文字数 878文字




 やがて始まった中学三年、受験勉強に追われる中、秋口だった。

「そういえば、椎川先輩、彼女と別れたんだって」

「え?」

「噂回ってきた」

 部員の誰かがどこからともなく聞いてきた噂に、俺は大きく反応を示してしまった。

 夏休み、久々に様子を見に来た椎川先輩は、それ関連の話は何もしていなかったのに、あれから何かあったのか。

 そんな中での噂、どうせ別れるんなら、最初から付き合わなきゃいいのに、と思ってしまった。

 それは、告白を断り続けている、堅物の俺の勝手な意見であって、決して正しいとは言えないのだが。

 別れたと聞くと、更に心から消えないものが残って、そのまま俺は、受験、卒業を終えた。
 ──そして迎えた高校の入学式、俺は奇跡を見つけた。

 整列して体育館に入場すると、吹奏楽部としてチューバを演奏する、雅環菜を一年ぶりに目に映したのだ。

 思わず目を見開いて、立ち止まりそうになる。

 え、この高校だった?

 まだ吹奏楽、続けてたんだ。

 久しぶり過ぎて、言いようのない感情が込み上げる。

 吹奏楽部に入ろう、今度は俺から、近付いてみよう。

 ずっと渦巻くこの感情が、一体何なのか知りたい。

 会いたかった、会って、目を合わせたかった。

 姿を見た瞬間、記憶が見る見るうちに蘇ってきて、俺は前を向いた。

*

「凄い、嶌君、スラスラ吹けるんだね」

 部活動見学に来た俺を、フルート担当の千歳先輩が、目を丸くしている。

「ちょっと習っていたので」

「そうなんだ、是非、吹奏楽部に入ってほしいなぁ」

 千歳先輩はほんわか笑顔で嬉しそうなのだが、その奥で一人チューバを吹く環菜先輩は、決してこちらを見ようとしない。

 態度が冷たいな。

 振られる形になった俺のことなんか、もう忘れたいって所?

 それとも、もう他の彼氏がいるとか?

 でも、それでも、いいと思っていた。

 もう一度、俺のことを見てほしい。

 ふわり春風になびく環菜先輩の髪に目を細めて、俺はフルートを吹いてみせた。
 

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  • 『プロローグ』

  • 1
  • 第一章 『ふわり春風になびく髪』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 第二章 『思い出には、目を伏せて』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 第三章 『胸を駆け巡る恵風』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 『二人だけの、音楽室』

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