第十九話 日本式双晶(三/五)
文字数 4,248文字
そうして、受け取ったはいいものの――
箱を目の前にして、空木はひとり考え込んでいた。場所は実家の自室。国栖の葉とはひとまずその場で別れている。何かあったときには連絡するように言い含めたが――実際にそれがあるかどうかはわからない。
目の前には彼女から受け取った箱。しかも、開けてはならない箱だ。開けるな、と言われた箱ほど開けてみたくなるものだろう。この話の流れからすると、むしろ開けない方が不自然ですらある。
しかし――しかし、だ。
開けるな、と言った相手のことを考えると、まさか何かの振りでそんなことを言った、ということはないだろうとも思う。開けるべきではないか、などと考えているのは、空木が勝手に――変な方向に――気を使っているだけだ。
どう考えても、この箱は開けるべきではない。
しかし、そうは思っても気になることではあった。中を見れば、少しは彼女の現状がわかるかもしれない。それを知ることができたなら――
そんなことを考えてしまって、空木はどうにも吹っ切れずにいた。箱を目の前にして座り込み、空木はもう一時間以上も、それをじっとにらみ続けている。
箱は細長い小さな箱だ。漆塗りに蒔絵が施されていて、結ばれた組み紐で閉じられている。用途としては――文箱だろうか。
そろそろ箱にも見飽きていた頃で、それをながめながらも空木は――小学生の頃に使っていた筆箱はこれくらい大きさと形だったな――などと、益体もないことを考えていた――そのとき。
「その箱の中。私が君に見せようか。空木」
どこからか唐突に声がした。しかも、自分の名を呼んでいる。幻聴――かどうかはわからないが、明らかに自分に対する問いかけだ。
得体の知れない声が聞こえても、空木は冷静だった。しかし、同時に迷ってもいた。応えるか、無視するか。取るべき行動は、その二択しかない。とはいえ。
そもそも、この声はどこから聞こえてきたのだろう。
空木は思わず目の前の箱を手に取った。箱の中を見せようか、というからには、箱の中からそう聞こえてくることは不自然に思える。だとすれば――
そんなことを考えているうちに、声はまた話しかけてくる。どこからともなく。
「箱の中を知りたくはないか? 空木。そうだな……入っているのは、たくさんの――えぐりとられた眼球のようだが」
その言葉から、空木は箱の中にぎっしりと詰まった目玉を想像してしまう。
空木は思わず箱を取り落とした。声も上げずに。その反応に、声だけの存在は、ふふ、と忍び笑いをもらす。
「冗談だよ。空木」
「なんだってそんな冗談を!」
空木は思わず、そう声を上げてしまっていた。うかつな突っ込みに対して、空木が密かに後悔しているうちにも、声はこんなことを語り始める。
「『今昔物語集』にそんな話があったことを思い出してね。通りすがりに開けてはならない箱を託された男がいたが、そのことを妻にあやしまれて箱は開けられてしまう。という話だ」
今昔物語集って――またそれか。そんなものをやたらと引用する人物には覚えがある。
そう思った空木は、声のことを無視することは諦めて、仕方なく――どこに視線を向けていいかもわからないまま――虚空に向かってこう呼びかけた。
「おまえ……つまりはおまえも、あの店の一味ってことだな。そうだろう。あの――石の店だとか言う……」
店主を車に乗せて実家までの道を走った、あのときのことを思い出す。空木は確かに、彼のものではない誰かの声を聞いていた。理屈はわからないが、この声もおそらく同じものだろう。
「一味? おもしろいことを言うな。空木」
そう言って、姿なき声はまた笑う。何となく、あのとき雷を発生させた――と思われる――声とは違うような気がした。
それにしても、ずいぶんと気さくな怪奇現象だ。そんな空気に絆されたわけでもないだろうが、空木もまた、軽い調子でこうたずねた。
「それで? その話では、箱の中を見たそいつはどうなるんだ?」
「ほどなくして亡くなった、とのことだ」
――よくそんな話を持ち出してきたな。嫌がらせか。
