第一部 最終話 猫の手記

文字数 2,922文字

ティルナノーグ、建国990年。話には聞いていたが、奇妙な世界だ、とわたしは思った。
すごく、「懐かしい」。それでいてどこか、よそよそしい。

せっかくなので、目的地を定めず街を歩いてみることにした。
駅前には低層の雑居ビルがあり、機械の部品やらパーツやらを売る専門店がまるで市場のようにひしめき合っている。
きらびやかな電飾にクラクラしながら大通りに入ると、多くの人が…と言ってもわたしが歩くのに不都合がない程度に、歩いている。人々にはいずれも生気が感じられず、こちらにかまってくる様子もない。

あちこちから音楽が聞こえる。多くの店舗で同じチャンネル?を流しているのか、聞こえてくるのは同じ歌だ。甘い、子どもっぽい声の女が歌うポップスだ。どこかで聞いたことがあるようなフシだが、なかなか良い曲だとわたしは思った。

しばらく歩くと消え入るように喧噪がなくなり、唐突に住宅街が始まる。住宅はどれも画一的な一軒家ばかりで、何を目印にして良いかわからない。

学校があった。小学校だ。土の校庭の向こうに、大きな窓を持つ三階建てくらいの校舎が立っている。
住宅街とは打って変わってやけに賑やかだ。嬌声があちこちから聞こえ、子どもたちの元気そうな足音がわたしの気持ちを軽やかにしてくれる。

校庭ではさまざまな遊びやスポーツが行われているようだった。陸上トラックを走っている比較的大きな子どもたち。ジャングルジムや回転する遊具で遊ぶ低学年の子どもたち。ドッジボール、相撲、チャンバラ。

チャイムが鳴り、「みなさん、おうちに帰りましょう」とアナウンスがあった。校庭にいた子どもたちは、一斉に校舎に入っていく。

わたしは木の陰でしばらく待つことにした。
明らかに低学年の、小さな子どもたちが教室からワーッと出てきて、押しつ押されつしながら門の外にまろび出て行った。
「ティルナノーグの子供たちは、ことさらかわいいのよ」と、天野が言っていたのを思い出した。ティルナノーグ、それは子どもたちの国。

校舎から出てくる子どもたちは徐々に高学年になっていき、最後に6年生と思しき子たちが、落ち着いた所作で歩き出てきた。体の大きな子、まだ小さな子が混じっているのもこの年代の特徴だ。腕白そうな男子もいれば、大人びた女子もいる。

この学校には対象者は何人いるのだろうか?よく調べていないので分からない。

ふと、一人の女の子が目にとまった。背筋がピンとのび、凛とした雰囲気を漂わせる美少女だ。こんなことをわたしが言うとヘンタイ扱いされそうだが、美少女なのだからしょうがない。白いブラウスに紺色のスカートというシンプルな服装が、むしろ少女の美しさを際立たせている。

少女は後ろで一つにまとめた長い髪を揺らしながら、大股にスタスタと歩いてくる。小学6年生としては比較的大柄なのだろうか?彼女が通り過ぎると、彼女が背負っているリュックが見えた。黒いリュックの中央に「空手道」と書いてあり(笑)、彼女の醸し出す雰囲気が武道によるものであることが推察できた。

彼女が校門から去ってしまうと、今度は網に入ったサッカーボールを蹴りながら軽口をたたく小柄な少年と、同じく小柄な、おとなしそうな少年が二人で出てきた。

直観的に、サッカーボールの子は対象者になるかもしれないと思った。機敏な動き、快活な早口、そしてトップアスリートに特有の、「自信」みたいなものが感じられた。
しかし、ほどなくわたしの視線を奪ったのは、後からとぼとぼついてくるもう一人の少年だった。わたしの目には、彼はかなり特異に映った。彼はまるで何かを警戒でもしているかのように、小刻みに周囲に目を配っていた。しかし、表情には怯えている様子はなく、平静そのものだ。しかも、視線に合わせて手指も動いており、いわゆるADHDなのか、と思えるが、その割には妙に落ちついているのだ。早口でまくしたてるサッカー少年との応対も、なぜだか噛み合っているように見える。

