5
文字数 2,331文字
翌日はまた行進から始まり、午後からはこの地域の歴史についての講義、だが行進の疲れでウトウト。
夜は薄暗い教会の中で、ロウソクに火を灯して、礼拝。
そして二日目の就寝時、俺はこっそり持ってきていた携帯を、二段ベットの上で弄っていた。
でも、環菜先輩の連絡先など知らず、ぼんやり考えるだけ。
俺のこと、ちっとも見てくれようとしないし、気まずさを全身から醸し出している。
俺があの時、環菜先輩の気持ちに応えられなかったから?
でもあの後、俺は環菜先輩のことが好きだったよ。
好きのタイミングが違い、完全に空回りに終わってしまった。
そして最終日、クラス写真を撮ると、無事にバスに乗って高校に戻って行く。
クラスメイトとはそれなりに話すようになったし、八重樫や長谷部とも前より仲良くなった気がして、まぁ得る物はあった、という感じ。
窓から施設の人に手を振りながら門を出ると、バスは東に向かって走り出す。
そして、暫くすると、隣に座る八重樫が眠り始めて、俺の肩に頭を預けてきたではないか。
男だし、好きな人でもないから、全然嬉しくないわぁ……。
俺は静かに窓から景色を眺めて、地元にいるはずのあの人のことを考えていた。
「では、解散します。皆、三日間お疲れ様でした」
二時間かけて、ようやく学校に着くと、すぐに解散となった。
旅行鞄を自転車の荷台に結び付けて、ペダルを漕ぎ出す。
校門から八重樫は右に、俺は左に。
明日は振り替えで休みだし、ゴロゴロしようかなーと考えながら進んでいると、角を曲がった所で、俺は思わぬ人物に出くわした。
「環菜先輩」
ブレーキを踏んで止まると、何やら小さなメモを見ていた環菜先輩はビックリしたように、顔を上げる。
「あ……梓君」
「今、宿泊訓練から帰ってきた所なんです」
「そうだったんだ、おかえりなさい」
「ただいま」
私服の環菜先輩、今まで一度も見たことのない姿。
「環菜先輩、今からどこか行くんですか」
「うん、ちょっとスーパーまで買い物に」
「じゃ、俺も一緒に行ってもいいですか」
すぐに出た言葉に、環菜先輩は戸惑いを見せるが、断りは切れない様子。
俺が歩き出すと、トボトボ後ろからついてくる。
「宿泊訓練、どうだった?」
「それなり楽しくはあったんですけど、早く帰りたいなーって思ってました」
「そうなんだ」
「環菜先輩にも会いたいなって、思ってて」
「え? ……あ、ありがと」
スーパーまで徒歩数分、自転車を止めると、一旦荷台からバッグを下して一緒に中に入る。
どうやら、環菜先輩はケチャップと玉ねぎを買いに来たらしく、一つずつ手に取るとすぐにレジへ向かった。
「今日、オムライスなんですか?」
「そう、オムライス。梓君は何も買わないの?」
「別に大丈夫です、一緒に来たかっただけなんで」
会いたいな、話したいな、と思っていても、買い物はあっけなく終わってしまい、お店を出た駐車場で、じゃあ、と手を振られた。
しかし、満たされず腕を握ると、環菜先輩は振り返って、俺を見ない。
「もう少し、一緒にいたいです」
「帰らなきゃ」
「少し、ダメですか」
「……」
沈黙を挟むと、環菜先輩はようやく俺と目を合わせた。
「何するの」
「何って、考えてはなかったんですけど……どこかで話したい」
俺は自転車を持ってくると、先を歩く。
どこか喫茶店か何か、と思って見て行くがなんせ田舎町、小洒落た店はなく、結局通りかかった小さな公園に入るしかなかった。
園内では、数人の子供達が鬼ごっこをしており、俺達はベンチに腰掛けると二人でその様子を眺める。
「何か、八重樫に聞いたんでしょ」
「……何を?」
「俺が環菜先輩のこと、前好きだのなんだの」
「あぁ……うん、そうだね。ちょっと」
環菜先輩は、依然居心地悪そうに、自分のつま先に目を落としている。
「あれ、ホントですから」
俺は環菜先輩の前に回り込むと、下から顔を覗き見る。
「中学の時、告白断って、すみませんでした」
「もういいよ、昔のことだし。それに……元々気になる、くらいの気持ちだったし」
「でもあの後から、環菜先輩のこと気になりだしたんですけど、環菜先輩は椎川先輩と付き合い始めたから」
「そうだね」
もう、遅いのは分かっている。
でも、再会した今、引き留められずにはいられない。
「俺は今でも、環菜先輩のことが引っかかってて、気にしてますよ」
この気持ちを、いずれは恋だというのかもしれない。
「宿泊訓練行ってる時も、よく考えてました」
無言の環菜先輩は、俺と目を合わせたまま、固まっている。
俺は両手を伸ばすと、環菜先輩の頬を包み込んで、一呼吸おいて。
「俺のこと、また見て下さい」
「……梓君」
「もう一度、環菜先輩と、友達でいいから始めたい」
見つめると、徐々に顔が赤みを帯びて、環菜先輩は俺の手をのけて立ち上がった。
「……帰ろうか」
「環菜先輩、耳まで真っ赤ですよ」
「知らない」
「待って、送ります」
嫌な顔をされても、思っていることは全て伝えられて、ひとまずホッとする。
しかし、環菜先輩は思い出には目を伏せて、自分から話を掘り下げることはなかった。
「会いたかった」
小さな背中に言うと、環菜先輩は両手で耳を塞いで、小走りで公園を出て行く。
可愛いな、と思いながら、俺もすぐに自転車を押して追いかけた。