文字数 1,854文字





 17歳、何も変わらぬ日常でも、一歩前進した気になってしまう。

 翌日、私はどことなく背伸びした気持ちになって、放課後音楽室に向かう。

 扉は開いていて、既に梓君や八重樫君が楽器の音出しをしていた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様」

「環菜先輩、何か嬉しそう」

 席に着こうとしていると、梓君に言われ、知らず知らずのうちに顔に出ていたか、とハッとする。

「何かあったんですか?」

「環菜ちゃん、昨日お誕生日で、17歳になったからじゃない?」

 何もないと言おうとすると、梓君の隣に座っていた唯ちゃんが先に口を挟んだ。

「え、昨日誕生日だったんですか」

「まぁ、うん、そうだったね」

「知らなかった」

 何も言わずにすみません、と頭を下げる梓君に首を振って、準備室からチューバを取ってくる。

「雅先輩、俺、今日も教えてほしい所があって」

「うん、いいよ。どこ?」

 マウスピースで音出しを終えた後、八重樫君と机を並べ、彼の新しい楽譜を見ながら演奏してみる。

「すげー、今見て、今すぐ吹けるって」

「校歌はもう何度も吹いているからだよ」

 久々の後輩、という存在に、私は少し嬉しい気持ちを感じていた。

 ……とは言っても、八重樫君は中学でも吹奏楽をしていたらしく、殆ど手はかからない。

 今日は始めに、行進用の“星条旗よ永遠なれ”を練習する。

 ここはマルカート、ハッキリと。

 ここはスタッカート、短く切って。

 行進曲だから、テンポよく、でも強弱には気を付けて。

 タタッ、タータタ。

 不安定なフレーズを、もう一度、もう一度。



 やがてパート練習になって、他の楽器担当の生徒達が音楽室を出て行き、室内には私と八重樫君、パーカッションの二人。

 気晴らしに八重樫君と二人でベランダに出て、運動場を見下ろしながらブォーっと音を発す。

「あー懐かしい。中学の頃も、こうやってベランダで練習してたんですよ」

 眼下の運動場では、野球部がノックやキャッチボールをしたり、サッカー部がドリブルの練習をしている。

 バスケ部の椎川君の姿は見えないが、彼も今、コート内を駆け回っているのかもしれない。

 暫く練習をしていると、窓をノックされる音が聞こえて、振り返ると梓君が立っていた。

 高校入学後、初めて顔を合わせてもう一週間以上経っているのに、未だに気まずさを拭い切れずに、私はあまり顔を見ない。

 梓君は八重樫君に会いに来ているのに、変に意識してしまっている。

「環菜先輩」

 ……と思いきや、私を呼ぶ梓君を見つめ返すと、彼は頭をポリポリ掻きながら一言。

「誕生日、俺もお祝いしたかった」

「……え、あ……ありがと」

「来年は、お祝いさせて下さい」

 来年なんて一年も先のことは分からず、曖昧に頷くと、梓君はため息をついて、八重樫君に話を振る。

 何だ何だ、やけに真剣な表情で、ドキッとしてしまった。

 梓君のこと、今は何とも思っていなくても、元々昔は気になっていた人、他の人よりは意識する。

「梓から色々聞きましたよ。二人って、すれ違っていたらしいですね」

 梓君がパート練習に戻ると、八重樫君が何やら意味深なことを言ってきた。

「すれ違いって……?」

「雅先輩が梓のことを好きだった時は、梓は何とも思っていなくて、梓が雅先輩のこと好きになった頃に、雅先輩には他に彼氏ができた」

「え、好き……?」

 思わぬ言葉に、硬直してしまう。

 今、意味深なことを聞いた気がする。

 オウム返しに問い返すと、八重樫君はワタワタし始めた。

「すみません、俺今、余計な事を言った気がする」

「どういう、意味?」

「あー、んー、そうですね。梓は雅先輩のこと、好きだったっぽいですよ」

 ──え、いや、何……。

「やべー、これ言ってよかったのかな。梓に怒られそう」

 後は梓と話して下さい、と言う八重樫君は、それ以上はノータッチで練習に戻る。

 言うだけ言って、放置しないでよ……。

 今八重樫君が言ったことは、果たして本当なのだろうか。

 梓君が、私のことを、好きだった……?

 振られた後、気まずくて一度も目を合わせておらず、関わる機会なんかなかった。

 そんな中での八重樫君の発言に、心が動揺する。

 でも、過去を振り返っても、もう何もならない。

 私は静かに、思い出に目を伏せた。



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  • 『プロローグ』

  • 1
  • 第一章 『ふわり春風になびく髪』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 第二章 『思い出には、目を伏せて』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 第三章 『胸を駆け巡る恵風』

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 第四章 『二人だけの、音楽室』

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