空木はため息をついたが、声はやはり笑っている。
「私は石英に、堅苦しい、などと言われているものでね。槐はよく、そういった話をしていたから」
空木は思わず顔をしかめた。
――誰だよ。せきえいって。
「何のつもりか知らないが、おまえの大将のあれは、洒落で言ってるんじゃないだろう……天然だろう……」
それを断言できるほど、長くつき合いがあるわけではないが。あのとぼけた店主。あれが素ではないとしたら、それはそれで何か嫌だ。
空木がそんなことを考えている間にも、声はおもしろそうにこう返す。
「大将? 槐のことか? 大将、か。なるほど。やはりおもしろいな。空木は」
「そりゃどうも」
相手との温度差に、空木は問い詰める気も失せていた。得体の知れない相手に、これでいいのか、と思わなくもないが。ともあれ。
投げやりな空木のひとことに対して、声の方は幾分あらたまったかと思うと、こんな風に話を切り出した。
「さて。このまま正体を明かさないというわけにもいかないな。空木。槐から受け取ったものがあっただろう。お守りとして。それを開けてみるといい。こちらなら、開けたとしても何の問題もない」
受け取ったもの。その言葉で空木はようやくそれに思い至った。百鬼夜行に会ったあと、あの店主から渡されたもの――それがこの現象を起こす、何かだと言うのか。
声の言う、そのお守りを、空木は家の鍵と一緒に持ち歩いていた。生まれのせいか、親の教育のたまものか、空木は意外とこういったものを無下にできない質だ。
取り出したそれは、手のひらに収まるほどの小さな布袋だった。結んである紐をほどいて、空木はその中をのぞき込む。中に入っていたのは――
入っていたのは――
――何だこれ。
逆さまにした布袋から出てきたのは――おそらく、石。少し白いもやがかかっているが透明で、平たく角ばった奇妙な形をしている。これは――
これは何だ。
「私の名は日本式双晶 」
どこからともなく聞こえる声は、そう言った。空木は戸惑う。
日本式双晶。何だそれは。何が日本式なんだ。いや――そもそも、日本式とは何のことだ。
そんな疑問に答えるように、声はこう続ける。
「私は鉱物としては石英だ。その中でも双晶と呼ばれる特殊な形状をしている。双晶とは単結晶同士が一定の角度で接合したもので、いくつか種類があり、そのうち八十四度三十三分の角度で接合したものを日本式と言う。明治時代に多く産出したことで、この名がついた。私の形状はその中でも軍配型と呼ばれている」
「はあ」
空木は間抜けな声で、そう相槌を打った。それ以外に適切な反応があるだろうか。何を言っているのか半分もわからない。
だから空木はこう言った。
「もっと簡単に。わかりやすく」
空木の要求に対して、声は即座にこう応える。
「変わった形の水晶」
何だ。水晶か。それなら知っている。
いや。そうじゃない。これが日本式双晶とやらで、声が――私の名は日本式双晶――だと言うのだから、当然、この声は目の前の奇妙な石から発せられているだろう。
しかし、どうしてそんなものが話しかけてくるのか。というか、さっきから普通に会話をしてしまっているが――
混乱する空木に向かって、日本式双晶はさらにこう言った。
「さて。空木。こちらはいろいろと事情もわかってきたところだ。君の言う呪いがどうなるかは私にもわからないが――私たちは、この件で協力し合えるのではないかと思う」
「待て待て。一方的にそんなことを言われてもだな……」
空木は慌てて相手の話をさえぎった。そちらは事情がわかっているのかもしれないが、こちらは何の事情もわからない。そもそも――
「そもそも、だ。おまえは結局――何なんだよ」
日本式双晶はふむと呟くと、しばらくしてからこう答える。
「私は君の持つ、その石に宿る意識だよ。槐はよく式神のようなもの、と言っているが――ここは寺院だから、護法のようなもの、とした方が良いかな」
式神は陰陽師が使役する霊で、護法は高僧が使役する童子や鬼神のこと――だったか。空木はそういった知識に明るいわけではないが、仕事でその手の記事を書かされたときに調べた気がする。
