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 まだパリッとしている制服を着る、新入生だろう。

「もちろん、楽器経験者? 初心者なら、何の楽器がいい?」

 訪ねてきた一年生に、部長は喜んでおり、話をする。

「私は中学の時、ペットしてました」

 ペットとは、トランペットのこと。

「私は初心者なんですけれど、この楽器が気になってます」

 彼女が指を差すのは、クラリネット。

 一年生に指名された楽器の担当者が、説明をしていく。

 その後、ポツリポツリ音楽室に姿を現す新入生は思い思いの楽器に触れ、難しいと言ったり、久しぶりだと触ったり。

 だが、チューバはどの子にも指名されず、私は独りぼっち。

 演奏の大黒柱的存在でも、チューバはあんまり人気ないんだよなぁ。

 私は一人楽譜に目を落として、チューバを吹いていく。

 例年、人数が不足で音色に厚みがないため、大会に出場はしておらず、部活は緩い。

 一旦は、五月に行われる体育祭に向けての練習になりそうだ。

「あら、男の子の入部ももちろん歓迎よ」

 そんな中、部長のちょっと上がったトーンの声が聞こえ、顔を向けると、男子生徒が二人。

「……えっ」

 しかし、二人のうちの一人を確認した途端、私は思わず声を零していた。

 何で、ここにいるの?

 え、同じ高校だった?

 でも、バスケは……?

 ていうか、吹奏楽……?

「二人は楽器経験はあるの?」

「俺は、中学の頃吹奏楽部で、ユーフォニウム担当でした」

「俺は、吹奏楽部には入ってなかったんですけど、フルート吹けます」

 体格の良い男子生徒は、ユーフォを希望しているようで、私の近くにやって来る。

 一方で、フルートが吹けると言った男子生徒のことは……私は、ある意味よく知っていた。

 嶌梓(しま あずさ)君だよね?

 どうしてここにいるんだろう。

 フルート吹けるって、本当?

 色んな疑問が浮上していると、ついつい本人をじっと見ていたらしく、バッチリ目が合った。

 うわっ、どうしよう。

 私は思いっきり顔を背けると、バクバク鳴る心臓のまま、無理に楽譜に目を落とす。

「環菜先輩ですよね」

 だが、知らぬふりをしていると、やはりあちらも気が付いたようで、声をかけられてしまった。

「あっ……うん、そう、だね」

 一体、話すの、いつぶりだろう。

「久しぶりです、俺のこと、覚えてますか」

「……まぁ、何となく」

 何となくなんて、そんなもんじゃない。

 本当は、ハッキリ覚えている。

 だって、だって、私は梓君に、こっぴどく振られたのだから……。
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  • 『プロローグ』

  • 1
  • 第一章 『ふわり春風になびく髪』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 第二章 『思い出には、目を伏せて』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 第三章 『胸を駆け巡る恵風』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 『二人だけの、音楽室』

登場人物紹介

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