第17話 居酒屋にて。【こぼれ話】

文字数 4,186文字

 6月14日の水曜日、るるせさんを山口市·湯田温泉へとご案内したのですが、そのお話の前に少し、今回はこぼれ話などを。
 (前回書きそびれたので)

 ***

 第15話『おいでませ、山口へ。』にて書きましたように、6月12日の月曜日の午後、山口県へおいでになったるるせさんと初顔合わせと相成りました。

 開店したばかりで貸し切り状態の居酒屋にて。

 るるせさんは生ビール。
 わたしは烏龍茶。

 お店を出たのは、確か19時を過ぎたあたり。かれこれ3時間ほど滞在していたので、そのあいだに、とりとめのないお話をあれやこれやとしていたわけです。
 ノベルデイズのお話ももちろん。

「桐乃さんは、佐久田さんを()しますよねー」
 という、るるせさんのなにげないひとことに、すかさず食いつくわたし。
「そうなんですよ! 佐久田さん大好きなんです!」
 いきなりの(その場にいない)佐久田さんへの熱苦しい告白を皮切りに、いかに桐乃が佐久田さんを、その作品を好きなのかを、まるで水を得た(うお)のように滔々(とうとう)と語り始める始末。

 ※わたしは素面(しらふ)です。酔ってはいません。

 オタクあるあるの、あれですね。
 好きなことに関する話題になると、途端に早口で饒舌(じょうぜつ)になるという、あの現象です。

 ドン引きせずに、うんうんと最後まで聞いてくださる優しいるるせさん。
 調子に乗って、佐久田さんとの馴れ初めにまで遡り、しおむすびさんとの出会いや、しゃべログでのみなさんとの交流についても語り尽くす桐乃なのでした。

 ***

 ノベルデイズで出会って、今も交流させていただいている方々は、みなさん博学多才でいらして、日々、教わることばかりです。
 わたしは本当に今までぬぼーっと生きてきたので、とにかくものを知らないし、仮にも小説と名のつくものを書いていながら文学についてはまるで(うと)いし、そういった知識や教養などの素養は皆無で、今まで自分が体験してきたことだけを頼りに「物語」を書いているのです。

 るるせさんの「目」から見ると、そんなわたしは、たぶんものすごく危なっかしく映っているのだと思います。

「桐乃さんの短編小説は勢いがあって、それはたぶん、自分のなかに書きたいシーンやフレーズがまずあって、それに向かって走っているかんじ」
 というようなお言葉をいただいたことがあります。
 これは本当にその通りで、わたしはいつもプロットなどは一切作らず、見切り発車で走り出しながらラストまで一気に書き上げる、というやり方なのです。
 これは勢いはあるけれど、短編だから成立するスタイルなのですよね。長編小説だと、こうはいきません。必ず途中で息切れを起こします。
「そのやり方で成立しているのがすごい」
 ともいわれました。
 ほんまそれ、ですよね。要は、力業(ちからわざ)()じ伏せるような、かなり野蛮な方法なのです。

「解剖」されているな、と思います。
 るるせさんの見立ては、



 正しい、という言葉は、わたしは普段あまり好んで(もち)いることはないのですが、この場合に()いては、この言葉がいちばんしっくりくるのです。

 自分の欠点を冷静に指摘してくれるひとは、とても貴重で、ありがたい存在だと思います。
 そこに至るまでに、互いに幾重にも言葉を重ねて、コツコツと信頼関係を構築してきたひとからいわれた言葉なら、なおさらのこと。

 わたしから見たるるせさんは、他人を否定しないひと……必要があれば「批判」はするけれど「否定」はしない、そういう印象があります。
 そして、わたしのような迷える子豚(仔羊というガラではない)が危なっかしくうろちょろしているのを見かけたりすると、見兼ねて手を差し伸べてくれるひと、だとも思います。

 それも、「答え」を教えてくれるのではなく、現状を打破するための「選択肢」を目の前に提示してくださるのです。
 相手の視野を広げること……ものごとにはたいてい、いくつかの選択肢があるということを教えてくださる、未知の扉を開くための取っかかりを与えてくださる、そういうひと、だという認識なのです。

 ***

 ふたたび視点は居酒屋へと戻り。

「ノベルデイズのファンレターって、あれ、ほとんど公開処刑みたいなもの、じゃないですか」
 と、わたし。
「そうですねぇ」
 とるるせさん。
 (ファンレター一覧からだれでも見られる仕様、を指しての「公開処刑」という意味です)

「正直いうと、noteのコメントのほうが気軽に書き込めるんですよ。あちらは、そのコメントを見ようと思ってクリックした人だけが見られる仕様ですし」
「なるほど」
「でもね、(ノベルデイズで)ファンレターを書くの、鍛えられるんですよね。そもそも完璧にネタバレしないで感想を書くのって無理じゃないですか」
「無理ですねぇ」
「ですよね。ミステリのネタバレとか、物語の結末をバラすとはかもちろん論外ですけど。ネタバレを気にするあまり、当たり障りのない、無味乾燥な感想になっちゃうのって、つまらないですし」
「わかります」