「いや。そんな気づかいをされても……しかし、式神、ねえ。兄貴に聞かせたら、何て言うか」
空木は思わずそう呟いた。返答を期待してのことではなかったが、日本式双晶は思いがけない反応を示す。
「君の兄、か。彼のことは注意した方がいいかもしれない。しかし、今回の場合は――あるいは、それがいいように作用した結果なのかもしれないが……」
意味深な言いように、空木は思わず首をかしげた。
「何だそれ。いいか。あの人はな――筋金入りの幽霊否定論者だぞ」
筋金入り、なんて言葉では生ぬるいかもしれない。空木の兄は、そういうことを蛇蝎のごとく嫌っている。何せ、空木がその手の本を読んでいるだけでも、くどくどと説教をし始めるくらいだ。
そうして兄のことを思い出しているうちに、空木はふと、いや――と思い直した。
あれだけ頑固に否定するからには、兄は今まで、そういったものを目の当たりにしたことなどないだろう。しかし、今なら空木の目の前に、人の言葉を話す石があるではないか。
「おまえの声を聞かせれば、そういうものがあると認めざるを得ないんじゃないか? よし。今まで散々扱き下ろしてくれたことを、後悔させてやる」
そう言って、空木は意気揚々と兄のところへ向かおうとする。しかし、そうして中腰になったところで、日本式双晶はこう言った。
「それは無理だろうな。石英ほどであればわからないが、私には声をかけることすら難しい。君の兄はそういう体質なんだ。店にもそういう人物が何度か来たことはあるが、桜石が給仕もできないと困っていたよ」
「……どういう意味だ?」
出端を挫かれた空木は、仕方なく元いたところに腰を下ろす。そうして、手のうちにある変わった石に、問い詰めるような視線を向けた。
日本式双晶はこう答える。
「君の兄は、そうだな――霊などを打ち消す体質を持っている、と言えばいいだろうか」
「何だそれ……」
それが本当だとすれば、兄をやり込める方法はないに等しい。あの兄を打ち負かすことについては早々に諦めて、空木は代わりに――目の前にある、話す石という奇怪な存在と向き合うことにする。
箱を目の前にして、空木はひとり考え込んでいた。場所は実家の自室。国栖の葉とはひとまずその場で別れている。何かあったときには連絡するように言い含めたが――実際にそれがあるかどうかはわからない。
目の前には彼女から受け取った箱。しかも、開けてはならない箱だ。開けるな、と言われた箱ほど開けてみたくなるものだろう。この話の流れからすると、むしろ開けない方が不自然ですらある。
しかし――しかし、だ。
開けるな、と言った相手のことを考えると、まさか何かの振りでそんなことを言った、ということはないだろうとも思う。開けるべきではないか、などと考えているのは、空木が勝手に――変な方向に――気を使っているだけだ。
どう考えても、この箱は開けるべきではない。
しかし、そうは思っても気になることではあった。中を見れば、少しは彼女の現状がわかるかもしれない。それを知ることができたなら――
そんなことを考えてしまって、空木はどうにも吹っ切れずにいた。箱を目の前にして座り込み、空木はもう一時間以上も、それをじっとにらみ続けている。
箱は細長い小さな箱だ。漆塗りに蒔絵が施されていて、結ばれた組み紐で閉じられている。用途としては――文箱だろうか。
そろそろ箱にも見飽きていた頃で、それをながめながらも空木は――小学生の頃に使っていた筆箱はこれくらい大きさと形だったな――などと、益体もないことを考えていた――そのとき。
「その箱の中。私が君に見せようか。空木」
どこからか唐突に声がした。しかも、自分の名を呼んでいる。幻聴――かどうかはわからないが、明らかに自分に対する問いかけだ。
得体の知れない声が聞こえても、空木は冷静だった。しかし、同時に迷ってもいた。応えるか、無視するか。取るべき行動は、その二択しかない。とはいえ。
そもそも、この声はどこから聞こえてきたのだろう。
空木は思わず目の前の箱を手に取った。箱の中を見せようか、というからには、箱の中からそう聞こえてくることは不自然に思える。だとすれば――
