第18話:皮膚科研修と東日本大震災

文字数 2,584文字

 そして一緒にワインとビーフステーキ、サラダとパンを食べてた。その後、大きな風呂に入って大はしゃぎして、その晩も、めくるめく炎があがる激しい夜を楽しんで愛し合った。一方、三橋の方は、ラスベガスの大学病院で皮膚科医局員と話すと教授に英語は大丈夫そうだねと言われ医局員に紹介された。みんなの前で東大皮膚科を出て、開業10年。皮膚科と精神・神経のクリニックを開業し診療したと説明。

 すると、いくつもの質問が出て皮膚科から精神神経科で開業した理由を聞かれた。それに対して日本でも現代病として精神・神経を病んでいる患者の増加が1つ目の理由。もう一つは自分と医学部時代の友人の女性が精神科の医局長になり若手医師が研修する病院が不足し若手医師を派遣してくれる確約が取れたためと説明すると、なる程と納得。次に他に質問はと三橋が聞くと、なぜラスベガスで開業と聞かれ雰囲気が好きと回答。

 もっと詳しくと言われてスピリチュアルで精神的に安らぎが得られると言い、特に朝日が昇るときに今日は何か良い事が起きるような気がしてワクワクすると言うと不思議そうに聞いていた。そう言う日はポーカー、バカラで勝てると言うとうけた。そのためにラスベガスにはクリニックと若手医師に任せて毎年1、2週間滞在してギャンブルをして美人と仲良くなって人生をエンジョイしてるというと驚いていた。

 少ししてファンタスティック、クールという声が飛び、格好いい人生だねと言われた。近くにいた若い男性が小さな声で結婚してるのと聞くので結婚はしてないが、可愛いアメリカ人の彼女はいるよと言うと大きな拍手と笑い声があがった。この話を聞いていたトミー教授も面白い日本人だなと言い20年近い診療経験があるなら研修期間のうちに開業先を見つけて大学病院で週の半分大学で研修。

後の半分は大学病院付属のクリニックに指定するから若手医師を雇って1年後、正式にアメリカのドクターになった時、助けて欲しいといわれ、もちろん協力しますと言った。これで大学病院の皮膚科教室に三橋を受け入れると皮膚科トミー教授が承諾書を書いてくれた。1部を三橋に、もう一部を大学病院に提出すると言った。その数日後、3月10日昼に、大学病院での研修許可が下り、皮膚科に勤務し始めた。

 そして夏休み3、4週間、冬休み3,4週間も与えられ、1年の研修期間を終える2011年3月にネバダ州に医師の申請を出してくれると言った。その頃、戸塚はキャシーと車でフーバーダムやだしてくれるやレイクラスベガスの高級リゾートを見て回り食事したり観光したりして楽しんだ。また、南部のスローン・キャニオンというラスベガス南部の山岳地帯を散歩して大きなサボテンや地球の地殻変動でできた峡谷をトレッキングしてきた。

 そして、毎晩、楽しい夜を過ごしていた。そして、ある日の晩、ワインを飲みながら、キャシーが自分の生い立ちの話を始めた。キャシーはナッシュビルの農家の末娘として1977年に生まれ、家は裕福で地元の私立のハイスクールの商業科を卒業し父のメインバンクに就職し1995年に就職した。そして直ぐ名門大学を卒業してエリート銀行マンのスミスと仲良くなったが1997年に彼が他の女子行員と結託して会社の金を横領し捕まり20年の禁固刑を受け、直ぐ別れ、男性不信に陥ったと話した。


 その彼から秘密にタックスヘイブンの口座の通帳を渡され金が必要になるとマイアミからクルーズ船にのってカリブのタックスヘイブン島に行き10万ドルずつ引き出したと言った。最近、残金が少なくなったので全額をアメリカの銀行へ送金させたと話しラスベガスの、この家と土地を20万ドルで買って280万ドルの残金となった言った。280万ドルと言うと3億円、わー金持ちと戸塚が言うと、あなたは、どの位持ってるのと聞かれ、日本株投資で儲けたが2億円、180万ドル程度かなと言うと、あなたも持ってるじゃないと笑った。

 なぜ突然、来たのと聞くので三橋がラスベガス近郊の大学病院で1年間研修を受けアメリカでのドクターライセンスを取得し、できたらラスベガスで皮膚科と精神科のクリニックを開業する事を考えていると言うと願いが叶ったら良いねと言った。その夢が叶ったら一緒にここに住んでと言われた。すると、さっきキャシーが1977年生まれと聞いて今が2011年だから34歳、まだ若いじゃんと思い戸塚は心の中でほくそ笑んだ。そのにやけた顔を見てキャシーが何、考えてるのよと言うと、君の事さと言うと、思わず、うれしいと言った。

 そして、できたら結婚してと言われドギマギして、その話は三橋がアメリカでドクターライセンスをとってラスベガスでクリニックを開業が決まったら結婚すると言ってしまった。これを聞いてキャシーが約束よと言った。その夜も戸塚とキャシーは官能のジャングルに入って長時間にわたってジャングル冒険を楽しんで、何回も楽しんで、やがて爆睡した。

 そんな2011年3月10日、その晩、豪勢なディナーを食べワインを飲み、盛り上がり夜を快楽の限りを尽くすほどの官能の極値に何回も達し、精も魂も尽き果てるほど快楽をむさぼった。そして事が終わり飲みなおしてテレビをつけると日本の東北地方で巨大地震が起きたとアメリカの放送局で一斉に放送して津波に飲まれる車、人、濁流に流されてる家屋が見えた。

 まるで、映画みたいな映像を見てると緊迫したアナウンサーの声で東京、橫浜でも震度5と書いた画像が出て戸塚が鳥肌が立った時、電話が鳴った。電話に出ると三橋からの電話で、戸塚が、東北で前代未聞も巨大地震が起こり大きな被害が起きてると言い大学病院で死者の推定人数や津波の高さ8mと具体的な情報を伝えると、三橋が、おもわずソファーに座り込んだ。

 そして三橋が有田クリニックに電話しても電話が通じないとさけんだ。戸塚が三橋にどうしたら良いだろうと聞くと、今、何もできないと言い、明日、もしアメリカから軍隊を派遣する時、ドクターが必要なら、三橋が自分も参加すると言うつもりだというと、その時は俺、戸塚の名前も入れておいて欲しいと言うのわかったと言って電話を切った。この夜は、まんじりともせずに部屋のソファーで暖房を付けて、眠れぬ夜を過ごした。
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