なんだろうねえ、この妙な子は。わたしの子供のころにはいなかったタイプだな。

わたしはこの少年たちを尾けてみることにした(美少女を追いかけるよりもコンプライアンス的にはいくぶん安心だ)。
ほどなくして彼らが擬体と出会う場面に遭遇。変わった子のほうはCRF(コントロールド・リスクファクター)と交戦し、良いリハーサルになったようだ。

わたしは子どもたちが運命をどのように受け入れて、どのように立ち向かうのか、その心情が知りたかった。少年は、わたしが想像していたよりも驚くほど前向きだった。

この世界のオトナは、子どもたちにあまり関与しない。言うことも画一的なので、子どもたちは大人に頼らず、自分たちで考えて、行動せねばならない。
半分はこちらの都合だが、結果的にこれはとてもうまく行っていると思う。

擬体という存在との向き合い方も、我々の想像以上にスムーズだ。
たしかにこの世界の子どもたちは、ものごとに積極的に挑む『新奇開拓傾向』の遺伝子配列を持っている。だから新しいことに抵抗がなく、バイアスが少ない。言い換えると「素直」といえる。
感心する。人類に、このくらいの素直さがあったならば、残った命も多かっただろうに。

話がそれた。大事なテーマを忘れていた。

三回目となる今回から抜本的に大会システムを変更したことで、「蓋然性(がいぜんせい)」の有効性が明らかになるだろう。
量子コンピューター以降、そして先の事変以降にキーファクターとなったこの「蓋然性」が、今回の実験でどのくらいの成果を上げるのか。矛盾した条件、正解のない問い。そして友情、愛情がどんな効果をもたらすのか。その成果を見る10日間となる。
スタジアムの本戦も、もちろん従来とは抜本的にルールを変更するべきだろう。

少年たちは翌日からさっそく戦いに突入した。従来ではありえなかった事象が多数発生していることがわかる。集合と離散。その戦略的意義。

さて、ここから先は十分モニタリングされているし、わたしの手記などよりもよほど詳細な記録も残っているはずだから、割愛する。

人類の英知を結集した少年少女たちに、人類の運命を託す。
最大限の感謝と愛を贈ろうと思う。

ティルナノーグ暦:991年、西暦:2048年、3月15日。

追記。それにしても、この猫の擬体があまりにもすばらしくて、手放せない。かわいらしい…のもさることながら、殆ど動けない本来の私からすると、この駆動性能はまさに夢のようだ。個人用にひとつ作るとすると、設計・製造コストがどのくらいかかるのか、(ヤン)に相談してみよう。

* * *

991年3月26日(水) 朝刊。

ついに、スタジアム本戦出場選手が確定!

出場選手(決定順):
池袋地区代表:伊瀬 拳也(クラブ・K)
品川地区代表:大河原 沙織(スペード・Q)
新宿地区代表:川西つばめ(ダイヤ・2)
東京地区代表:田中 隆弘(クラブ・9)
銀座地区代表:堀内 荘司(スペード・A)
中央地区代表:九頭竜 武(ジョーカー)
渋谷地区代表:杉野なつ(ハート・6)
上野地区代表:結月 輝(スペード・J)
秋葉原地区代表:真嶋 瑛悠(ジョーカー)

スタジアム本戦は、3月28日(金) 12:00開始。
※国営テレビにて生中継予定。

第一部・完
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登場人物紹介

真嶋瑛悠(マジマ アキハル) 通称:アキ 12歳

本作の主人公。内向的でゲーム好き。

水元 未咲(ミズモト ミサキ) 12歳。

空手道に通じる。流派は伝統派、松濤館流。全土の小学生大会で、組手優勝の経験を持つ。


宮坂成男(ミヤサカ ナルオ) 通称:ナルオ 12歳

アキと未咲の幼なじみ。サッカーの地区選抜、スタメン。FW。シュートコントロールに定評がある。

A.O.I. (アオイ) 12歳

絶大な人気を誇るアイドル。「ハートにルージュ!?」が大ヒット中。

杉野なつ (スギノ ナツ) 12歳。

???

川西つばめ (カワニシ ツバメ)12歳。

???

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