そんなことを考えているうちに、声はまた話しかけてくる。どこからともなく。
「箱の中を知りたくはないか? 空木。そうだな……入っているのは、たくさんの――えぐりとられた眼球のようだが」
その言葉から、空木は箱の中にぎっしりと詰まった目玉を想像してしまう。
空木は思わず箱を取り落とした。声も上げずに。その反応に、声だけの存在は、ふふ、と忍び笑いをもらす。
「冗談だよ。空木」
「なんだってそんな冗談を!」
空木は思わず、そう声を上げてしまっていた。うかつな突っ込みに対して、空木が密かに後悔しているうちにも、声はこんなことを語り始める。
「『今昔物語集』にそんな話があったことを思い出してね。通りすがりに開けてはならない箱を託された男がいたが、そのことを妻にあやしまれて箱は開けられてしまう。という話だ」
今昔物語集って――またそれか。そんなものをやたらと引用する人物には覚えがある。
そう思った空木は、声のことを無視することは諦めて、仕方なく――どこに視線を向けていいかもわからないまま――虚空に向かってこう呼びかけた。
「おまえ……つまりはおまえも、あの店の一味ってことだな。そうだろう。あの――石の店だとか言う……」
店主を車に乗せて実家までの道を走った、あのときのことを思い出す。空木は確かに、彼のものではない誰かの声を聞いていた。理屈はわからないが、この声もおそらく同じものだろう。
「一味? おもしろいことを言うな。空木」
そう言って、姿なき声はまた笑う。何となく、あのとき雷を発生させた――と思われる――声とは違うような気がした。
それにしても、ずいぶんと気さくな怪奇現象だ。そんな空気に絆されたわけでもないだろうが、空木もまた、軽い調子でこうたずねた。
「それで? その話では、箱の中を見たそいつはどうなるんだ?」
「ほどなくして亡くなった、とのことだ」
――よくそんな話を持ち出してきたな。嫌がらせか。
空木はため息をついたが、声はやはり笑っている。
「私は石英に、堅苦しい、などと言われているものでね。槐はよく、そういった話をしていたから」
空木は思わず顔をしかめた。
――誰だよ。せきえいって。
「何のつもりか知らないが、おまえの大将のあれは、洒落で言ってるんじゃないだろう……天然だろう……」
それを断言できるほど、長くつき合いがあるわけではないが。あのとぼけた店主。あれが素ではないとしたら、それはそれで何か嫌だ。
空木がそんなことを考えている間にも、声はおもしろそうにこう返す。
「大将? 槐のことか? 大将、か。なるほど。やはりおもしろいな。空木は」
「そりゃどうも」
相手との温度差に、空木は問い詰める気も失せていた。得体の知れない相手に、これでいいのか、と思わなくもないが。ともあれ。
投げやりな空木のひとことに対して、声の方は幾分あらたまったかと思うと、こんな風に話を切り出した。
「さて。このまま正体を明かさないというわけにもいかないな。空木。槐から受け取ったものがあっただろう。お守りとして。それを開けてみるといい。こちらなら、開けたとしても何の問題もない」
受け取ったもの。その言葉で空木はようやくそれに思い至った。百鬼夜行に会ったあと、あの店主から渡されたもの――それがこの現象を起こす、何かだと言うのか。
声の言う、そのお守りを、空木は家の鍵と一緒に持ち歩いていた。生まれのせいか、親の教育のたまものか、空木は意外とこういったものを無下にできない質だ。
取り出したそれは、手のひらに収まるほどの小さな布袋だった。結んである紐をほどいて、空木はその中をのぞき込む。中に入っていたのは――
入っていたのは――
――何だこれ。
逆さまにした布袋から出てきたのは――おそらく、石。少し白いもやがかかっているが透明で、平たく角ばった奇妙な形をしている。これは――
これは何だ。
「私の名は
どこからともなく聞こえる声は、そう言った。空木は戸惑う。
日本式双晶。何だそれは。何が日本式なんだ。いや――そもそも、日本式とは何のことだ。