 聞き上手なるるせさん。
 調子に乗る桐乃。

「ノベルデイズのファンレターは、新規の読者さんへの作品紹介、という側面もあると思っています」
「僕もそう思います」
 力強い、るるせさんの同意。
「好きな作家さんの、好きな作品を読んでほしい。そのための作品紹介だから、ある程度のネタバレはしないと、ですよね」
 と、わたし。
「そうですね。そのために、ネタバレというか、本筋に触れてしまうことはあります」
 と、るるせさん。
「ありますよねぇ」

 るるせさんもそうなんだ、と、なんだかものすごくホッとしました。

 ***

 ここからは余談なのですが、わたしがファンレターや、いただいたお手紙にお返事を書くとき、実はものすごく時間をかけて書いていたりします。
 それは単純に、わたしが遅筆だというのが大きいのですが、小説ではなく、ひとさまへ、一対一で送る文章については、わたしは小説を書くとき以上に頭を使って、ない知恵を(しぼ)りに搾って、持てる言葉のすべてを尽くして書きます。

 以前、るるせさんがおっしゃっていたのですが、
「小説は、書き上げたあとは読者にゆだねるもの」
 とのことで、わたしもそれに同感です。
 感じ方は人それぞれ。同じ物語を読んでも、印象に残る箇所は人それぞれ異なるでしょうし、まったくべつの感想を持つというのも、普通にあることです。
 だから、面白い。

 (ノベルデイズでの)ファンレターというのは、第三者の目を意識しながらも、基本的には送る相手、そのひと個人へと宛てて書くものなので、自分が選んだ言葉がそのままの意味で相手の方に伝わるだろうか、という、その一点にものすごく注意を払って書きます。
 自筆で、便箋に文章を綴るのと同じ感覚です。
 なので、わたしはファンレターを「お手紙」と表現しているのです。いただいたお手紙も含めて。
 だから、自筆で書くのと同じくらい時間がかかるのですが、これがものすごく鍛えられるのですよね。タイムパフォーマンスなど、そんなものは、どこ吹く風。端くれとはいえ、文章を書く人間のひとりとして、言葉を綴るための時間を惜しむことはしたくない、と思うのです。


 今回の観光案内の終わりに、わたしの地元での食事をすませて、るるせさんが根城にしていた新山口駅行きの電車を待つ、駅のホームでのこと。

「桐乃さんのコメント(返信)は、重い、ですね」
 と、るるせさん。
「えっ、重い、ですか」
 と、わたし。
「重いですねぇ。パンチが効いています」
「え、あ、重いって、そういう」
「一撃が重い」
「荷物が重い、の重い、かと」
「違いますよ」
 苦笑する、るるせさん。

 いや、確かに、間違いなく、重い、と自分でも思う。

「コメントというより、エッセイに近いですよね」
 ……あ、そうかも。
「るるせさんは、いつも文章を書くのが速くてすごいですよね」
「速くはないですよ」
「いや、速いと思います」
「珈琲フロートダークリーなんかは、あれ、内容がないですからね」
「えっ、内容、なくはないですよ〜!」
 (ややこしい表現になってしまった……)

 あれだけの文章を何年ものあいだ量産してこられて、しかもそれが全部、最後までするすると読めてしまう、読ませる文章というのが、すごいです。本当に。

「書けない、ということはない」
 と断言する、るるせさん。
 どんな条件下でも、書くことはできる。ただ、品質に多少の差はあるかもしれないけれど、それでも、書けない、ということはない、と。

 そう言い切るだけの力量が、経験値が、るるせさんには確かにあって。ぽっと出のわたしなどが、そんなどえらいひととお会いして、なんか普通にお話しなんてさせていただいちゃって、この文章を書きながら、今さらながら冷や汗ダラダラだったりします。(遅すぎる……)

 るるせさんとわたしは、たぶん、使う言語が異なっていて、わたしは融通のきかない【質実剛健】【単刀直入】型なのですが、るるせさんは、視野と、受け皿が広い、フレキシブルなイメージがあります。
 なので、ときどき、わたしにはるるせさんの言葉が一度でうまく理解できないことがあるのですが、るるせさんは、言葉を惜しまずに、とことん説明してくださるので、とてもありがたいです。こんな、すこぶる出来の悪い生徒みたいな桐乃を見捨てずにお相手してくださって。

 るるせさんとの会話はとってもエキサイティング。
 思いもよらない方向からのアプローチが飛んでくるので、頭の固い桐乃はアホ面をさらしながらも、うんうんと(うな)りながら、飛んできた言葉を必死に噛み砕いて飲み込むのが精いっぱいで。
 知らないことを知るのは、楽しい。

 そして、たぶんですが、るるせさんはるるせさんで、直情的な言動に走りがちなイモい珍獣のような桐乃を、物珍しそうにご覧になっているのではなかろうかと想像しています。


 このあとに続くのは山口観光案内本編ですが、わたしは元々黒子(くろこ)に徹するつもりで、表舞台に立つ予定ではなかったのですが、気づいたらこんなことに。
 どうしてこうなった……?

 ま、いっか。(切り替えが早い)

 気持ちの上では黒子のままなので、道中に垣間見ることのできた、わたしの目から見たるるせさんのお姿、あるいはその一面を、お届けしていきたいと思います。
 次回本編も、お付き合いいただけるとうれしいです。




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