナルオに生意気だと腹を立て、ナルオを殴った。ナルオは倒れも泣きもせず、「小さいやつをいじめるような奴は弱えなあ」、と言い放った。その後どうなったかは想像してほしい。
ナルオと僕はぜんぜん違うタイプだったが、なぜかウマが合った。仲良くなったきっかけはたぶん、雨宿りでウチに来たナルオと「豪拳」という格ゲーをやったときだと思うが定かではない。ナルオはゲームばかりやっているひ弱な僕のことを親友だと言い、クラスに友達がいない僕をいつも気にかけてくれた。ナルオ自身は、サッカー少年たちの中で大人気であるにも関わらず。
そんなナルオは、きっと応援してくれるだろう。だけどちょっとだけ思うはずだ。なぜ自分ではなくてコイツなんだ?と。

近くの無個性な公園には、家族づれや老人がちらほらいた。
ナルオと僕は空いているスペースで、特別なことを話すわけでもなく、ボールを蹴りあった。僕が不器用にミスショットしたボールを、ナルオは楽しそうにトラップする。
言い出すタイミングって難しいもんだな、と僕は困る。ボールを蹴っているだけで楽しそうなナルオに、どこから話せばよいのだろう。

「なんだ、ここにいたんだ」
急に後ろから声がして、僕はボールを空振りした。
振り返ると立っていたのは、幼馴染であり隣人、そして空手家。水元未咲が、いつもの黒いリュックを背負い、まっすぐに立っていた。
「一度家に行ったんだけど、いなかったから探しちゃった」
いつもとは違う、やけにくぐもった声に、僕は妙な予感をもった。
未咲は僕たちに近寄ってくると言った。
「人がいないところで、話したいの。申し訳ないけど、ついて来てくれないかな?」
ナルオと僕は顔を見合わせた。

先に立って歩いていく未咲を―正確には未咲のリュックに書かれた「空手道」という金色の刺繍を眺めながら、僕はぼんやりとついて行った。このタイミングで未咲が言うことなんて、やっぱり、あれだよなあ。

未咲が廃屋の裏庭で立ち止まって振り返ると、ポニーテール状にまとめた黒い髪がさらりと音がするような気がした。

「わたしに、来ちゃった」
未咲の黒いまつげがしばたいた。
「擬体。昨日の夜、家の前に立ってた」

やっぱり、そうだったのか…。僕は奥歯をかみしめた。僕にとって、もっとも都合が悪い事実の一つ。未咲が、(ライバル)になる。そして僕は、未咲にはまるっきり歯が立たないだろう。

あ~あ。
思わず下を向いた。未咲の、黒いスニーカーだけが見えた。
しょうがない、いずれわかることだし、未咲に内緒にするのはフェアじゃない。
僕は意を決して、顔をあげた。

「なんだよ未咲、お前もなのかよ~!」

は?
声が横から聞こえた。
ナルオはカカッと笑った。
「しばらく内緒にして、お前らを驚かせようと思ってたんだけどな」

僕はしばらく茫然とナルオの顔を見た。ナルオも、なのか?

ありえない。確率的にありえないだろう。アキバディストリクトには1000人以上の12歳がいて…。この学校から選ばれるのは、せいぜい一人だろうって…。
僕は夕べ、たしかに思ったんだ。「未咲とナルオはおそらく選ばれない。僕が当たりくじを引いてしまったばっかりに、悪かったな」って。

「さすがに相手が未咲ってのはキツイな。あ、未咲、うっかり出すなよ擬体。近くで出すと、戦いが始まっちまうからな」
ナルオはさほど困ってもいない風情で言う。
「昨夜、一度だけ試してみたんだけど、擬体に入ると、やけに戦いたくなるんだ。」
「それはわたしも感じた。試合前でもあんなにならないんだけど。ちょっと、怖いね」

僕は廃屋のトタン屋根を横目に、一人で後ずさった。そんな僕を、ナルオと未咲は怪訝な目で見る。
十分に距離を取ったところで、ぼそりとつぶやいた。
「ビギンバトル」

また視界が光に包まれ、僕の意識は引っ張られるように遠のき、そして目を開けた。
10メートルほど先に、ナルオと未咲がキョトンとしてこちらを見ているのがくっきり見える。二人とも小さい。まだ子どもなんだなと思う。

擬体に入ると、頭の中心にカッと燃えるような感覚が生まれる。戦いたい、なるべく強い相手にパンチを繰り出したい…、そんな気持ち。
数秒たってから、「エンドバトル」とつぶやく。
意識が遠のく。そうだった、こっちのほうが強烈なんだった、と僕は思いながら“戻った”。車酔いみたいな不快感がある。

「なんてこった」
ナルオが言った。
「3人そろってなんて、嘘だろ…」

僕はナルオが、なんでアキに…とつぶやくのを見た。こっちが聞きたいよ、と心の中で答えた。
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登場人物紹介

真嶋瑛悠(マジマ アキハル) 通称:アキ 12歳

本作の主人公。内向的でゲーム好き。

水元 未咲(ミズモト ミサキ) 12歳。

空手道に通じる。流派は伝統派、松濤館流。全土の小学生大会で、組手優勝の経験を持つ。


宮坂成男(ミヤサカ ナルオ) 通称:ナルオ 12歳

アキと未咲の幼なじみ。サッカーの地区選抜、スタメン。FW。シュートコントロールに定評がある。

A.O.I. (アオイ) 12歳

絶大な人気を誇るアイドル。「ハートにルージュ!?」が大ヒット中。

杉野なつ (スギノ ナツ) 12歳。

???

川西つばめ (カワニシ ツバメ)12歳。

???

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