第8話 (休題)とあるテレビ番組内からの抜粋 II

文字数 18,087文字

以前に神谷さんが、今現在日本が括弧付きの”保守化”が進んでいるという事で、それに関連する形で、いわゆる保守思想家の大家として出演したこの番組は、毎週月曜日から金曜日までの、夜八時から十時までの生番組なのだが、今回の抜粋は、私と師匠が宝箱を訪れたその週の火曜日の放送内容。
何故これを抜粋しようかと思ったのかと言えば、今回久しぶりに神谷さんが登場するというのもあったのだが、それと同時に、なんと義一も一緒になって出演するからだ。
この話は宝箱での一件の次の日、つまりは翌日の月曜日だが、その日の晩に不意に義一から電話が来ていたに気付いて、一度自室を出て両親がいないのを何となく確認してから、私から折り返し電話を掛けた時に教えて貰ったのだ。

電話に出るなり、私から何の用件だったのか聞くと、義一が返してきた言葉は、この様なものだった。
「いやぁ、先週…で良いのかな?琴音ちゃん、君が修学旅行のお土産と共に持ってきてくれた、例の大きく分けて三つのプリントの束なんだけれど…」
この話が義一から飛び出してきた瞬間に、電話口の私が思わず緊張してしまったのは言うまでもないだろう。
義一にプリント群を預ける…いや、あげたのだが、それからの日々は、深刻では無いにしろ、どこか何かの拍子に『義一さんは、あれを読んでどんな感想を持っただろう…?』だとか、もしくは、忙しいせいでまだ読めてないかも知れないと、その様な考えが浮かんだりして、何となくとしか言いようが無いが、こちらからわざわざ連絡をとって、感想を聞き出そうという気も起きず、ただ軽く悶々としつつ過ごしていた。
だが、週末になると、頭は一気に師匠の事で占められてしまい、せっかく義一と顔を合わせられたというのにも関わらず、それらについてはお互いに一言も触れずに終わっていた。

実際には、「あ…うん…」と小さく声を漏らすのみにとどめていたが、義一はそのまま言葉を続けた。
「実は今僕はね、三つの中で、取り敢えず詩と、この間に僕が見せた様なファイルと同じ、日々についての疑問点や、それに対する考えを纏めたものを半分と、夢ノートを少しだけ読み終えていてね」
「う、うん…」
「まだ全部は読み終えれていないんだけれど、ふふ、せっかく間隔を短く会えたんだし、今現時点で持った感想を、どうしても君自身に直接伝えたくて話したかったんだけれど…うん、でもあの時は、君の師匠さんである君塚さんが来られていたし、君が心から信頼して尊敬している師匠の前とはいえ、事情をまだ知らないのに話を振ったり、感想を述べるのも、何だか…ふふ、片手間みたいで君に対してあまりにも不誠実だと思ったのもあってね、それで言わなかったんだ」
と義一は、こちらが感想を求める前から、開口一番にまずこの様な内容を、ツラツラと話してきたのだが、やはりというか、自分では不誠実がどうのと言いつつ、やはりそういった気配りが出来る時点で少なくとも私には誠実だろうとツッコミたかったが、流石に気恥ずかしくて突っ込めず、結局はただクスッと小さく笑い返すのみにとどめた。
それを電話越しに聞いたらしい義一も、微笑み返しつつ続けて言った。
「まぁ、だからね?僕ら今週の土曜日に揃って数寄屋に行くでしょ?その時にも会えるわけだけれど、でもこの感想をあの場で話すというのも違うと思うし…だから、もう少し先まで感想は待っていて欲しいんだ」
「…ふふ、てっきりこの流れだと、このまま電話越しに感想を言ってくれるものだと思っていたわ」
「あ、あー…いや、だからそれは…」
「ふふ、分かってるって」
『それだと誠実じゃないんでしょ?』という後の言葉は、敢えて言わずに置いて、その後は一人こちら側だけで明るく笑った。
その真意がどこまで伝わっているのか、当然顔は見えないので断言は出来ないまでも、しかし義一は恐らく電話の向こうで例の苦笑いを浮かべていた事だっただろう。
私は敢えて言わなかった言葉の代わりに、続けてこちらから質問をぶつけた。
「感想のために電話してくれたんじゃないなら…一体なんの電話だったの?」
「あ、うん、それはねぇ…」

…そう、ここでようやく、この話の主旨に戻ってくる事となる。つまりは、電話くれた日の翌日に、自分が神谷さんとテレビ出演するという報告なのだった。
それで私は火曜日の夜に、毎日七時頃と決まっていた夕食を摂り終えて、それから観終えた後で面倒な事をしたくは無いと考えたのもあり、何とか寝支度まで済ませた後、自室にあるテレビでその番組を生で観たのだった。


番組の題としては、『FTAと日本の国柄』といったものだ。この題名だけで大体予想が付く通り、FTAに関連して義一が、日本の国柄に関連して神谷さんが呼ばれた形なのだろう。
司会者の男性一人と、アシスタントに女子アナウンサーが一人の合計四人で番組は進められていった。


