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文字数 3,074文字
やがて、ダンスの時間になって入場門に行くと、環菜先輩が遅れてやって来た。
可愛らしい赤い水玉のワンピースを着ており、頭には花冠。
「か……」
──可愛い……。
言いはしなかったが、いつもは見ない感じで、着慣れぬのか、環菜先輩は衣装のチェックばかりをしている。
しかし、音楽が鳴り始め、慌てて俺の手を握ると、二人駆け足で場内に足を踏み入れる。
軽快な音楽に合わせて、くるくる回ったり、背中合わせで、いち、に、さん。
左右に手を振り、最後全員で星の形を作って、ポーズを決める。
吹奏楽と同じように、皆で一つのものを作る充実感を感じながら、環菜先輩と手を繋いで退場門へ走ってく。
でも、門を過ぎても手を握りながら歩き出すと、すぐにパッと離されてしまった。
「もう、終わったから」
「そうですね、戻りましょっか」
戸惑われることにはなれており、特に傷つきはしない。
ただ、本当に嫌われないようには、気を付けないとな。
まもなく午前の競技が全て終わると、俺は八重樫と一緒に、スタンドの後ろでお弁当を食べる。
「予報、外れてよかったなぁ」
「ホント、今日は曇雨って言ってたもんね」
「俺、晴れ男だからかな」
アハハ、と笑う八重樫に、俺も笑い、ペラペラ世間話をしているとチャイムが鳴り、いよいよ応援合戦。
この日のために、と二週間かなり練習に打ち込んできて、応援団達の緊張と楽しさがヒシヒシと伝わってくる。
笛の根を合図に、まずは白いパネルを上げる。
No.1、V2、赤、炎を表すパネルを上げ、本部テントにアピールする。
ドンッ、ドンッ、ドラムの気合いの入った音が全身に響く。
しかし、皆が集中している最中だった。
「あっ、間違えたっ!」
少し大きいな声が聞こえて、チラリと上を見上げると、大堂先輩が慌ててパネルの色を変える。
「うわーっ、環菜、どうしよう。間違えちゃったよ」
聞こえてくる声に、辺りから文句が飛び交う。
大堂先輩、何やってるんだよ……。
結果、その後は何の問題もなく、応援は終了したのだが、早情報が回ったらしく、応援団達が大堂先輩を睨みつけた。
だが、本人の大堂先輩はあっけらかんとしており、それはポジティブでいいのか、悪いのか……。
「美知佳、応援団の人達、こっち見てる。怖いよ」
「いいのいいの、失敗したのも何かの運命だし」
「いや、運命って……」
「ほら、次の競技依始まったよ」
スウェーデンリレーに、大玉運び。
大縄跳びに、10人11脚走。
──そしてやってきた、学年別対抗リレー。
俺は応援スタンドから再び門に整列すると、場内に駆け足で入場する。
各チーム五人、これは100メートル走の、上の早い順から選ばれた生徒達である。
俺は二番手、緊張の面持ちでピストルが鳴ると、一番手の三人が、勢いよく走り出した。
野球部だと言っていた、坊主頭の一年の生徒が、二年と肩を並べていい勝負をしている。
しかし、後半追い上げてきた三年に二人は抜かれ、一年組は三番。
次の俺は、ラインに並ぶ。
そして、同じく隣に並ぶのは椎川先輩。
「頑張ろうな」
椎川先輩は言いながらも、瞳の奥は燃えており、バトンを受け取った瞬間、俺は勢いよく走り出す。
元々は運動が好きで、バスケ部にも入り、足にはちょっと自信があった。
ドンドン急かすような太鼓の音と笛の根に、生徒達の歓声。
俺は近くなってきた椎川先輩の背中を捉えると、後半で一気に加速する。
ここでは負けられない、と強く思っていた。
勝ったから、と環菜先輩とどうにかなるわけではないが、負けては話にならないような気がしている。
体の前部に力を込めて、前へ、前へ。
ようやく隣に並ぶと、ラストのコーナーにかけて、とにかく足を前に出し、僅かな差だが追い越して、そのまま三番手にバトンを渡した。
はぁ、はぁ、と息を乱しながら、その場に座り込む。
久々に走ったから、息が上がってとてもきつい。
「嶌、お前足早いな」
同じくきつそうな椎川先輩だが、立ち上がると、笑顔向けてきた。
「いい勝負だったな」
「ホントですね」
「まぁ、環菜は関係ないけどな」
やっぱりそこは、ちゃんと言うんだ。
結局は三年、二年、一年。一年は三番でゴールしたものの、よく頑張ったね、と皆で笑いあう。
もう、体育祭も終盤、この後いくつかの競技が行われると、閉会式が行われた。
結局、赤ブロックは総合優勝を果たすことはできたものの、応援ではビリで、大堂先輩にブーイング。
しかし、本人の気にしないハートは強いな、と感心しながら体育祭の幕は閉じた。
閉会式後、俺たち吹奏楽部員達は、家庭科室から、三階の音楽室へ楽器を戻すために、階段を行き来する。
その際、俺が環菜先輩の大きなチューバを持つと、環菜先輩は慌てて追いかけてくる。
「いいよ、いつも自分で持って行ってるから」
「俺がいる時は、頼って下さい」
「でも」
「じゃあ、俺のフルート持って来て下さい」
そんな小さな体で無理をさせたくなくてチューバを抱えていると、八重樫がニヤニヤしながら近付いてくる。
「雅先輩だけは特別なんだね」
「まぁ、そうだけど……でも重そうだったら、他も手伝うし」
「アハハ、そうかなぁ」
八重樫は俺と環菜先輩の事情を知っており、よく口を挟んでくる。
環菜先輩の力になれることがあれば、手を貸してあげたい。
いつでも、自分を頼って欲しい。
意外と長かった練習期間と、本番一日。
音楽室でふーっと、一息ついた後に帰ろうとしていると、ポンッと背中を叩かれた。
振り返ると、長谷部ゆかりが立っている。
「校門まで一緒に帰ろう。一日疲れたね」
「だねー」
日に照らされ焼けたのか、長谷部の鼻の頭が赤くなっている。
「嶌君さ、学年別対抗リレー、凄く早かったよね」
「ありがと」
「株上がってたよ」
「そうかな」
「だって、カッコ良かったんだもん」
何だか興奮気味な長谷部にお礼を言うと、長谷部はにっこり笑顔を見せる。
環菜先輩がこんな風に笑ったら、もっと嬉しいのにな。
「嶌君さ、彼女とかいないんだよね?」
「うん、いないけど」
「そっか、分かった」
「何で聞いたの」
「嶌君のこと、良いなって思ってる子いると思うし、私もそのうちの一人だから」
長谷部の言葉に、どうも、と頭下げ、スローペースで歩いていく。
すると、何を思ったのか、隣を歩いていた長谷部が俺の前に立ち、足を止める。
「軽く流したけれど、結構本気で言ったつもり」
「……マジ、ありがとう」
素直に有難いな、と思いながら再び歩いていると、前方で環菜先輩と千歳先輩の背中が見えてきた。
環菜先輩は千歳先輩にも心を許しているようで、よく笑い話している所を見かける。
それが、俺はとても羨ましかった。
周りにできていることが、俺にはまだできない、もどかしさ。
体育祭も終わると、部活くらいでしか関りがなくなるし、あー、どうしよ。
どうやったら、テリトリーの中に入れてもらえるのだろう。
中々難しく、環菜先輩は俺のことを受け入れてくれない。