第3話 奇跡の代打

文字数 1,457文字


 落差の激しい縦落ちのスライダーが日野海渡の内角低めを襲う。
 海渡がバットを始動した。
 構えたバットをそのまま垂直に振り下ろす。いわゆる大根切り打法だ。
 真上からたたきつけられたボールはホームベースの上端に激突し、宙高く跳ねた。

 三塁ランナーの神楽坂佑(かぐらざか・たすく)はすでにスタートをきっているので楽々
ホームを踏んで同点とする。
 跳ねあがったボールがなかなか落ちてこない。海渡は快足を飛ばして一塁をまわって
いる。
 焦れた有坂は跳躍した。空中にあるボールを自らの手でつかみにゆく。
 空中でキャッチ、そのまま二塁に送球。
 そのとき——
 海渡の体が宙を舞った。
 送球のボールと海渡の体が交錯する。
 二塁手はボールをつかみきれず後ろに逸らす。
 海渡は二塁ベースに着地すると、勢いをころさず駆け抜けた。

「まずいッ!!」
 有坂はキャッチャーの後ろに位置してバックアップの体勢をとる。
 海渡は三塁をまわっている。
 矢のような送球がライトからキャッチャーに送られてきた。
 慌てたキャッチャーの志木晋之介(しぎ・しんのすけ)が後ろに逸らす。
 だが、有坂は素早くボールを捕球すると、自ら海渡にタッチにゆく。
 クロスプレーだ。
 土煙を舞いあがり、審判のジャッジを待つ。
「セーフ! ホームイン!!」

 ゲームセットのコールが球場にひびく。
 逆転ランニングホームランという奇跡の幕引きにスタンドは歓喜の渦につつまれた。
「ちょっとお、いまの守備妨害でしょうがあ!!」
 巨乳を揺らして川澄陽子監督が凄い形相で飛び出してきた。
 MLBの監督のように手を後ろに組んで胸を突き出すように審判に抗議している。時折、
審判のプロテクターに胸の先端があたっている。

「いやはや、ランニングホームランとはな。やられたぜ」
 有坂が手を差し出して海渡を助け起こした。
「thanks.キミのスライダーを打つにはあれしかなかった」
 通常のレベルスイングでは角度を変えて落ちてくる変化球に対応できない。最後まで
目線を残したままボールを捉えるにはあの打法しかなかったと海渡は英語混じりの日本
語でいった。
「すみません。ぼくが慌てなければアウトでした」
 決勝までバッテリーを組んでいた志木がうなだれていう。志木は一年生捕手だ。ボー
イズリーグでの実績を買われて抜擢された逸材だが、ここへきて経験の差がでたのかも
しれない。
「いや、こいつがエラーを誘うようなスゲー走塁をしたんだ。おまえのせいじゃない」
 有坂はあらためて海渡に向かって手を差し出した。
「甲子園、頑張れよ。期待してるぜ」
 海渡とがっちり握手する。
「OK! look at me」
 いささか強めの握手に対して海渡も負けじと握り返した。


「ほらな。おれのいったとおりだろ?」
 スタンドで川澄監督の執拗な抗議を見下ろしながら風巻頼我がいった。あいにく判定は
覆らない。3−4で桜台が勝った。負けた相模野の選手はすでに整列している。
「確かに。打撃センス、走塁とも一級品だ。しかし……」
 月岡が眉根をよせて疑問を口にする。
「敬遠すればよくね?」
 いくら走塁が巧みでも二盗、三盗、ホームスチールまではやらないしやれないだろう。
「いや、おれは敬遠はしない」
 風巻がキッパリといった。
「こんなところで逃げていたら、お誘いはこない」
「お誘い? どこから? おまえ、プロ野球にスカウトされる気でいんの?」
「いいや。それは断る」
「断るって、おまえ」
 月岡が眉間の縦皺をますます深くした。
 風巻頼我は断言する。
「おれはMLBへいって大滝修平(おおたき・しゅうへい)と勝負する!」



      第4話につづく








 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み