第9話 筋書きのないドラマ

文字数 1,864文字

 飛んできたボールの滞空時間がやけに長い。いや、長く感じられた。
 迎え撃つ久遠に焦りはない。
 トップの位置をさらに深くして始動する。
 やつはコントロールミスをした。ボールがど真ん中にいってしまった。
(おれの勝ちじゃ!!)
 照準はバッチリ。久遠のバットが風使いのカーブを捉えたかと思われた瞬間——
(なんや、この球!?)
 カーブが手元にきてさらに曲がってきた。
 久遠はかろうじて当てた。並のバッターなら空振りしてることだろう。
 打球が一塁線に転がる。
 久遠は全速力で一塁に走った。
 だが——

 一塁手前で待ち受けていたものがいた。
 ボールを捕球した風巻だ。まるで打球が一塁線に転がることを予期していたかのような
動きだ。
 久遠が待ち受けていた風巻にいった。
「こげん球、隠し持っていたっちゃヒキョウばい」
「最後まで隠しておきたかったが、そうもいかなくなった。おまえはスゲーやつだよ。
少々ブラコンだがな」
 そういって風巻はボールを捕球したグラブで久遠の胸に軽くタッチした。
 塁審がアウトを宣告しゲームセット。
 初日の第二試合は凪浜が勝利をおさめた。


「ふむ。二段カーブか」
 緒方は口に出してつぶやいていた。あれが、風巻の本当の姿か?
 いや、まだある。まだ、なにか隠し持ってる。
 そうでなければ、遅い変化球一本でMLBに乗り込もうとは思わないだろう。
「いったい、なにがあるんだ!!」
 思わず出た叫びに周囲の記者がいっせいに振り向いて緒方を見た。
 そのなかの一人、『月刊 青春野球』ことシュンキュウの梅宮が声をかけてきた。
「この暑さでとうとうイカれたか、ゲッコウさん」
 気温は陽が暮れても30度を超えている。
「イカれてるのは今大会の球児たちだ。遅い球しか投げれないのにMLBにゆくと公言し
てるやつがいる一方で、プロにもメジャーにも興味がない。卒業したら山登りがしたい
……なんていってるやつもいる。今大会は変人ばっかり集めたのか、神様にでも聞きた
いくらいだ」
 気温とともにイライラが昂じて、緒方が早口でまくしたてた。 
「山登りというのは雷音寺の獅子王亮介のことをいってるのか?」
 梅宮がにやにやと尋ね返す。
 緒方は昨日、晴海久遠の南星と獅子王亮介の雷音寺の二校を取材してきた。
 久遠は調子良くペラペラと喋ってくれたが、獅子王は口が重く木で鼻を括ったような
答えしか返ってこない。
「おれはわかる気がするね」
「例の事件か?」
 例の事件とは去年の秋、翌年春のセンバツ出場が決まった最中、雷音寺高校野球部の
学校関係者が巻き起こした事件のことだ。
 その事件で同校は出場辞退に追い込まれ、今年の春のセンバツは立花樹率いる修学院
高校が優勝した。
 今大会の注目カードはなんといっても今年の春の覇者・修学院と去年の夏の覇者・雷
音寺の直接対決だ。
 できれば決勝戦という大舞台での激突をとだれもが望んでいる。

「獅子王にいわせりゃ、おれもあんたも球児にたかるハエのようなもんだってことだろ
うよ」
 学校関係者が起こした事件とは、ありていにいえば、高校野球賭博だ。それも野球部
後援会の会長一派が胴元となって荒稼ぎをしていたという。会長一派は遠征費用でカネ
がかかるため仕方なかったとの釈明をしたが、そんなことは言い訳にもならないと一蹴
された。
 当時、この事件でおおいに傷ついた獅子王は野球部引退を決意したが、周囲の懸命な
る引き留めでやっと翻意したとの話だ。

「獅子王はこの大会が終わったら野球から完全に手を引くそうだ。MAX160を投げる剛腕
がもったいない」
 梅宮が深いため息をついた。
 緒方にとっては春夏優勝校同士の対決に、さほど興味はない。それよりも……
 超豪速球VS遅変化球。雷音寺・獅子王と凪浜・風巻のカードの方が面白いと思っている。
 だが、3回戦までのスケジュールは先日の組み合わせ抽選で決まっている。いまのところ
どちらも直接対決はない。
「おれもゲッコウさんと同じだよ。こうなったらチカラとワザの対決、見てみたいよな」
 緒方の胸の内を読んだかのように梅宮はいった。
「だがこの大会、とんでもないトリックスターがいやがる」
「トリックスター?」
 緒方がおうむ返しに尋ねる。トリックスターってだれだ?
「神奈川桜台の日野海渡だよ。こいつが本大会をかきまわすものとおれはにらんでいる」
 代打成功率10割を誇る打撃専門の選手。日野海渡の存在を忘れていた。
 いわれて緒方の胸が高鳴る。まさしく筋書きのないドラマがこの甲子園という舞台で演
じられようとしている。



       第10話につづく
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