文字数 2,142文字




~雅環菜~

「嶌梓です。宜しくお願いします」

 あれから一週間、部活動見学に毎日やって来た梓君は、そのまま吹奏楽部に入部した。

 毎日来ていたから、おそらく他の部活には行っていないと思われる。

 新しく入ったのは三人、予想以上に少なく、先輩達は不安げ。

 梓君に、梓君と一緒に見学に来ていた、ユーフォニウム担当の男子生徒、そしてホルン担当の女子生徒。

「雅先輩、ここのリズム教えてくれませんか?」

 尋ねてきたのは、ユーフォ担当の新入部員、八重樫(やえがし)君。

 ユーフォ担当の三年生の先輩は兼部しているため、部活にはあまり来ていない。

 だから、八重樫君はよく私に声をかけてくる。

 ユーフォとチューバは一オクターブが違うものの、B♭管で同じものを使っているため、似ている。

 パート練習、チューバとユーフォとパーカッションだけが音楽室に残り、個人練習をする。

 八重樫君は校歌のリズムを取り切れないらしく、うーん、と唸った。

「俺、楽譜は読めなくて、耳で覚えるタイプなんですよ」

「私も、割とそっちのタイプかも」

「お、そうなんですか。楽譜読むの、難しいですよね」

 大柄な八重樫君がユーフォを持つと、小さく感じる。

「雅先輩って、小柄なのに、よくチューバ選びましたね」

「周りからもたまに言われる」

「いや、カッコ良いと思いますよ」

 八重樫君はコロコロ笑うと、再び楽譜に向き合ったのだが、そのタイミングで梓君が音楽室に入ってきた。

「梓、休憩入った?」

「うん、そうだけど」

 じゃあ、と私達も合わせて休憩に入ると、八重樫君は梓君と楽しそうに話をする。

 どうやら同じクラスで、毎日一緒にいるらしい。

「なぁ、梓、雅先輩がチューバって、凄いなって話していた所なんだ」

「いや、八重樫君、そんな」

「うん、俺も思ってたよ。環菜先輩、チューバ、続けてたんですね」

 ──中学の時もチューバしてたって、知ってたんだ。

 言った覚えはないんだけれどな、と思いながら、頷くと、梓君は笑顔を見せる。

 何で笑えるんだろう。

 振られた方じゃなく、振った方だから余裕って感じ?

 正直、梓君に吹奏楽部に入ってほしくなかった。

 自分の思い込みかもしれないが、憐れまれているようで、ちょっときつい……。

 そんな中、お手洗いに八重樫君が立つと、二人取り残され、気まずくなった。

 梓君は自分の椅子についたまま、体をこちら向けて座っている。

「環菜先輩、学校どうですか」

「どうって……普通に楽しいよ」

「そっか、楽しいんだ」

 中学の時に比べて、大人っぽくなっており、身長も伸びている。

 一方で、私はどう思われているのだろう。

 変わらない?

 少しは大人っぽくなってるのかな。

「梓君、フルート吹けるんだね。……バスケ、続けなくてよかったの?」

「大丈夫です、吹奏楽も興味あったし」

「そうなんだ」

 低めの耳障りの良い声だけは、変わらず、梓君は私を見据える。
 
 しかし、そこで沈黙が訪れてしまって、あぁ、どうしよう。

 何か喋らなきゃ。

 でも、何も思いつかない。

 うぅ……。

 ──っと、瞬きを繰り返している時だった。

「環菜、いるー?」

 入口から私を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げると、椎川夏目君がジャージ姿で立っていた。

「あ、いたいた。今日一緒に帰らない? って、言いに来たんだけどさ……」

 私から視線をズラした椎川君は、目を丸くする。

「って、嶌? ……嶌じゃん、久しぶり!」

 椎川君は音楽室の中に入ってくると、梓君の肩を叩く。

「椎川先輩、久しぶりです」

「え、何、嶌って吹奏楽部入ったの? お前、バスケは?」

「はい、フルートすることになりました」

「勿体無い、せっかくバスケの才能あったのに」

 久しぶりの再会らしく、椎川君は梓君を見て嬉しそう。

「あ、そうそう。環菜、一緒に帰れる?」

「うん、私は大丈夫だよ」

「ちょっと渡したい物があるんだ」

 何だろう、何か貸していたっけな。

「あの、椎川先輩と環菜先輩って、まだ付き合ってるんですか」

 考えていると、言ったのは梓君で、私と椎川君は同時に頷く。

「嶌、うん、そうだけど、何?」

「別れたって噂、聞いたんで」

「えー? 俺と環菜が? ないない、ラブラブだし」

 ヘヘッと歯を見せる椎川君に、梓君は少し驚いているようで、椎川君を見た後、私に視線を投げる。

 梓君から振られてしまって少し経った頃、同じクラスだった椎川君に、告白をされてしまった。

 断るに断れず、強く言われ流されるままに付き合うことになったのだが、こうやってもう一年半以上続いている。

 地元の公立校である、同じ高校に進学した私と椎川君。

 一年の頃は違うクラスだったが、二年に入り同じクラスになり、毎日顔を合わせていた。

「じゃあ、環菜、部活終わりに、駐輪場でな」

 手をヒラヒラ振りながら椎川君が音楽室を去ると、再び梓君と残され、梓君が一歩、一歩こちらに近付いてきた。




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  • 『プロローグ』

  • 1
  • 第一章 『ふわり春風になびく髪』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 第二章 『思い出には、目を伏せて』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 第三章 『胸を駆け巡る恵風』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 『二人だけの、音楽室』

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