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文字数 2,328文字
そんな中、ダンスの練習が終わると、椎川君がパタパタ走って近寄ってきた。
「環菜のペアって、嶌だったんだ」
「椎川君、お疲れ様」
「お疲れ、何か妬けるなぁ」
先を歩く梓君の背中を見て、椎川君は私の手を握る。
さっきまで繋いでいた梓君が、すぐに上書きされる。
「今日、また一緒に帰らない?」
「うん、分かった」
誘われるのは椎川君からばかりで、自分から誘ったことは一度もない。
いつも受け身な所、一歩踏み出さなきゃとは思いつつ、椎川君が来てくれるから、甘えっぱなしだ。
無事に一日の授業と練習を終えると、音楽室へ向かう。
来週からは実際にテントを張っての外練習になるため、そのための準備練習に追い込みにかかる。
「じゃあ、行進曲、最初から通しまーす」
部長の声にチューバを構えると、アフリカン・シンフォニーのリズムを刻む。
スネアドラムに合わせて、力強い演奏をして、次はBACKDRAFT。
ファーミ、レーミ、ファーファミ。
レーレド。
次は、栄冠は君に輝く。スポーツ行進曲。
いち、に、リズムに合わせて、テンポ良く。
体育祭の行進では、リズムとテンポが重視されるため、チューバの役割は重要。
部内で一人のチューバ、演奏の元を壊さぬよう、ユーフォニウムと伴奏に回る。
一方で、クラリネットやフルートはメロディーラインを奏で、美しいハーモニーを作る。
全ての楽器が揃って初めて一つの演奏になるこの時、私の胸はドキドキ。
前方ではフルートを演奏する梓君の横顔がチラチラ見えて、全く手こずっているようには見えず、余裕に演奏していた。
一日、二日……毎日午後からは体育祭の練習ばかり。
長袖のジャージを着ていても、顔や首は日に焼けそう。
ダンスの練習時、私はいつも梓君の隣にいて、元々お喋りではなさそうが、梓君はよく話を振ってくれる。
「昨日の夕飯、何でした?」
「うちはカレーだったかな」
「え、うちもカレー」
イェイ、と手を掲げられ、パシ、と緩く叩く。
ずっと言い寄ってくるのではなくて、普通の話も沢山し、梓君はたまに笑う。
「正直、環菜先輩がいるから吹奏楽部に入部したんですけど、今、部活、結構楽しんでます」
「梓君はフルートの他にも、ピアノやペットもできるって聞いたんだけれど」
「齧ってるくらいですよ」
「楽器、家にあるの?」
「そうですね」
尋ねると、自宅にあるらしく、それから梓君のお父さんの指揮者の仕事のことや、お母さんが元ピアニストだということ、お姉さんが音大に通っていることを初めて知った。
「凄い、音楽に囲まれて育ってきたんだね」
「環境だけは」
「梓君がフルートできますって言った時、私、ビックリしたもん」
「ハハ」
梓君が笑うものだから、私もポロっと笑顔が出てしまい、すぐに引っ込める。
「何で、笑って」
しかし、そこに敏感に気付いたらしい梓君は、じっと私を見据えてくる。
でも、問い詰められた笑顔はぎこちなく、ヘラッとなった私の顔を見て、また梓君はコロリと笑った。
体育祭の練習が始まって、強制的に梓君と過ごすようになってから、再会した最初の頃に比べると、大分話せるようになってきた。
週末を挟んで、月曜日。
体育祭まで一週間を切って、生徒会や応援団の練習にも熱が入る。
そんな中、今日は体育祭の練習後にLHRがあり、競技決めが行われた。
余ったものでいいかなぁ、と思っていると、本当に余りものになってしまい、棒引きになってしまった。
棒引きと言えば……小学生の頃だった。
一人で棒にしがみ付いていたら、三人がかりで引っ張られてしまい、剥き出しになった手足をずるずる砂の上で擦って、血だらけになった記憶がある。
怖くなって身震いすると、どうやら椎川君や美知佳も一緒に出るらしく、頑張ろう、と言われ苦笑いで頷いた。
吹奏楽部では、実際に外での練習が開始され、全校生徒が行進をしている間、テントで演奏をする。
外での演奏の時は、音が辺りに分散し、吸い込まれ小さくなりがちだから、クレシェンドがついている所では、意識をして強弱をつける。
特別、体育祭の点数稼ぎに貢献できるタイプではないが、体育祭や、お祭りのような雰囲気は嫌いじゃない。
梓君の隣にいるのも当たり前になってきて、少しだが笑顔も見せ、悪い人じゃないんだよな……と思っている最中だった。
体育祭前日、一緒に帰ろう、と言ってくれた椎川君と、私の家に向かって歩いていると、道真ん中で突然足を止められた。
「嶌と仲良さそうだね」
「え?」
「ダンスの時、いつも二人で笑って話してるじゃん」
「そう、かな。いつもって、そうでもないと思うけれど……」
椎川君は気に入らなかったのか、ムスッとしている。
「何か、気に入らない」
椎川君は自転車を止めると、私に向かってズンズン歩いてきて、唇を近付けてくる。
私のテリトリー内に入れる、唯一の彼氏。
そのままお互いの唇は重なったが、私はすぐに一歩後ろに引いてしまう。
「ここ、道の真ん中だよ」
「誰もいないんだし、いいじゃん」
顔を赤くする私を見て、椎川君はクスッと笑うと、再び自転車を押し始める。
「なーんか、体育祭の練習が始まってから、不安なんだよね」
「……不安?」
「嶌、あいつイケメンだから、環菜がコロッと好きにならないか、心配」
「……そんなことないから」