女「…今週はですね、少し普段と趣を変えまして、大きな視点と言いますか、この国の現状、懸念、目指すべき方向というのをですね、様々な視点から議論をしていきたいと思います。本日は、今の政府のですね、これまでの経済政策を総括しながら、日本の国柄、日本らしさについて話を聞いていきたいと思います。」
男「そうですね。政府発表でですが、一応数字の上では上手くきている様な情報が出てきていたりしますが、ただし国の経営という点においては、今の経済政策で十分なのか、政府は国民、そして国家のためにどんな考えを持って臨まなくてはいけないのかなどを、聞いていきたいと思います」
女「はい、では今夜伺うゲストを紹介しましょう。久しぶりのご出演になります、評論家の神谷有恒さんと…」
神谷「どうぞよろしく」
相変わらず厚着だなぁ神谷さん…初夏だというのに
女「そして、今年に入ってですね、彗星の如く現れまして、本日の番組名の副題にも出ています通り、何かと世間を騒がしているFTA反対の論陣を張って、様々な方々から支持を受け続けています、著述家…でいらっしゃいます、望月義一さんにお越し頂きました。よろしくお願いします」
…ふふ、まぁ肩書きが無いせいで紹介し辛いわよねぇ
義一「ふふ、よろしくお願いします」
相変わらずねぇ。…ふふ、見え透いたお世辞には正直に苦笑いをするんだから…
義一は公に合わせてか、スーツを着て髪型もピシッと綺麗に纏めていた。



女「早速なんですが、岸部さんが総理になられてから”三本の矢”と銘打って、経済政策を出しました。第一の矢は金融政策、第二の矢は財政出動、第三の矢は成長戦略となっているんですが…」
神谷「第一の矢の考え方から言いますと、まぁ生番組ですし事細やかには説明出来ませんが、おおよそで言えば、中央銀行である日銀が”インフレ率”なるものを設定して、まぁ端的に言って”マネタリズム”ですね、それから外れない事だけ気を付けていれば、あとはマーケットが自動的に平衡を作ってくれるという、マーケットファンダメンタリズムの延長線上にある様な経済思想な訳ですね」
うんうん
神谷「で、第二の矢の財政出動というのは、これも簡単に言いすぎて厳密では当然無いのですが、基本的には”ケインジアン”の考え方なわけです。でまぁ、今述べた二つの矢の間で、既に大きな違いが現れているのですが、要は第一の矢は『小さな政府』に偏りがちの思想ですよ。第二は当然、財政出動というくらいですから、政府が主導で動かなくてはいけないわけで、必然的に『大きな政府』の考え方な訳です。これだけを見ただけでもですね、180度とまでは言わないまでも少なくとも90度以上は違う方向を向いてるわけです」
男「ふんふん」
神谷「でまぁ第三の矢ですが、これがまぁ岸部さんが政権を取られてから、一番本腰を入れて頑張っている様に、私からしたら見えるのですが、この成長戦略なるものは、シュンペーターの、資本主義の長期的な動態として、いわゆる『創造的破壊』でもって、独占寡占の熾烈な争いを起こしつつ、利潤を求めて先人を切る者がいて、その後を分け前でも貰おうと追従する者が増えてくるという、その様な言うなれば歴史観ですよね」
女「これが成長戦略なんですね」
神谷「でやはり、これも他の二本…いやまぁ、第一の小さな政府の考えと第三の成長戦略はそれなりに方向性が合ってるのかも知れませんが、それでもとりあえず、完璧には合っていないわけです。でですね、確かにこの様に色んな方向に弓矢を飛ばす様な、そんな政策を現政権は掲げているのですが、今の日本を鑑みるに、確かに様々な方向に矢を飛ばして、あれもこれもやらなくてはいけないという説は、よーく分かると言ってもいいんです。なんせ、政権奪還したときに総理は、『危機突破』をスローガンの一つに言ってたわけでして、確かに沈没しかけている日本経済を救うには、なりふり構っていられないというのは、私も大賛成なんです。ただ問題はですね、まぁこれまた単純至極なんですが、要はこの様に思想が違う、国家観も違う政策を、ばらけずにどう束ねるのか、それを今の政権が、その難しさを含めて自覚し考えているのかが疑問なわけです」
義一「本当そうですね」
お、とうとう義一さんの出番か
義一「今の神谷せん…ふふ、この場では”先生”呼びはアレらしいので、神谷さんと呼ばせて頂きますが、神谷さんの話に付け加える形で言わせて頂きますと、繰り返し述べれば、方向がてんでバラバラな矢を纏めるには、今回の議題にも関係してきますが、要は自分たちの国家の姿がどうあるべきか、国家というのは歴史というものがあり、これがいわゆる日本の国柄、それに基づいて初めて、これは日本に限らず世界のどの国家も目標が漠然とであっても大まかに定まり、方向性が決められて、それに向かって政、官、財などが一致団結して取り組めるというものなんですね」
神谷「その通りですね」
義一「今の岸部総理は、まぁ天皇だの皇室だのに対して、尊崇の念がある様な態度を示したり、憲法改正などなど、いわゆる右系統からそんな点で支持を得ているわけです。別に私は、この程度…と、敢えて強い言葉で言わせて頂きますが、そんな口先程度の事など眼中に無いというか、この程度で国家観があるだなどと微塵も思いませんが、それはともかく、大切だと思うので繰り返し言えば、自分たちがどんな国に生まれて、どんな国家観を過去に連綿と繋げてきたのか、それを知らないで、たまさか今たまたま生きてる人間たちだけの思い付きでは、結局は袋小路に入ってしまい、国家がどこにもいけなくなってしまうのじゃないかと、取り止めのない話になってしまいましたが、私はそう思います」
男・女「なるほど…」
神谷「うんうん…って、あ、そうだ、えぇっと…ふふ、望月さんが、最近出された著作の中で、この三本の矢政策についても、面白い話をしてるので、それをぜひこの場を借りて話してくれませんか?」
義一「え?あ、いやぁ…ふふ、テレビを私物化しても良いんですかね…?」
男「あはは、構いませんよ」
義一「あ、そうですか?では遠慮せずに…はい、私の最近出しました本で、国力経済論という、正確な名前では無いですが、ありまして、本の名前からしてお分かりになられると思いますが、要は経済に重点を置いた内容なんですが、今の三本の矢を纏めるにはどうすれば良いのかという問題について、経済の点から考えた所、とある人物一人が思い浮かび上がりまして、その人を引用しつつ書いたんです」
女「あ、そうなんですねぇ。で、それはどなたなんですか?」
義一「はい、その人の名前は”ダニエル・ベル”という方です」
神谷「うんうん」
あー…
と私も神谷さんとほぼ同じタイミングで、テレビの前で声を一人漏らした。
因みに私も、ダニエル・ベルの事は知っていた。何せ、今義一が自分で言った通り、本の中で引用しつつ、そして詳しく解説してくれていたからだった。
この時点では勿論、義一の新著の二冊は読み終えていたのだが、只今のところ、まだ原著を貸して貰ったことは無かった。

