文字数 2,331文字




 翌日はまた行進から始まり、午後からはこの地域の歴史についての講義、だが行進の疲れでウトウト。

 夜は薄暗い教会の中で、ロウソクに火を灯して、礼拝。

 そして二日目の就寝時、俺はこっそり持ってきていた携帯を、二段ベットの上で弄っていた。

 でも、環菜先輩の連絡先など知らず、ぼんやり考えるだけ。

 俺のこと、ちっとも見てくれようとしないし、気まずさを全身から醸し出している。

 俺があの時、環菜先輩の気持ちに応えられなかったから?

 でもあの後、俺は環菜先輩のことが好きだったよ。

 好きのタイミングが違い、完全に空回りに終わってしまった。




 そして最終日、クラス写真を撮ると、無事にバスに乗って高校に戻って行く。

 クラスメイトとはそれなりに話すようになったし、八重樫や長谷部とも前より仲良くなった気がして、まぁ得る物はあった、という感じ。

 窓から施設の人に手を振りながら門を出ると、バスは東に向かって走り出す。

 そして、暫くすると、隣に座る八重樫が眠り始めて、俺の肩に頭を預けてきたではないか。

 男だし、好きな人でもないから、全然嬉しくないわぁ……。

 俺は静かに窓から景色を眺めて、地元にいるはずのあの人のことを考えていた。

「では、解散します。皆、三日間お疲れ様でした」

 二時間かけて、ようやく学校に着くと、すぐに解散となった。

 旅行鞄を自転車の荷台に結び付けて、ペダルを漕ぎ出す。

 校門から八重樫は右に、俺は左に。

 明日は振り替えで休みだし、ゴロゴロしようかなーと考えながら進んでいると、角を曲がった所で、俺は思わぬ人物に出くわした。

「環菜先輩」

 ブレーキを踏んで止まると、何やら小さなメモを見ていた環菜先輩はビックリしたように、顔を上げる。

「あ……梓君」

「今、宿泊訓練から帰ってきた所なんです」

「そうだったんだ、おかえりなさい」

「ただいま」

 私服の環菜先輩、今まで一度も見たことのない姿。

「環菜先輩、今からどこか行くんですか」

「うん、ちょっとスーパーまで買い物に」

「じゃ、俺も一緒に行ってもいいですか」

 すぐに出た言葉に、環菜先輩は戸惑いを見せるが、断りは切れない様子。

 俺が歩き出すと、トボトボ後ろからついてくる。

「宿泊訓練、どうだった?」

「それなり楽しくはあったんですけど、早く帰りたいなーって思ってました」

「そうなんだ」

「環菜先輩にも会いたいなって、思ってて」

「え? ……あ、ありがと」

 スーパーまで徒歩数分、自転車を止めると、一旦荷台からバッグを下して一緒に中に入る。

 どうやら、環菜先輩はケチャップと玉ねぎを買いに来たらしく、一つずつ手に取るとすぐにレジへ向かった。

「今日、オムライスなんですか?」

「そう、オムライス。梓君は何も買わないの?」

「別に大丈夫です、一緒に来たかっただけなんで」

 会いたいな、話したいな、と思っていても、買い物はあっけなく終わってしまい、お店を出た駐車場で、じゃあ、と手を振られた。

 しかし、満たされず腕を握ると、環菜先輩は振り返って、俺を見ない。
「もう少し、一緒にいたいです」

「帰らなきゃ」

「少し、ダメですか」

「……」

 沈黙を挟むと、環菜先輩はようやく俺と目を合わせた。

「何するの」

「何って、考えてはなかったんですけど……どこかで話したい」

 俺は自転車を持ってくると、先を歩く。

 どこか喫茶店か何か、と思って見て行くがなんせ田舎町、小洒落た店はなく、結局通りかかった小さな公園に入るしかなかった。

 園内では、数人の子供達が鬼ごっこをしており、俺達はベンチに腰掛けると二人でその様子を眺める。

「何か、八重樫に聞いたんでしょ」

「……何を?」

「俺が環菜先輩のこと、前好きだのなんだの」

「あぁ……うん、そうだね。ちょっと」

 環菜先輩は、依然居心地悪そうに、自分のつま先に目を落としている。

「あれ、ホントですから」

 俺は環菜先輩の前に回り込むと、下から顔を覗き見る。

「中学の時、告白断って、すみませんでした」

「もういいよ、昔のことだし。それに……元々気になる、くらいの気持ちだったし」

「でもあの後から、環菜先輩のこと気になりだしたんですけど、環菜先輩は椎川先輩と付き合い始めたから」

「そうだね」

 もう、遅いのは分かっている。

 でも、再会した今、引き留められずにはいられない。

「俺は今でも、環菜先輩のことが引っかかってて、気にしてますよ」

 この気持ちを、いずれは恋だというのかもしれない。

「宿泊訓練行ってる時も、よく考えてました」

 無言の環菜先輩は、俺と目を合わせたまま、固まっている。

 俺は両手を伸ばすと、環菜先輩の頬を包み込んで、一呼吸おいて。

「俺のこと、また見て下さい」

「……梓君」

「もう一度、環菜先輩と、友達でいいから始めたい」

 見つめると、徐々に顔が赤みを帯びて、環菜先輩は俺の手をのけて立ち上がった。

「……帰ろうか」

「環菜先輩、耳まで真っ赤ですよ」

「知らない」

「待って、送ります」

 嫌な顔をされても、思っていることは全て伝えられて、ひとまずホッとする。

 しかし、環菜先輩は思い出には目を伏せて、自分から話を掘り下げることはなかった。

「会いたかった」

 小さな背中に言うと、環菜先輩は両手で耳を塞いで、小走りで公園を出て行く。

 可愛いな、と思いながら、俺もすぐに自転車を押して追いかけた。



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  • 『プロローグ』

  • 1
  • 第一章 『ふわり春風になびく髪』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 第二章 『思い出には、目を伏せて』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 第三章 『胸を駆け巡る恵風』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 『二人だけの、音楽室』

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