第25話 完全なるコピー
文字数 1,055文字
(まいったな……)
マウンド上で頼我は思わず腕組みをして天を仰いだ。
ノーアウト二塁。
左打席に立つのは9番滝沢だ。右足を引きずっている。故障を隠す余裕もないよう
だ。当然、滝沢は犠打を決めてくるだろう。
バントか外野フライか?
滝沢はエースピッチャーでありながらバッティングセンスもいい。侮ると痛い目に
あう。
(二段カーブで仕留めるか?)
月岡がサインをだしてきた。
二段カーブはバッターの手元でさらに変化する球だ。この球で頼我は南星の晴海久
遠 を仕留めている。
頼我はスコアボード上部に掲げられた旗をみた。今日の甲子園は珍しく無風もしく
は微風だ。時折はためくものの風そのものは弱い。
頼我は月岡のだしたサインに首を振った。
風の流れは一筋ではない。高低で流れも質も速度も力も違う。二段カーブはその境
目に球を投げ込むことによってもう一段の変化を呼び込む。文字通りの風まかせなの
だ。
「珍しく迷ってるな」
記者席で緒方がいった。マウンドで逡巡する、こんな頼我の姿をみたのは初めてだ。
「風使いが風の助けを借りられない。こりゃ、ヘタすれば先制点を取られるぞ」
梅宮もスコアボードの垂れ下がった旗をみている。
「いや、風巻は風まかせ、運まかせで勝ち上がってきたわけじゃない。どんなピンチ
だろうが乗り越える底力を持っているはずだ」
それは確信というより願望の類いかもしれないと緒方は思う。だが、緒方は信じた
いのだ。野球……というより投手の資質はスピードガンだけで決まるものではない。
パワーだけではなく、スキルに裏づけられた投球術がみてみたい。頼我の目指すML
Bの地で彼が活躍する姿をこの目に焼きつけたいと願っている。
スタンドが突然、沸いた。
なんと、神楽坂が三塁に向かってスタートを切ったのだ。
これは、2回裏で頼我がみせたディレードスチールのお返しか?
「舐めんな、長髪野郎!」
頼我が三塁にすかさず送球する。
タイミング的には完全にアウトだ。
「まさか?!」
緒方は思わず立ちあがった。
神楽坂がタッチにきたサード花添蓮二のグラブをかいくぐる。
左側の体を浮かせ、空中遊泳のように右へとまわり込み、右手で三塁ベースの角をつ
かんだ。
「セーフ!」
塁審がジャッジする。
「スイムだ! 完璧にコピーしやがった!」
梅宮も興奮気味に立ちあがった。
球場全体が驚きと歓喜につつまれている。
頼我は信じられぬものをみたかのような目で神楽坂をみつめている。
ノーアウト三塁。
頼我はますます窮地に追い込まれた。
第26話につづく
マウンド上で頼我は思わず腕組みをして天を仰いだ。
ノーアウト二塁。
左打席に立つのは9番滝沢だ。右足を引きずっている。故障を隠す余裕もないよう
だ。当然、滝沢は犠打を決めてくるだろう。
バントか外野フライか?
滝沢はエースピッチャーでありながらバッティングセンスもいい。侮ると痛い目に
あう。
(二段カーブで仕留めるか?)
月岡がサインをだしてきた。
二段カーブはバッターの手元でさらに変化する球だ。この球で頼我は南星の晴海久
頼我はスコアボード上部に掲げられた旗をみた。今日の甲子園は珍しく無風もしく
は微風だ。時折はためくものの風そのものは弱い。
頼我は月岡のだしたサインに首を振った。
風の流れは一筋ではない。高低で流れも質も速度も力も違う。二段カーブはその境
目に球を投げ込むことによってもう一段の変化を呼び込む。文字通りの風まかせなの
だ。
「珍しく迷ってるな」
記者席で緒方がいった。マウンドで逡巡する、こんな頼我の姿をみたのは初めてだ。
「風使いが風の助けを借りられない。こりゃ、ヘタすれば先制点を取られるぞ」
梅宮もスコアボードの垂れ下がった旗をみている。
「いや、風巻は風まかせ、運まかせで勝ち上がってきたわけじゃない。どんなピンチ
だろうが乗り越える底力を持っているはずだ」
それは確信というより願望の類いかもしれないと緒方は思う。だが、緒方は信じた
いのだ。野球……というより投手の資質はスピードガンだけで決まるものではない。
パワーだけではなく、スキルに裏づけられた投球術がみてみたい。頼我の目指すML
Bの地で彼が活躍する姿をこの目に焼きつけたいと願っている。
スタンドが突然、沸いた。
なんと、神楽坂が三塁に向かってスタートを切ったのだ。
これは、2回裏で頼我がみせたディレードスチールのお返しか?
「舐めんな、長髪野郎!」
頼我が三塁にすかさず送球する。
タイミング的には完全にアウトだ。
「まさか?!」
緒方は思わず立ちあがった。
神楽坂がタッチにきたサード花添蓮二のグラブをかいくぐる。
左側の体を浮かせ、空中遊泳のように右へとまわり込み、右手で三塁ベースの角をつ
かんだ。
「セーフ!」
塁審がジャッジする。
「スイムだ! 完璧にコピーしやがった!」
梅宮も興奮気味に立ちあがった。
球場全体が驚きと歓喜につつまれている。
頼我は信じられぬものをみたかのような目で神楽坂をみつめている。
ノーアウト三塁。
頼我はますます窮地に追い込まれた。
第26話につづく