義一「彼は一般的には社会学者と称されていますが、本人は…いわゆる専門を持たないというのを主義として持っていまして、専門家を意味する”スペシャリスト”を一つの知識に偏っているという点で嫌い、代わりに、世の事を総括的に見て判断するという意味で、専門を持たない”ジェネラリスト”を自称していました」
男・女「へぇ…」
そうそう、まるで…ふふ、神谷先生と義一さんみたいなね
義一「えぇっと、それはともかくですね、要は広い意味での将来に向けた公共計画を政府が立てると、その下地の上で、競争するなら競争すれば良いですが、教育や福祉などは、そもそも儲かりませんし、利潤を追えばすぐに駄目になるのがハナから分かると、小さな政府ではどうしようも無いと彼は言っていまして、その考えは僕も賛成なんです」
神谷「私も同意見ですね」
女「なるほど…。あ、今までお話を既にお聞きしてきましたが、改めて、現政権の経済政策についてどう思われるのか、望月さんお願いします」
義一「はい。えぇ…っと、この二十年間ですね、ずっと日本では構造改革と呼ばれてきた創造的破壊…いや、ロクなものを創造出来てない時点で、ただの破壊活動だっただろうと断言してしまいたいですが、それはともかく、まぁ八十年代にサッチャー、レーガンが進めた様な、いわゆる新自由主義という政策を、日本も猿真似で何も考えずにしてきたんですが、この新自由主義には大きく見て三つの柱があると思います。まず一つは『国を開く』という、Open Economyだなんて言われたりしますが、出来る限り人、物、お金の移動を自由にして、海外からの投資などもどんどん受け入れようって政策ですよね。その延長線上として、今回のFTAの様な話も出てきてるわけです」
ふんふん
義一「で、二番目が”Deregulation"ですね。つまりは規制緩和ってものです。日本は規制が強すぎると言うんですが…これもまず変だと思うんですね。日本の高度成長期というのは1960年代ですよね?あの頃ってそんなに規制が弱かったんですかねぇ?」
…ふふ、わざとらしいなぁ
義一「むしろ規制は強かったですよねぇ?厳密に言うと、規制が強いか弱いかというのと経済成長とが、どれほど関係しているのか、これは色んな議論があるんで余地は残しておきますが、ただ今のいわゆる主流派の議論というのは、規制を取り敢えず取っ払ってしまえば、新しいアイディアが出てくるんだと言うんですが…」
女「今よく言われているのは、電力や医療などの規制緩和ですけれど、望月さんはそれに疑問が…」
義一「そうですね。結局ですね、日本だけではなく世界中で規制緩和的な政策をどの国も、程度の差はあれ断行してきたわけですが、その結果を見た時にですよ?『これって上手く行ってる…?』という事なんです。日本が真似したくらいですから、アメリカが規制緩和について先駆けてしてきたんですが、その結果今どうなっているのかというと、格差が広がっているとか、その結果として、貧困化した大多数の白人たちに指示されて、元々不動産王だった素人が大統領に当選するくらいに変化してるわけです。十年くらい前になりますが、二十世紀の世界恐慌並みの金融ショックが起きましたが、忘れっぽい日本人からしたらもう遠い過去になってしまってる人が大多数でしょうが、これはかなりの大事件でありまして、お金が国境を簡単に越えていってしまう中で、バブルが起きやすくなったりと、これだけでも常識的に考えれば、世界経済が不安定になるというのは火を見るよりも明らかなものとして分かるはずです。それが今の日本の政権はですね…ふふ、私が先ほど申し上げた通り、忘れっぽい方が総理含めて多いのか、『もっと国境を下げましょう』、『もっと人の行き来を円滑にして増やしましょう』、『特区も作って海外から誘致しましょう』と大声で宣伝しているわけです。繰り返しますが、ただでさえ脆弱にして衰え続けている日本経済を、奈落の底に突き落とすんじゃ無いですか?という事を言いたいわけです」