そんな疑問に答えるように、声はこう続ける。
「私は鉱物としては石英だ。その中でも双晶と呼ばれる特殊な形状をしている。双晶とは単結晶同士が一定の角度で接合したもので、いくつか種類があり、そのうち八十四度三十三分の角度で接合したものを日本式と言う。明治時代に多く産出したことで、この名がついた。私の形状はその中でも軍配型と呼ばれている」
「はあ」
空木は間抜けな声で、そう相槌を打った。それ以外に適切な反応があるだろうか。何を言っているのか半分もわからない。
だから空木はこう言った。
「もっと簡単に。わかりやすく」
空木の要求に対して、声は即座にこう応える。
「変わった形の水晶」
何だ。水晶か。それなら知っている。
いや。そうじゃない。これが日本式双晶とやらで、声が――私の名は日本式双晶――だと言うのだから、当然、この声は目の前の奇妙な石から発せられているだろう。
しかし、どうしてそんなものが話しかけてくるのか。というか、さっきから普通に会話をしてしまっているが――
混乱する空木に向かって、日本式双晶はさらにこう言った。
「さて。空木。こちらはいろいろと事情もわかってきたところだ。君の言う呪いがどうなるかは私にもわからないが――私たちは、この件で協力し合えるのではないかと思う」
「待て待て。一方的にそんなことを言われてもだな……」
空木は慌てて相手の話をさえぎった。そちらは事情がわかっているのかもしれないが、こちらは何の事情もわからない。そもそも――
「そもそも、だ。おまえは結局――何なんだよ」
日本式双晶はふむと呟くと、しばらくしてからこう答える。
「私は君の持つ、その石に宿る意識だよ。槐はよく式神のようなもの、と言っているが――ここは寺院だから、護法のようなもの、とした方が良いかな」
式神は陰陽師が使役する霊で、護法は高僧が使役する童子や鬼神のこと――だったか。空木はそういった知識に明るいわけではないが、仕事でその手の記事を書かされたときに調べた気がする。
「いや。そんな気づかいをされても……しかし、式神、ねえ。兄貴に聞かせたら、何て言うか」
空木は思わずそう呟いた。返答を期待してのことではなかったが、日本式双晶は思いがけない反応を示す。
「君の兄、か。彼のことは注意した方がいいかもしれない。しかし、今回の場合は――あるいは、それがいいように作用した結果なのかもしれないが……」
意味深な言いように、空木は思わず首をかしげた。
「何だそれ。いいか。あの人はな――筋金入りの幽霊否定論者だぞ」
筋金入り、なんて言葉では生ぬるいかもしれない。空木の兄は、そういうことを蛇蝎のごとく嫌っている。何せ、空木がその手の本を読んでいるだけでも、くどくどと説教をし始めるくらいだ。
そうして兄のことを思い出しているうちに、空木はふと、いや――と思い直した。
あれだけ頑固に否定するからには、兄は今まで、そういったものを目の当たりにしたことなどないだろう。しかし、今なら空木の目の前に、人の言葉を話す石があるではないか。
「おまえの声を聞かせれば、そういうものがあると認めざるを得ないんじゃないか? よし。今まで散々扱き下ろしてくれたことを、後悔させてやる」
そう言って、空木は意気揚々と兄のところへ向かおうとする。しかし、そうして中腰になったところで、日本式双晶はこう言った。
「それは無理だろうな。石英ほどであればわからないが、私には声をかけることすら難しい。君の兄はそういう体質なんだ。店にもそういう人物が何度か来たことはあるが、桜石が給仕もできないと困っていたよ」
「……どういう意味だ?」
出端を挫かれた空木は、仕方なく元いたところに腰を下ろす。そうして、手のうちにある変わった石に、問い詰めるような視線を向けた。
日本式双晶はこう答える。
「君の兄は、そうだな――霊などを打ち消す体質を持っている、と言えばいいだろうか」
「何だそれ……」
それが本当だとすれば、兄をやり込める方法はないに等しい。あの兄を打ち負かすことについては早々に諦めて、空木は代わりに――目の前にある、話す石という奇怪な存在と向き合うことにする。