文字数 1,838文字




~雅環菜~

 間一髪の所で私の体重を受け止めた誰かの胸に、私はスッポリ抱き留められてしまった。

 顔を上げると、梓君が立っている。

 私を小さい、と言った梓君の笑顔が、頭から離れない。

 恥ずかしいのに、梓君のことを、目で追ってしまう。

 委員の活動は終わったけれど、こうやって誰にも知られぬ気持でも、一人ほのぼの彼を眺めていられたらいいな……。

 ──ハッと目を覚ますと、そこは自室で、ピチピチ鳥の鳴く声が聞こえる。

 朝だ……。

 以前も見たことのある夢を見てしまい、私はうーん、と伸びをして起き上がる。





 昨日から二週間後に行われる体育祭の練習が始まって、既に体は筋肉痛。

 ちょっと体を動かす練習をしただけなのに、春の強い日差しに、いつもより長い時間照らされ、もうお疲れ気味。

 午前中のみの授業を終えると、運動場に出て、ブロックごとに分かれる。

 クラス単位で所属するブロック、うちのクラスは、今年は赤。

 残りは黄色に青、二ブロックになる。

「確か赤ブロックは、去年優勝してたよね? 今年はV2狙いか」

 今年同じクラスになった、幼馴染の大堂美知佳が、言いながら、体操服の袖を肩が見えるまで捲り上げる。

「私、毎年体育祭の練習、好きなんだよねー。勉強よりずっとマシ」

「美知佳は運動好きだもんね」

 赤ブロックは一番手前の5段スタンドを使い、生徒達が自分のポジションに着くと、今日も応援合戦のパネルの練習が始まった。

 一人ずつ、白、黒、赤、青、黄色を担当し、ドラムのタイミングで上に出す。

 五つの色を管理するのは、意外と難しいのだが、間違えると応援団の大きな声が聞こえてくる。

「そこ、違うって!」

「青出てるよ! そこ黄色でしょ!」」

 始まってすぐからピリピリしている応援団、それ程、体育祭の応援合戦とは賑わうものなのだ。

 私は間違えないように、そわそわしていると、隣の美知佳が色を間違えて、長い棒で突かれてしまった。

「今、黒出てるはずなんだけど!」

 応援団の声に、美知佳はスローペースでパネルの色を変える。

「あ、間違えちゃった」

 言いはしても、ケロッとしており、気にしている様子は見えない。

 美知佳曰く、今までスポーツをしていて、もっと厳しい場面には何度も直面しており、このくらい何ともない、だそう。

 応援団、結構怖いんだけれどな……。




 応援練習が終わると、次はダンスの練習に入る。

 男女ペアになって踊る創作ダンスは、毎年意外と盛り上がる。

 体育祭マジック、と言って、その日の浮かれた気分で、相手を好きになって付き合うパターンもあるらしいのだ。

 そして、三年生の先輩が紙を確認して、ペアを組んで言った時だった。

 私の名前が呼ばれ前に出て、次に呼ばれた男子生徒の名前に、目を見開いた。

「嶌梓」

 梓君が同じブロックなのは知っていたが、まさか彼の名前が呼ばれるとは思わず、俯く。

 また、自分のことを見てくれ、と言われた。

 もう一度、友達から始めたい、と言われた。

 まるでその気がある、というような言い方で、その場は上手く濁して帰ったが、心臓はバクバクだった。

「宜しくお願いします」

「このペアって、どうやって決まったんだろう」

 二人で運動場の決められたポイントに座りながら、次々に呼ばれていくペアを見る。

「どうなんでしょうね。でも、俺は、環菜先輩と一緒で嬉しいですよ」

 軽く言われるだけでも、変にドキドキしてしまい、平常心を装う。

 梓君のことが気になっていた、中学三年の自分だったら、とても嬉しかったんだろうなぁ。
 やがて、全ペアが発表されると、振付が説明される。

 二人手を繋いで、いち、に、さん。

 梓君の手は、椎川君に比べるともう少し大きくて、角ばっている。

 目が合うと、軽く笑い返されるものの、私の表情は強張る。

 部活の時は、パート練習の合間休みに、八重樫君と三人で話す程度だったのに、こう二人で一緒にいる機会が多くなると……。

 背中合わせで、いち、に、さん。

 そのままクルリと回って、いち、に、さん。

 可愛い振付に、男子生徒達は照れている。

「一緒のペアになったのは、何かの運命かもしれませんね」

「そうかな」

「俺は、そう思いたいな、と思ってます」





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  • 『プロローグ』

  • 1
  • 第一章 『ふわり春風になびく髪』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 第二章 『思い出には、目を伏せて』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 第三章 『胸を駆け巡る恵風』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 『二人だけの、音楽室』

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