男「規制緩和論者の人たちの根拠としては、一つに既得権益の打破というのがあります。既得権益というものがあって、規制緩和でメスを入れると、そこから活力が生まれてくるのじゃないかという意見がありまして、この場合の既得権益というのは、非常に悪い意味として使われています。キチッとした努力もないままに、ただ簡単に既得権益の受益者は蜜を啜っているだけじゃないかと」
神谷・義一「ふんふん」
男「また、神谷さんや望月さんが言われた様に、日本経済が今後成長していくという見通しが見えないこの時に、経済のパイがこれ以上大きくならないと、今までは規制があっても、何もしなくてもパイが何倍にも膨れ上がっていっていた過去の経済成長期には文句が出なかったですが、パイの大きさがある程度見えている中で、その中でどうやって皆で美味しい残りのパイを食べようとしたら、規制を取っ払うしかないんじゃないか…という意見については如何ですか?」
神谷「そうですねぇ…まずパイの大きさが云々って話からさせて頂きますと、もしも本気で既得権益者というか、一部が不当に富を持っているのがけしからんと言うのならですよ?だったら尚更、社会保障などを始めとする、要は”分配”の問題が表に出てくるのであって、そうなら再分配はマーケットではどうにもならんわけですよ」
うんうん
神谷「こんなことは経済学書の初歩向けのページに書かれているような事でして、社会主義や行き過ぎた共産主義のように、政府でがんじがらめに一から十まで全て管理せよなんて極論は言いませんが、ある程度公共性のある主体が司らなければいけないんですね。これも簡単な話で、分配なんぞお金儲けにはならないんですから、民の方ではどうしようもないわけです」
男・女「ふんふん」
神谷「そもそも再分配というのは、広義で言って”規制”の事ですよ。そうでしょう?再分配を何処から取ってするのかと言えば、当然高所得者たちからであって、彼らからして見れば、不当にお金を取っていく規制以外の何物でもないのですから」
なるほど…
神谷「もっと言ってしまえばですね…なんで小さな政府にして規制を取っ払えば、パイの分け方を平等に均等に分けられるのか、そのロジックが意味不明過ぎるのがまず一つ。後はですね、もっとそもそも論と言いますか、私も若い頃は権力とあれば、学校の先生であれ親であれ歯向かっていた人間だから、身を以て知ってますけれどね」
義一「…ふふ」
神谷「それ自体が殆ど嘘話なんだと」
男「ほー…嘘ですか?」
神谷「そうですよ。既得権益がどうのというのは、一番喋りやすい聞こえの良いだけの空語です。確かに社会というのは民主主義だろうと何だろうと階層構造なのは変わらないですからね、三角形の上の者は下の者よりも多く富を取っているのは良く知られているところですが、まぁ…ふふ、私としては、あまりにも日本が平等すぎる、他国に比べて単一民族色が圧倒的に強いためか画一的なところが、この国の大嫌いなところですけれどね」
義一「あはは」
ふふふ
神谷「ふふふ。恥ずかしながら駒場で教授をしていた頃だったので覚えていますが、80年代から90年代にかけて、外国のエコノミストなり社会科学者たちが、どうすれば日本の様な平等社会が出来上がるのか、それを研究しに来ていたものですよ。もちろん先ほども言った通り、完全平等なんてものは有り得ないし、むしろあってはいけないのですが、日本に不平等があって、その裏に既得権益があるだなんて話は、嘘話であるし、それに文化論的に言えばですね…ふふ、私は幸福な事に、大学教授という職を辞めて、学者連中から離れてからというものの、様々な芸能なりに帰属した人々と知り合う機会が増えまして、彼らから話を聞いて知ってるのですが、世に言う”文化”と称されるものは大概において、既得権益なんですよ」
男「積み重ねですからね」
…あ、この男性司会者…ふふ、以前に神谷先生が出演された時も思った事だけれど、結構話が通じる常識を持った数少ないテレビ人だなぁ
神谷「その通りです。既得権益がけしからんというのは、子供の言い草に過ぎないんだという、まずこれから話さなくてはいけない…というのが、もうこの歳ですからねぇ…ふふ、もううんざりも至極なんですが、まぁでも、初歩中の初歩が分からなくなっているのでね、そこからでも辛抱して議論をしなくてはいけないんですが、でもその議論ですら出来ないと、『既得権益はんたーい』って言えば群衆が拍手するような、そんな世論の中で、国家の問題を論じないでくださいと、一言言っておきたいですね」
男「あはは、すみません」
神谷「後もう一言だけ付け加えさせて頂きたいですが、既得権益批判というのは、いわゆる民主主義における”Demagogie”、民衆扇動という意味ですけれども、民衆を扇動するのに、どんな無知蒙昧であっても分かりやすい敵を作り出して煽るという、それ以上でもそれ以下でも無いのだというのを、このテレビをご覧の視聴者の皆さんだけには分かっていただきたいですね」



