第二十五話 12:00

文字数 3,298文字

11時45分。池袋。

池袋には、多くのギャラリーと、報道陣がいた。これから何が起きるのか知っているのだ。ヘルメットをかぶっている人も多い。擬体同士の戦いを見物していてケガをする人は毎年、たくさん発生するのだ。

未咲とAOI、そして僕は、地味なフクロウの像の前にいた。

「それじゃあ、ここで別れよう」二人の顔を交互に見ながら、未咲が言った。
「なるべくバラバラの方向がいいんだよね?」AOIが言う。
「そうだね、おれたちが遭ってしまったら意味がないからな」僕が確認する。
「わたしは、まっすぐ行くわ」未咲が、東口の駅前からまっすぐに伸びる大通りを指さして言う。市街地の端まで、どのくらいあるのだろうか。
「じゃあわたしは、真逆。駅の逆側に行ってみる」AOIが言う。「ホームから見たら、なんか大きな広場があったし」
「おれは」と言いながら考える。左前方に大きなビルがある。「あっちの方向を目指すよ」

誰ともなく、三人は互いの手をとる。
「未咲、アキ、そしてナルオも」AOIが力を込めて言う。
「仲間でいてくれて、ありがとう」
未咲も、僕も、何も言わずに、ただAOIのきゃしゃな手を、強く握った。
ナルオのぶんまで頑張ってくれ、とAOIに伝えたつもりだった。

「10分前。じゃあ、行こう」AOIが、なにかを断ち切るように、元気な声を出した。

ギャラリーの波が割れていく。写真を撮っている人が多い。手を振りながら、AOIは駅舎の中に消えていった。

「じゃあ」未咲は僕に向きなおって言った。「ゆうべの…、約束だよ」

僕は頷いた。
ちゃんと未咲の思いを受け止められているだろうか。わからない。だけど、精一杯戦うよ、と思った。
未咲は微笑を浮かべながら、大通りを歩いて行った。

* AOI  *

AOIが駅舎の逆側に出ると、待ち構えていた報道カメラマンがパシャパシャと写真を撮った。
唯一無二のアイドル・AOIが今日限りで消えてしまうかもしれないのだから、当然だ。
他にも後ろから追ってきている報道マン、そしてファンが多数。
ならば、自分にふさわしい舞台で敵を迎え撃とう、と思った。

駅前の広場の先に、開けた場所、公園がある。ここにしよう。
だだっ広い公園の真ん中には噴水、そして南側には野外ステージが併設されている。

AOIは少し底が厚めのスニーカーで、ステージの階段を上る。ステージの中央から見渡すと、大勢のギャラリーが集まってくるのが見える。ステージの前にカメラが続々と設置される。

広場の中央の時計は11:55を指している。あと5分。ちょうどいい。

AOIは大きく息を吸うと、叫んだ。
「みんな聞いてー!」
マイクなしの―地声。1秒ほどの間があいて、怒涛のような歓声があがる。それまで押し黙っていたファンたちが、声を上げたのだ。
「AOIは、みんなのおかげで最高の時を過ごしたよ!!」
ファンたちがはばからずに泣き出す。
「AOIは、みんなの中で、永久不滅です!!」
再び、わーっ!と歓声が起きる。ギャラリーは膨れ上がり、公園の外、駅前のバスロータリーまで大きくはみ出していた。

「最後に、一つだけお願いをきいてほしい」
ギャラリーを見渡す。
「ちょっとだけ。静かに聴いてほしい曲があるの」報道陣とファンたちはAOIの地声での発言を一つも聞き漏らすまいと、静まり返る。
「練習してきて、まだ発表していない、新しい歌。『甘い思い出』、歌います」

ア・カペラ。伴奏なしの歌唱。一つ一つの言葉に感情の揺らぎを乗せた独特の歌唱技術。AOIの甘い声は、歌のエモーションを何倍にも増幅させていく。無伴奏なのに、重厚な和音が聞こえてくるかのように。

AOIが、楽しかった日々についての歌を歌い始めてほどなく、ステージでは不思議なことが起きた。いつの間にか現れたすらりとした少年が、踊り始めたのだ。

AOIは歌いながらもその異変に気付いた。多くの観客が、自分ではなく、別のほうに視線を移したからだ。AOIは歌いながら体の向きを変え、少年を見やる。

バレエ…いや、必ずしもバレエの技術ではない…創作ダンス?それにしては、動きに一定の様式、なにか特殊な美しさがある。
少年は、驚くほどの柔軟さと、美しい手先・足先で、AOIのアカペラの世界観を体現していく。そして、時折くるくると美しく回転する様子に、観客からため息がもれた。

