文字数 1,796文字



~嶌梓~

「はーい、じゃあバス下りたら点呼するので、一旦整列して」

 バスからぞろぞろ生徒が出てきて、広場に集まる。

 例年一年の行事である、二泊三日の春の宿泊訓練。

 山の麓にある宿泊施設で様々なことを体験して学ぶこの行事に、俺達一年は強制参加をしていた。

 点呼を終える頃お昼時になっており、四人部屋に荷物を置くと、広い食堂に向かう。

「あぁ、腹減った。さっきからぐーぐー鳴ってる」

 同じクラスの八重樫のお腹の音に、クラスメイト達がクスクス笑っている。

 八重樫とはいつも一緒に行動しており、入学から三週間、毎日一緒にいるから徐々に仲良くなっていた。
「お、やった。さっそく肉じゃん」

 嬉しそうな八重樫にプッと笑いながら、おかずをおぼんに乗せていく。

 訓練は金曜から日曜まで、代休は月曜日一日。実質学校を離れるのは二日だけなのだが、部活や、環菜先輩がとても遠く感じるのは、距離が離れたせい。

 食事を終えると、すぐに運動場で行進の練習が始まり、体育教師が声を荒げる。

 中学の頃に比べると、行進や掛け声が一段と厳しくなり、ハキハキ行動しなければならない。

 でも、実際本気やっている生徒は少数で、皆、きっと今だけだと割り切っているのだろう。

「嶌君、お疲れ様」

 一時間の練習を終えて館内に戻ろうとしている時、隣に並んできたのは、長谷部ゆかり《はせべ ゆかり》。

 長谷部は、八重樫と三人で吹奏楽部に入部した内の、一人である。

 ホルン担当の長谷部もまた同じクラスで、よく言葉を交わす。

「長谷部もお疲れ、疲れたね」

「ねー、でも私、夜のレクリエーションは楽しみなんだぁ」

「確か、何かあったね。それって、何すんの?」

「交流を深めるために、ゲームとかするって聞いた」

「へー」

 正直、早く帰りたいな、と思っているから、訓練中に特に楽しみはなかった。




 ──そう思って、夕飯を食べ終えて、レクリエーションのために体育館へ向かっている時だった。

「なぁ、梓、ごめん」

 突然謝ってきた八重樫に首を傾げると、八重樫は本当に申し訳なさそうに、言ってきたのだ。

「雅先輩にさ……梓が前、雅先輩のこと好きだったってこと、言ってしまった」

「え」

「マジ、ごめん。つい、ポロっと……」

 顔の前で手を合わせる八重樫に、俺はふぅ、と息をつく。

「別にいいよ。隠そうとは思ってなかったから」

「マジ」

 今どう思っている、というのは置いといて、過去のことはあまり気にしていない。

 だが、驚くことに、環菜先輩はまだ椎川先輩と付き合っていた。

 別れた噂を鵜呑みにして、すっかりフリーだと思っていたのは、計算違いだった。

 でも、諦めきれないな……。

 環菜先輩が中学を卒業して一年、モヤモヤしたものを抱えたまま翌年、高校で再会。

 その瞬間、あぁ、俺は環菜先輩のことがやっぱり気になっているんだな、と自覚はした。

 でも、気になる、から好きへと気持ちが変化した時、辛い思いをするのは目に見えて分かっている。

 体育館にて、レクリエーションは何なのか、と不思議に思っていると、案外体育系のクラス対抗ゲームだった。

 バスケボールをドリブルしながらコースを回り、次の生徒にパス。

 中学ではバスケ部だったため、俺はドン、ドンと、素早くドリブルをして他クラスを追い越すと、クラスメイトから歓声が沸く。

 何か恥ずかしいな、と思いながら次の八重樫にボールを渡すと、一番に長谷部が近寄ってきた。

「嶌君、すごい」

「ありがと」

「そういえば、中学の頃バスケ部って言ってたね」

「もう大分、体が鈍ってるけど」

「ううん、誰よりも早くて、ビックリしたもん」

 そんなに興奮することか? と思いながらも、笑顔の長谷部に、自分も笑いかける。

 環菜先輩は、今頃何してるんだろ。

 椎川先輩とは、同じクラスなのだろうか。毎日連絡を取っているのだろうか。

 二人の間の当たり前が、俺にとっては手の届かない距離。

 あれから一度も別れていないらしいから、もう一年半以上付き合っているのか。

 その間、俺はポッカリ心に穴の開いたまま、馬鹿みたいに毎日を過ごしていた。

 それが、とても悔しかった。


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  • 『プロローグ』

  • 1
  • 第一章 『ふわり春風になびく髪』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 第二章 『思い出には、目を伏せて』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 第三章 『胸を駆け巡る恵風』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 『二人だけの、音楽室』

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