義一「人類の歴史というのは、何度もですね、グローバル化を進めては失敗し、また進めては失敗するというのを繰り返してきたんだと、最近の歴史研究で言われるようになってきました。例えばですね、一番近いところで言うと、19世期、今から百年前くらい、日本では明治維新が起こった頃から1920年代くらいまでですね、最近の歴史研究は全て統計資料を使えますから、どれだけ貿易量が上がったか、人の移動があったのか数字として出るんですが、今と同じか、もしくはそれ以上に人、物、金の移動があったと、今でいうグローバル化があったというのが確認されてるんですね」
女「へぇー」
義一「でまぁ、その19世期から20世期初めまでのこの頃のことを指して、第一次グローバル化と言う学者もいます。で…ここで大事な話というのは、現代から一番近いその第一次グローバル化というものが失敗に終わったという事なんです。第一次世界大戦、1929年の世界恐慌、それから第二次世界大戦と、結局グローバル化というのは、国家、国境が消えて移動も活発になり、人々が幸せになってると表向きでは皆して口を揃えているんですが、実情はそうではなくて、過去の事実を見る限り、国同士のちょっとしたズレから来る争いだとか、軍事力のバランスの変化など…また途上国が一気に成長したりするんですよね。戦前の例を挙げればドイツが、鉄の宰相オットー・フォン・ビスマルクの元で、欧州内で遅れていたのが一気に成長しました。どうでも良い事でしょうが、私はビスマルクを大変に尊敬していて好きなんですが、それはともかく、そのビスマルクを口煩い時代遅れな年寄りだと、当時の皇帝ヴルヘルム2世が厄介者払いをしてしまった後で、イギリスとぶつかり第一次世界大戦が起きてしまいました。今を見ても、九十年代から今にかけて中国が急成長し、アメリカとぶつかっていますよね?この様に国家間のバランスがコロコロ変わるんで政治上の問題が起こるとかですね、それから先程も話が出た様に、バブルが起きやすくなるんですよ。今から百年前ですけれども、お金がどんどん移動するものだから、当時のアメリカではボンボンとバブルがひっきりなしに起こってですね、それが次第に世界を揺るがしていくという話になっていく」
女「なるほど…あ、でも、失敗失敗とおっしゃいますけれども、失敗してもまたグローバル化に向かうというのは、それはそれで一体どういう話になるんですか?」
義一「なるほど、それは当然の疑問ですね。もう少し言いますと、第二次世界大戦が終わった後、いわゆる”ブレトンウッズ会議”と知られているのがありますよね?やっぱり戦前のグローバル化は上手くいかなかったから、これをまず何とかしようと、アメリカ合衆国のニューハンプシャー州にあるブレトンウッズに集まって、戦後秩序をどうしようかと会議をしたわけです。その中で、イギリスからは有名なケインズ、アメリカからは、国際共産主義運動という意味であるコミンテルンのスパイだったんですが、数え切れない程に証拠が挙げられたにも関わらず、死ぬ間際まで否定していた、ハリー・デクスター・ホワイトが表に立って、色々と議論を戦わしていたわけです。この中で、二人の意見は纏まらずに平行線をいくのですが、結局は国力が疲弊していたイギリスよりも、アメリカ側の意見が通ったという形に終わりました。ですが、しかしここで面白いのが、二人の間で数少なく共通していた意見というのがありまして、それというのが『戦前のグローバル化が、この様な事態を生んでしまったのだから、戦後世界はこのグローバル化を何とか抑えないといけない』といったものだったんです」
うんうん
義一「で…っと、それでグローバル化をどう抑えようかと考えたのかと言いますと、まずお金の移動を禁止にしました。要は固定相場制にしたんですね」
女「えぇ」
義一「ですから、日本の高度成長期というのは、殆どお金の移動というのはなく、当然の事ながら海外からもお金がほとんど入ってきてないんですね。目立つところで言っても、東京オリンピックを開催するので、インフラ整備をするのに、世界銀行なりから借金をするので、それでお金が入ってきたという事例はありましたが、それはともかく話を戻しますと、この様なお金の移動の禁止は勿論日本だけではなく、どの国でもそうでした。ですが、勿論この体制も完璧ではなく、これはノーベル経済学賞を受賞した、日本でも比較的有名なスティグリッツが『第二次世界大戦後から1973年まで続いたブレトン・ウッズ体制の下では固定相場制だったから、現在のグローバル化世界よりも安定的だったのは事実だ』と指摘しています。『しかし…』とここで彼は、ブレトンウッズ体制を擁護しつつも留保を入れています。『ブレトン・ウッズ体制は、各国の生産性にばらつきが出てきたときに対応できなくなってしまいました。その結果、ブレトン・ウッズ体制は崩壊し、変動相場制に移行した』…と追加して指摘しているんですね。ですから、先ほどの質問というか疑問は、確かに行き詰まってしまった時に、また性懲りもなくグローバル化が始まってしまうという流れが起きてしまうというのは、不完全である人類には付き物と言えなくも無いかも知れません」
女「なるほど」
義一「なので、根本的な解決策の様なものは開示出来ないのですが、取り敢えず喫緊の事で言いたいのはですね、グローバル化が進めば進むほど平和になって、皆で繁栄するんだという説は、まるで根拠がない上に、その逆の可能性の方が大きいというのは、それこそ歴史を見れば明らかなわけです。ですから、『歴史は繰り返す』じゃ無いですけれど、二十世紀前半に起きた様なことが、今後起きても何ら不思議じゃないと、そういった危機感を覚えているという意見を述べさせて頂こうと思います」