AOIの歌は、二番に入る。歌い続けながら、AOIもまた、少年の踊りに魅せられていた。
ビビ、っと来た。この少年は天才で、そして自分とは違うタイプだ、と。

曲が終局に入り、AOIは最後のロングトーンに情緒を乗せて響かせる。そのロングトーンに合わせて、少年は美しいスピン―どんどん加速し、まるで花が咲くように腕だけがゆっくりと天を指す―を魅せた。

AOIは歌い終わった。自分の人生で最後になるかもしれない、舞台。
割れんばかりの歓声はしかし、自分だけに送られたものではなかった。その半分以上は、長い手足を優雅に広げ、深々とお辞儀をする少年に向けられたものだった。

時計が12:00を指した。

* 未咲 *

大通りをまっすぐしばらく歩くと、左手に開けた場所が見えた。高くネットが貼ってある。ゴルフ?いや、野球場か…未咲の足が自然とそちらを向く。
美しい芝生の外野に、赤土の内野。野球場って広いんだな、と未咲は思う。ナルオを倒した擬体たちは、野球特化型だったと聞いた。そう考えると、憎らしく思えてくる。

「おーッ、気持ちいいな!!」
背後から男の声が聞こえた。
振り返ると、少年にしてはやけに筋骨隆々な、なかなかのハンサムが立っている。少し垂れた人懐こい目は、そう、「なつ」に似ている。

「最後の相手が、あんたになるとはね。なかなか。相手にとって不足なしだ」
少年は言う。
「AOIじゃなくてよかったよ。あんたとなら、本気で戦える」

「お兄ちゃん」のほうか。未咲は思う。それならあたしも、全力で戦える。頑丈そうな相手。やりがいがある。

一陣の風が吹いて、土ぼこりが舞った。
球場の電光掲示板のアナログ時計が、12時を打った。

* なつ *

駅舎に沿って、華やかなデパートやおしゃれな店が並ぶ。沿道は興奮したギャラリーが何かが始まるのを今か今かと待っている。
リュックサックを背負いながら歩く少女、「なつ」がその主役の一人であることに、人々は気づかない。

デパートが途切れると、右手に大きな地下道が見えてくる。駅の反対側に抜ける、大ガード。
ちょうどその時、ガードのはるか先、駅の向こう側から、大歓声が聞こえてきた。
「AOIちゃんかな」なつは思う。「大スターだもんね」

ちょっと近づいて見てみたい気もしたが、自重する。間もなく12時になる。射撃系の擬体と当たった場合、広いところだと不利だ。捕まえやすいところがいいな…と、地下道に足が進む。
地下道は、大きなすり鉢、ランプ状にへこんでいる。地下道のちょうど真ん中、一番下がったところに、デパートへの搬入口がある。

小柄な少年が立っていた。
やけに陰気な顔をしているな、となつは思わず笑んでしまう。まるでこれから人生が終わるかのようだ。
足を止め、話しかける。
「なんでそんなところに突っ立ってるの?」
少年はおっくうそうに答える。
「ここからなら、いろんな方向に逃げられるから…」
なつは嘆息する。
「何から逃げるの?」
「運命から」
「どっちの方向に行けば、逃げ切れるの?」
「わからない。逃げきれないかも」
「じゃあ、立ち向かえば?」
「いやだ。僕はもう絶対にかなわないものを見てきてしまったから」
「それでも、だよ。」なつは笑う。「全力で立ち向かえば、たとえば破れても運命だと思えるよ」
「僕も、数日前まではそう思っていたんだ」
少年は、なつを恨みがましそうにじっと見る。
「でも、そうだね。ひょっとするとルールが変わって、逃げ足勝負になるかもしれない」
少年はいびつに口を曲げて笑おうとする。「それはないか」
「そうなるかもしれないし、きみが成長するかもしれない」
少年は唇をかむ。なつはつとめて明るく、やさしく言う。
「全力でかかっておいでよ。気持ちよく倒してあげるから」

その時、デパートの頂上の時計が、12:00を表示した。
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登場人物紹介

真嶋瑛悠(マジマ アキハル) 通称:アキ 12歳

本作の主人公。内向的でゲーム好き。

水元 未咲(ミズモト ミサキ) 12歳。

空手道に通じる。流派は伝統派、松濤館流。全土の小学生大会で、組手優勝の経験を持つ。


宮坂成男(ミヤサカ ナルオ) 通称:ナルオ 12歳

アキと未咲の幼なじみ。サッカーの地区選抜、スタメン。FW。シュートコントロールに定評がある。

A.O.I. (アオイ) 12歳

絶大な人気を誇るアイドル。「ハートにルージュ!?」が大ヒット中。

杉野なつ (スギノ ナツ) 12歳。

???

川西つばめ (カワニシ ツバメ)12歳。

???

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