第十六話 新宿つばめの諦念

文字数 2,301文字

―代表決定―
池袋地区:
クラブのK・伊瀬拳也くん、第一号の代表に決定! 「ボクシング、抜群の破壊力と攻守に秀でたパフォーマンス。一人で地区の全ハンドラーを打倒」 17:15

敗北の欄には池袋の5人が並ぶ。上野も3人。横に添えられた時間にほとんどラグがないのはどういうことだろう。一斉に敗北したということ?とにかくなにか異常なできごとが起きたんだ…。新宿のハンドラー・川西つばめは、中指でずり落ちた眼鏡の位置を直すと、電話番号をプッシュする。
「おはよう。昨日池袋でなにが起きたのか調べて」

つばめは受話器を置くと、スクラップブックを開いた。「クルセード・ロワイヤル記録集」
と手書きで書いてある。
「ボクシングか…3年前の優勝者はボクシングね。頭がブロッコリーみたいな不思議な擬体だった」

過去3年の歴代チャンピオンは格闘技系。わたしのような球技特化の擬体は地区代表になることも少ない。つばめは父の書斎の椅子に沈み込んで考える。

つばめがハンドラーになったことを告げると、新宿地区長であり、根っからの根性論者である父は、娘の勝利を信じて喜んだ。子どもが消えてしまうかもしれないとしても、それほどにクルセード・ロワイヤルへの出場は名誉なことなのか。それもある。父の応援の理由はもう一つ。クルセード・ロワイヤルは国を挙げたイベントであり、各地区の代表による国政アセットの争奪戦でもあるのだ。
新宿区は昨年のチャンピオンを輩出している。その結果、通称ABC――Aはアセット、Bはベーシックインカム、Cは犯罪率に対する改善調整が行われ、スポーツ施設が増えたり、犯罪発生率が低下したりした。父はそれにより大きな恩恵を受けた。

自分の擬体、どうやら野球特化型のダイヤの2は、単独で優勝することは難しいだろう。長い検討の結果、つばめはそう結論づけた。すでに似たタイプの擬体で、自分のよりも強いのがいることも知っている。
なんらかの策を弄して地区を勝ち上がったとしても、スタジアムでは勝ちようがない。

12歳のアスリートが、「敗北と消滅」を受け入れることは難しい。
だが、父が行っている地区の行政・治世を見続けてきたつばめにとって、受け入れざるを得ないものでもあった。人は、社会の都合ややむを得ない事情のために、「犠牲となることがある」。これは世界の(ことわり)であり、運命というのはそういうものだ。

その代わり、つばめは決意した。必ず今年も新宿地区からクルセイダーを輩出し、父の名誉を保つこと。そのためには、父のアセットを駆使し、全力を尽くすこと。そうすれば、地区に野球場の一つも増えるだろう。
新宿地区内ではすでにハンドラーに対する協力の呼びかけが行われ、連絡が取れている。新宿を勝たせるためにどうするか…ハンドラーたちとの作戦会議の結果、他地区の有力ハンドラーをせん滅することで一致した。

池袋は一歩間にあわなかった。まさかこんなに唐突に代表が決まってしまうとは思っていなかった。現時点で、池袋は明らかな優勝候補であり、研究対象だ。
次に危機感があるのは、品川。レスリングと推定される擬体が快進撃を続けており、残り二人となっている。ビビッて隠れている擬体が姿を見せ次第、勝負がつくだろう。襲撃候補ではあるが、スタジアムの本戦で打撃が得意な池袋の代表に“当てる”のならば、品川のレスラーはうってつけでもある。

そしてもう一つ、打撃格闘技で気になる存在がある。秋葉原。空手で他の擬体を圧倒している姿が目撃されており、しかもとどめを刺していない。他の擬体もこの空手の擬体に付き従っているとの話だが、なんと、池袋でも同様のことが起きていたという。つまり、池袋の代表と同じレベルの戦闘力を、秋葉原の空手家が持っている可能性がある。
秋葉原は4名残っているが、放置すると新宿の戦力を上回るかもしれない。

秋葉原の空手家の打倒。これは現時点で明確に必要なことと思えた。

つばめは再び受話器をとった。
「みんなに伝えて。本日午後2時、駅に集合。秋葉原の殲滅戦(せんめつせん)を行います、って」

新宿から秋葉原までは、中央区を通るセンターラインで20分ほどである。
各地区の間には運河が流れており、地区をまたいだ移動は電車、もしくは貨物用の道路しかない。
秋葉原に降り立つ。がちゃがちゃしたうるさい街だな、とつばめは苦笑する。
5人のハンドラーたちと顔を見合わせる。女子は私だけだ。顔を見るとなかなか頼もしい。十分すぎる戦力だ、とつばめは確信する。

新宿の代表としてスタジアムの本戦を勝ち抜く可能性が高いのは、少年相撲のチャンピオン・榛葉(はるは)、次がフェンシングの大津(おおつ)。そして大穴…もう少しかっこよく言うならばダークホースは…隣に立っている巨体の野球選手・小谷だろう。ライバルチームとして何度も対戦しているつばめと小谷は、ある意味で最も互いを信頼している間柄ともいえる。

対秋葉原戦。柔軟にピボットできる作戦も立てた。目的はひとつ、空手家の擬体の打倒。他は生き残らせてよい。
新宿地区職員に調べさせ、情報も十分だ。彼らは夕方、空手道場のあるビルに集結していることが判明している。数でもこちらが勝るが、奇襲で分断して着実に仕留めよう。

集団で近づくとバレる可能性がある。バラバラに配置につけ。
最後に、ビルに榛葉と大津が近づいたら、作戦開始だ。

つばめは頷く。チームは適材適所だ。肩の強いやつ、機動力のあるやつ、なんでもできるユーティリティプレイヤー…今年の新宿には、良いメンバーが揃っている。早い回で、勝負を決められるだろう。

「早ければ、三分。それより長引いたら、アンタの出番だよ、小谷」

小谷は巨体を揺らしてさわやかに笑った。
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登場人物紹介

真嶋瑛悠(マジマ アキハル) 通称:アキ 12歳

本作の主人公。内向的でゲーム好き。

水元 未咲(ミズモト ミサキ) 12歳。

空手道に通じる。流派は伝統派、松濤館流。全土の小学生大会で、組手優勝の経験を持つ。


宮坂成男(ミヤサカ ナルオ) 通称:ナルオ 12歳

アキと未咲の幼なじみ。サッカーの地区選抜、スタメン。FW。シュートコントロールに定評がある。

A.O.I. (アオイ) 12歳

絶大な人気を誇るアイドル。「ハートにルージュ!?」が大ヒット中。

杉野なつ (スギノ ナツ) 12歳。

???

川西つばめ (カワニシ ツバメ)12歳。

???

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