男「えぇっと…ふふ、今更ですが、ようやく当番組にも、以前からずっと出て頂きたかった新進気鋭の論客であります、望月義一さんにお越しいただいているのですが、これは何と、こちらにいらっしゃる神谷さんが長い間深く付き合いがあるというので、神谷さんを通して出演が実現したわけです…そうですよね?」
神谷「あはは」
義一「まぁ…あはは…」
…ふふ
男「あはは。あ、でですね、何故今その様なイントロを使ったのかと言いますと、ここからは少し、今話題のFTAについても議論してみたいと思ったからなんです。神谷さんはこのFTAについて、どんな意見をお持ちですか?」
神谷「このFTAについてですか?んー…ふふ、意見も何も、これまで議論してきた通りですね、こんなシロモノに対して反対以外の意見を出しようがありませんよ」
義一「ふふふ、FTAというのはですね、一応簡単にお話しますと、自由貿易協定と呼ばれるものでして、WTOという世界全体で自由貿易の枠組みを話し合うというのが元々あったんですが、時代が経つにつれて機能しなくなっていってしまいました。ですがまぁ、機能しなくなったとは言いつつも、それでも先進国間なりの関税は既に底打ちしてしまっていますが、それをもっと押し進めようというのはFTAなんです。で、ですね…ふふ、まぁ仕方ないんですが、私が一応反対派として、様々な媒体を通して色々と発言させて頂いてきたんですが、まずですね、勿論今回の騒ぎが起きる前から、日本というのは様々な国と自由貿易協定は結んできてました。ですが、今回のFTAというのは、これまでのものよりも、一層ラジカルと言いますか、過激な内容となっている点が、大まかに言って反対している理由なんです。というのも、何から何まで、それこそ関税だけではなく、金融、保険などを含めたサービス業についても自由化するという、究極の自由貿易を目指すというものなんです」
うんうん
義一「で、これは当然、その協定を結んだ国家の国民生活に多大な影響を及ぼします」
女「でしたら、日本は今回の多国間のFTA協定には入らない方が良いと、そういう意見なわけですね?」
義一「少なくとも、今の様に過激な自由貿易協定ならば、日本は入るべきでは無いと考えています」
女「経済連携協定には、日本は入らない方が良いと…」
義一「勿論、今の現状を見る限りにおいて、日本だけが経済連携協定に入らないなんて事は、出来ないし、するべきでも無いとは思うんですが、出来るだけですね、国家の主権を守って、今回の様に雁字搦めに初めからルールをきちっと決める様なものではなく、例外が多数設けられる様な、そういった柔軟な形になるのであれば…という考えを持つべきだと思います。例えばですね、今のEUを見て頂ければ分かると思うのですが、今のEUというのは自由貿易協定なんですよね?欧州内で国境を無くして、人、もの、金の移動を完全に自由にしたわけです。欧州全体では大きなブロックなんですが、内部では究極のグローバル世界を作るというのが、EUの実験だったわけです。その大規模な実験の結果どうなったのかと言うと、今はイギリスがですね、ユーロを取り入れなかったのにも関わらず、EUから脱退するために、あそこまでゴタゴタが起きてしまいましたが…」
男「望月さんは、日本は今回のFTAに対して、どうしたら良いと思われるのですか?」
義一「どうしたら良い?」
男「参加か、不参加かという意味ですが…今からでも、交渉の席からでも脱退すべきだと思われますか?」
義一「勿論そう思います」
男「脱退すべきだと思う!?」
まぁ…テレビ的には、こんな反応をするのが正解なのかも知れないけれど…そんな驚く事かな?
神谷「当たり前じゃないですか」
男「あ、そうですか!?」
義一「ふふふ」
ふふ
神谷「思ったって、どうしようも無いだけの話で。今までずっと詳しく望月さんが話してくれた様に、EUに限定して話しても、あれはユーロという共通の通貨を域内で使っているわけですが、国家の重要な主権の一つである、通貨発行権を放棄しているわけですよね?で、勿論域内グローバル社会ですから、大小の差こそあれバブルも起きやすく、そして実際に何度か軽微ながらも金融危機を起こしているわけですが、あそこまで自由にしてしまうと、何処かの国でバブルが弾けたら、瞬く間に欧州全域に広がるわけで、それに対応するのは、EU本部ではなく、各国家に委ねられてるわけですよ。ですが、先ほども言った通り、金融危機に対しては金融政策で対処しなくてはいけないのですが、通貨主権を放棄してるので、それを行使することが出来ないわけですね。勿論今回のFTAは、通貨まで一緒にするみたいな極端な話は出ていないですが、広義で言うグローバリズムの駄目さ加減をすぐそこで見ているのですから、もう少し日本人は危機感くらいは覚えても良い気がしますがね」
男「先生ね、経済的な側面だけじゃなくて、中々政治家は口に出して言わないですけれど、はっきり言えば、『すっかり以前の様な力、求心力を失っているアメリカを、日本が下支えするのが、日本の生き残る唯一の道だ』だなんていう意見もあるんですよ。これはいかがですか?説明として、受け入れられるものですか?まぁ、今アメリカは、新しい大統領になりまして、ここにきて急に協定に入るのを渋っているわけですが」
神谷「まぁ…ねぇ…良いんですよ、下支えしたいならすれば良いですけれど、だったらそうだと言ってくださいって事ですよね」
男「そうなんですよ」
神谷「何も言わずにですよ?今回のFTAを結ぶことによって、日本やアメリカ、他の連携するアジア諸国が揃って豊になって幸せになれるみたいな、そんな嘘話を皆で揃って、何処まで本気なのか知りませんが信じ込んで、しかしアメリカとかの大国は立派な国ですからね、一旦制度が出来たって、不都合だと思ったら平気で壊すでしょうし脱退するでしょう。ですが、日本人なんか素直な犬みたいなものですからね」
義一「ふふ」
うん…ふふ
神谷「一旦その協定に参加したら、盲目的にいつまでも尻尾を振って、周囲にご機嫌取りして後をついていかざるを得ないという、政治的軍事的立場に置かれている…というか、好き好んで今の立場に甘んじているわけですよ。そんな状態なのにですよ、下支えとか偉そうなことを言ってますがね、結局は支えていたつもりだった上から収奪されて操作されるだけであって、現に戦後の日米関係を見る限りにおいて、その様な事が繰り返し起こってきたじゃないですか」
うんうん
神谷「そもそもですね、これも大昔からですが、日本はアレコレとアメリカに譲歩して、それによって恩を売ったつもりできたんですが、アメリカからしたら一切恩など感じていないし、元々日本と何かを仲良くしようだなんて気はサラサラ無いんですから」
義一「その通りですね。横から口を挟んで恐縮ですが、あれは冷戦が終結した直後に、アメリカがNational Defense Program Guidelinesなるものを出しました。要は冷戦後の世界で、アメリカがどう世界の中で生きていく、どんな立ち位置で覇権を示していくかって内容なんですが、そこにですね、敵になりうる国を何カ国か名指しでピックアップされています。冷戦直後なのもありロシアが筆頭にあげられ、中国も続いて出ていました。ですが、この文脈の流れでですね、東西ドイツが統一したというので、東の息がまだ続いていると見たのか、ドイツも名前が出ているのですが、その次に出てくるのが、何と日本なんですよ」
女「へぇー」
そうなんだよねぇ…
と、アメリカ在住の寛治が、オーソドックスに以前に書いていたので私は知っていた。
義一「このNational Defense Program Guidelinesは当然公式にして、私でも入手出来るほどの公に発表されているものでして、こんなの官僚なり政治家なりはすぐに知れることなんです。ですが、今神谷さんがおっしゃっていた様に、それをひた隠し、日米同盟がどうのと美辞麗句を吐き散らかしてきたのが、これまでの流れなんですね」
神谷「いやぁ、今また詳しく話してくれたけれど、その通りで、しかしこんな馬鹿げた事を、戦後何十年もの間ですね、世界的に見れば個人個人の知的水準が高いとそれなりに評価される日本人の体たらくというのだから、笑えませんよね」



