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~嶌梓~

 昨日予報では、天気が危うかったのだが、体育祭当日は無事に日が出ている。

 まずは全体行進から始まり、俺達吹奏楽部員は、仮設テントで行進曲を演奏する。

 アフリカン・シンフォニーに、BACKDRAFT。

 メロディーラインをフルートで軽やかに奏で、伴奏に乗る。

 ドドッドレー、シシシ、ドラー。

 楽器の音で最も低い、環菜先輩の吹くチューバの音は、いつもどっしりしていて安定感がある。

 続けて、栄冠は君に輝く、スポーツ行進曲。

 リズムに合わせて、生徒達が行進をしながらテント前を通り過ぎていく。

 俺は今まで、一人や少人数と合わせて演奏をすることはあったが、このように沢山の人数で、一つの音楽を作りあげる経験はなかった。

 皆で奏でるとは、こんなに楽しいものなのか。

 一人とはまるで違う、様々なハーモニーを重ねてゆく。

 自然と体が揺れ、口角が上がる。

 入部後、俺はすっかり、吹奏楽の楽しさに魅了されていた。
 行進が終わると、開会式が行われ、校歌や国歌を演奏すると、競技が始まった。

 楽器をケースに戻して、近くの家庭科室に一旦置きに行くと、応援スタンドへ戻る。

 既に、100メートル走に出る生徒達が場内を駆け回っており、歓声が飛んでいる。

 俺はこの後の玉入れと、学年別対抗リレーに出る予定があり、スタンドにペットボトルを置くと、すぐに入場門へ向かった。

「あ、そうか、嶌君も玉入れ出るんだったね」

「うん、そういえば長谷部もだったね」

 長谷部は普段下ろしている、肩まで伸びる髪の毛を、今日は二つに結んでおり幼い。

「嶌君、バスケしてたなら、玉入れも得意なんじゃない?」

「え、それとこれって、一緒なのかな」

 どうだろ、と笑いながら入場すると、体育祭の雰囲気を全身で感じる。

 祭りのそわそわした楽しい感じ、好きだなぁ。

 笛の合図で、赤い玉をとにかく籠めがけて投げてゆく。

 しかし、調子に乗りすぎたからなのか、思いっきり投げた玉が籠にはじかれ、再び自分の顔面に勢いよくぶつかってきた。

「っ……いった」

 ……と、顔をしかめたものの、段々おかしくなってきて、一人笑ってしまった。




 玉入れを終えて帰ってくると、次は綱引き、ムカデ競争。

 障害物競走に出るために八重樫が入場門へ行くと、俺は一息つきながら、一人スタンドで場内を見渡す。

 テントには、保護者の他にも、小中学生や、他校の生徒もいて賑わっている。

「なぁ、嶌」

 辺りを眺めていると、上から話しかけられ、誰だろうと思って見上げると、椎川先輩が俺を見下ろしているではないか。

「あ、お疲れ様です」

「まだ疲れてねーわ」

「ハハ」

 椎川先輩は俺の隣まで下りてくると、ふぅ、と一息つく。

「環菜とどうなの」

「どうって」

「お前、気になってるんだろ」

 いきなり核心を突かれ、目を見開く。

 近々椎川先輩にはちゃんと言っておこうと思っていたものの、本人から言われるとは。

「すみません、気になってます」

「ほら、やっぱりか。嶌が環菜を見る目、何か違ったから」

 この人は察しがいいというか、凄いな。

 いや、俺、顔に出てる……?

「別にさ、嶌がどう思おうと自由だよ。でも、環菜は渡さないから」

「それは、環菜先輩が決めることだと思うんですけど」

「わ、お前先輩に向かってよく言うな」

「すみません。でも、環菜先輩のこと好きになったら、本気でいきたいんで」

 そう簡単に環菜は振り向かない、と言う椎川先輩は余裕の表情。

「俺もう一年半も環菜と付き合ってて、それなりの信頼関係もできてるしね」

 俺の知らない時間を、二人は一年半過ごしてきた。

 確かにその壁は厚く高いことは分かっていても、自分の気持ちに目を伏せることはできそうにないと思う。




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  • 『プロローグ』

  • 1
  • 第一章 『ふわり春風になびく髪』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 第二章 『思い出には、目を伏せて』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 第三章 『胸を駆け巡る恵風』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 『二人だけの、音楽室』

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