第27話 甲子園の魔物
文字数 758文字
「女神が微笑んだな」
有坂兵悟が野球部食堂のテレビ画面をみつめながらいった。
中継のカメラクルーたちがフラグポールの異変に気づいて、いっせいに凪浜の校旗を
映しだしている。
まさに怪奇現象だ。中央の大会旗やその左横の桜台校旗はしおれているのに、凪浜校
旗だけはへんぽんとひるがえっている。これは一体どういうことなのか?
「魔物だよ」
無言の疑問にこたえたのは川澄監督だ。巨乳を持ちあげるようにして腕を組んでいる。
「魔物? 確かに甲子園には魔物が棲むっていうけど……」
志木はリアリストなのでそういったオカルト的な伝説には懐疑的だ。
「魔物はいる。その魔物が数々のドラマを生み出しているのさ」
巨乳監督は反論は許さんとばかりに断言した。
甲子園のマウンドではピンチがつづいている。
だが、頼我は余裕の表情だ。一本だけひるがえる凪浜の校旗が彼に根拠のない自信
を与えている。
次の打者は1番にもどって玉井一。
右打席に入るなり、さっそくバントの構えをとる。
「タマイチ! 頼むぞ!」
三塁側ベンチでナインが声も限りの声援を飛ばしている。
玉井は緊張せざるを得ない。
ダグアウト奥ではマネージャーの加奈が滝沢の右足にテーピングをしている。
そして……
そろそろ試合開始から2時間が過ぎようとしている。海渡の背中に埋め込まれた埋没鍼
の効力が切れる頃合いだ。
海渡は表情には出さないが、時折左足を揉むような仕草をみせる。
ここで送りバントを決めて先制点を獲得しなければ桜台にあとがない。
武藤監督からサインがでた。
初球バントだ。
頼我が第一球を投じる。
死んでも決める!
曲り幅が大きいスライダー気味のカーブ、スラーブだ。
向かってくるスラーブに向かって玉井は身を投げ出すようにしてバットをぶつけにいった。
第28話につづく