神谷「そもそも経済学者どもが勘違いというか、何も分かっていない、もしくは分かったつもりでしかないと言わざるをえないのはですね、そもそもエコノミクスの”エコ”というのは”家”ってくらいの意味って事すら良く分かってないんじゃないかって事なんです。この”エコ”というのは、元々は”オイコス”と言いまして、これは古代ギリシャ語なんですが、家って言っても奴隷が何十人から、多いところでは何百人と抱えていたのでしょうが、その奴隷たちを含めての大きな家、その家をどう纏めるのか、纏めるには秩序が必要だろうと、そこでエコノミクスの”ノミクス”の部分が後から付いてくるんです。これは”ノモス”が元なんですが、これが秩序を表したギリシャ語なんですね。”オイコスノモス”がなまりになまって、今のエコノミクスって名称になったわけです」
男「ふんふん、なるほど」
神谷「でですね、これまでの話を繋げて、本日の議題に絡めて言えば、家と言った時に、勿論家庭という意味が初めに浮かぶでしょうが、昭和の辺りは”家族的経営”なんぞと言われた時代もありまして、要は企業の従業員は、人材、つまり材料ではなく、一人一人が家族の様な存在なんだと、だからこそ終身雇用なんて制度が、暗黙裏というか続いてきていたわけです。それもそうですよね?家族の誰か一人をクビにするだなんて事は無いんですから」
男・女「あはは」
義一「ふふ」
ふふ
神谷「まぁ、”勘当”というのがあるので、それも厳密には違いますが…ふふ、それはさておき、今ではすっかりアメリカナイズされてしまって、従業員に対してそんな風に思う経営者が減ってきてるのは事実ですが、まぁ話の便宜上、一応沿わせて話すと、企業も一つの家と言えるわけです。ですがもう一つ、大きな家があるのを日本人は忘れているんですね。それは勿論、国家そのものです」
うんうん
神谷「国の家と書くくらいですから、国家それ自体も家と見做すべきなんです。でですね、この国の家をどう安定して過ごすために何が必要かとなると、先程来出ている、人々が共有している秩序がどうしても必要なんですが、これは個人からも出てこないですし、ましてや学者如きから出てくるわけもない。各国の秩序というのは、その国が歩んできた歴史からしか見つける事が出来ないんですよ」
義一「うんうん」
神谷「話が前後してしまいますが、日本語でも経済って言葉は訳語でして、元々は”経世済民”ですよね?『世を経(おさ)めて、民を済(すく)う』という意味ですよ。エコノミクスという言葉が明治期に入ってきた時に、当時の学者がこう訳したわけです。私は…ふふ、余計な事を言いますが、勿論当時の人間たちが必死になって、限られた短い時間の中で翻訳を頑張ってしてきて、それが今私たちが話す言語の八割くらいを占める程に恩恵を受けているのですが、しかしですね、やはり出鱈目な翻訳も多数ありまして、それが今に至るまで、言霊の国と言われてきた日本語の衰退を招いてきた…と思っているのですが、それはともかくですね、この経世済民という訳は、とても本質を捉えた良い訳だと思っています」
うんうん
神谷「…って、そんな個人的な心情はどうでも良いとして、この場合の民というのは、勿論国民の事ですが、これも本当に人々の間での勘違いが甚だしくて、一々訂正を入れるのが億劫になってしまうのですが、そもそも国民というのは、今たまさか生きている人々だけでは無くてですね、過去に生きていた、何千年という歴史の中で生きてきた国民が別にいるわけです。その人たちも含めての国民って意味なんですね」
男「ほっほぉ」
神谷「また少し脱線してしまいますが、よく憲法論議の中で、国民の総意がどうのというので論議が加熱しているのを、以前に何処かで拝見しましたが、その中でですね、お互いに何か根本のところを分かっていないせいで、議論が議論になっていなかったのを見かけました。それはですね、要は天皇条項に関連する話だったのですが、その当時の世論調査でですね、今現在がどうかは知りませんが、皇室を保つために女系天皇でも良いんじゃないかという意見が、なんと半数以上を超えていたんです。で、ですね、その時の司会者の方が、女系反対論者に対してですね、『女系天皇が反対と言われますが、しかし国民への世論調査をしてみると、この通り半分以上が女系天皇を支持しています。国民が支持するのなら、別に女系天皇を受け入れても良いんじゃないですか?』という質問をぶつけたのですが、それに対して、女系天皇反対論者の方は、なんだかあやふやな返答しか出来ていなかったんですね。世論なんか流行に過ぎないとか、当てにならないとか、そんな些末な事に拘泥していたんです。…って、大分話過ぎてしまっていますが、今更ながら大丈夫ですかね?」
男「あはは、とても興味深いので構いません」
義一「ふふ、私も勿論です」
ふふ
神谷「ふふ、すみません。でですね、この話を聞いて頂ければ、何を言いたいのか分かって頂けたかと思いますが、要はですね、両陣営とも、国民が何なのか一切理解していないって事なんです。今さっき私が言いました通り、国民というのは、何も今この時に生きている人のことだけを指すのでは無く、過去数千年の間に生きてきた人々の事も含めるわけです。もっと言えば、今現在の人だって、この過去の人々との繋がりを意識しない様なのは、私の今の定義で言うと、国民とは言えないとも言えるわけです。偶然に日本列島に生まれ落ちて、ただ生きてるというだけの”人民”でしかないって定義したいんですね」
うんうん、全くだ
神谷「とまぁ、今の議題において大事と思ったので、私なりに思う国民の定義を簡単に話してみましたが、話を戻しますと、経済の元々である民を済うというのは、当然未来の国民も対象であるわけです。経済という言葉自体が、国家という、歴史を踏まえた存在に大きく関わっているというのを、今時というか経済学者どもは、お金の計算なり何なりにしか興味を示さず、その程度の大多数を占める輩どもが、公の舞台に登場して、テキトーな思い付きでしかない嘘話を言いふらし回っているのに、少なからず憤っているんですが、今の今まで、私は世間から無視され続けているという事なんですねぇ」
男・女「あ、いや、そんな事は…」
義一「あはは」



