第24話 フェイクコマンド

文字数 621文字


 神楽坂は巧みに立ち位置を変えていた。
 打席の三塁寄りぎりぎりのボックスラインまで後退し、向かってくる内角の球をアウ
トコースに変えたのだ。

 キン!

 会心の打撃音が空に響く。
 ライトオーバーのヒットだ。神楽坂は一塁ベースを蹴るとライト守備の宮前に向かって
なにか叫んだ。
 宮前がクッションボールを鮮やかに処理して振り返る。このタイミングだと、セカンド
に間に合う。だれもが神楽坂の二塁憤死を脳裏に思い浮かべた。

 なにを思ったか宮前はファーストに送球した。
 神楽坂はゆうゆうセーフだ。

「あいつはなにをやってるんだ?!」
 二塁でアウトをとれるはずだったのに、なぜ……?
 山際が宮前健の不可解なプレーに身を乗り出す。いまにも駆け寄って真意を問いただし
たいところだ。
「いや、タケル先輩は指示に従っただけですわ」
 山際監督の疑問にこたえたのは文吾だ。
「指示?」
「神楽坂は一塁をまわるとき、なにか叫びましたやろ。あれ、ファーストってゆうたんで
す。後ろ向きで打球を処理してるんやからベース上の状況はわからへん。味方からの指示
やと勘違いしたタケル先輩は素直に一塁に送球した。
 ずっこいちゃあずっこいけど、神楽坂はんの頭脳プレイですわ」
「……むう」
 なるほど……と納得するのも業腹(ごうはら)だ。山際は歯噛みするしかない。
「神楽坂佑っちゅうひとはインコースさえ打てれば最強なんちゃいますか」
 文吾はキラキラとした目で塁上の神楽坂佑をみつめていた。
 


       第25話につづく





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