義一「これまでですね、国がどうあるべきかという話が出た時に、何を変えるべきかって議論しか無かった様に思うんです。改革ブームっていうのは、そういう事ですよね?今の政治も、次に何を変えるかって事しか案として出てきませんよね。だけど私はですねぇ…それとは反対に、何を守るのかって議論をしっかりしなくてはいけないと思うんですよ」
うんうん
女「これは譲れないといった様な」
義一「その通りですね。例えば、今日少し議論に出るかと思ったんですが、今大学教育に英語を取り込もうなんて話が出てきてるんですが、勿論ある程度英語教育をするというのは必要でしょう。ですが、日本は近代150年の間にですね、日本語のみで高等教育が出来る様に、それこそあらゆる当時の知識人たちが、血の滲むような努力を積み重ねてきたわけですよ。自国の言葉で、これほどの高水準な教育を受けられる国なんて、世界を見渡しても両手で容易に数えられる程にしかないんです」
女「へぇ…」
うんうん
義一「その上で今の日本の教育制度の仕組みの一つが組み上がっているわけです。勿論、先ほどの神谷さんの指摘に沿う様ですが、明治期に付け焼き刃で作った教育制度なんで、文系と理系という無意味な分け方などに始まり、様々な不適切な制度があるのも事実です。ですが、まぁ…今は教育が議題ではないので、この辺で終えておきますが、話を戻すと、西洋言語を翻訳して日本語をますます豊かにしていき今があるわけです。それを今になって過去の先人たちの努力を蔑ろにして、無きものにする様な、大学でも英語で勉強しましょうっていうのは、あまりにも何も知らずに、何も考えていないのが丸わかりと言いますか、グローバル人材という、これまた何処の誰が考えた言葉か知りませんが、こんな無粋な言葉を作ってですね、どんな人間を育成したいのかと…」
神谷「(頷く)」
義一「…とまぁ、話が逸れ過ぎたので、今度こそ話を戻しますと、繰り返しになりますが、そろそろ何かを変えていくという議論だけじゃ無くてですね、何を守るべきなのかと、それを皆さんの間で議論をして欲しいなと思います」

抜粋終わり
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