第70話
文字数 1,612文字
エゲラとキュライ族を配下の者に任せると、サガルは急いで旧スンク族の元へ走った。そこで偶然シジンを見つけると、サガルはやや性急に彼に尋ねた。
「おお、シジン。ここには誰かタクグスどのに近しかった者はおらぬか」
「近しかった者というと、元族長の親類でござるか?」
「いや、親族でなくても構わぬ。近くに侍っていた者なら誰でもよい」
シジンに尋ね返されてサガルは性急さを保ったまま再度尋ねた。
サガルはキュライ族が降ってきた今こそが、次の方針を決める機だと悟っていた。が、具体的にどうすればいいのか思いつけなかったのだ。タクグスには「その時になればわかる」と言われていたのにとんと次の道が見えてこないことに、サガルはやや焦っていた。このまま北河を渡って内乱に参加するような単純な話ではないことくらいはわかる。そこまではわかるのだがその先が見えないのである。
それゆえサガルは再度「わからないことは誰かに尋ねる」を実行したのだ。この場合、一番の知恵者であるタクグスはいないが、もしかしたらこの件について、彼の近くにいた者は聞いたことがあるかもしれない。あるいはそうでなくとも、タクグスの近くにいた者であれば、彼の薫陶を受けて知恵の回る者がいるかもしれない。
そう考えて訪ねたのだが、シジンに案内されて何人かの天幕を回った後、サガルは落胆した。全員タクグスから何一つ聞かされておらず、自身の知恵も持ち合わせていなかったのである。考えてみればシン族に降ったスンク族は、どちらかといえば元々騎馬民族寄りの性情を持つ者ばかりで、つまり知より勇を好むのだ。「タクグス寄り」の者であれば、彼について一緒に北へ帰ってしまっただろう。
新族長への忠誠心からシジンは最初から最後まで案内を続けたのだが、想像以上に若き族長が落胆していることに驚いて尋ねた。
「いったい何事があったのですか」
ついては行ったがおのおのの天幕には入らず外で待っていたシジンはサガルの目的を知らない。落胆したサガルは、馬を力なく歩ませながらシジンに事情を話した。話したところで意味はないと思っていたので半ばは愚痴だったが、シジンは不思議そうに口を開いた。
「北河以南を族長がお取りになればよろしいのでは?」
シジンのその言葉を聞いたサガルは、かすかな間の後、弾かれたように顔を上げて彼を見た。
「…なんだと?」
「いえ、北河以南から逗河に至るまでの領域は、今は誰も支配する者がいない状態です。そこを族長がお取りになって治めよということではないかと…」
と、シジンは不思議そうな表情を隠さずサガルに言う。
「……!」
シジンの言葉の意味をサガルの脳が咀嚼するのにやや時間がかかったが、理解した途端、今度は弾かれたように南を見る。そこには平野が広がるだけで別段なにがあるわけではないが、彼の脳内には一気に地図が広がった。
そうだ、そうなのだ。
ズタスの病のため攻略を半ばにせざるを得なかったが、央華大陸を南北に二分する逗河までは進撃したのである。だがその後は自分たちの内乱が忙しく、その領域は誰が治めるわけでもなく放り出しっぱなしであったのだ。
しかも北河以北は内乱で忙しく、南へ兵を送る余裕もなく、逗河以南の南庸は最後の軍隊までサガルに蹴散らされ、もう北上してくる力も意気もない。
つまり北河以南から逗河に至る広大な領域は、現在無政府状態で、障害となる武力も存在しない。取り放題、狩り放題の、夢のような空間だったのだ。
さらにその領域は、当然ながら北河以北より温暖で生産力も高く、人口も多い。この時代、国力=人口であり、ここを治めれば内乱に勝利した者が治める北河以北以上の力を手に入れられるのだ。
そして今現在それが出来る立場にあるのは、この大陸でサガルただ一人であった。
「……」
あまりのことにサガルは再度口を開けたまましばし呆然としてしまい、自分の間の抜けた表情に気づけないほどだった。
「おお、シジン。ここには誰かタクグスどのに近しかった者はおらぬか」
「近しかった者というと、元族長の親類でござるか?」
「いや、親族でなくても構わぬ。近くに侍っていた者なら誰でもよい」
シジンに尋ね返されてサガルは性急さを保ったまま再度尋ねた。
サガルはキュライ族が降ってきた今こそが、次の方針を決める機だと悟っていた。が、具体的にどうすればいいのか思いつけなかったのだ。タクグスには「その時になればわかる」と言われていたのにとんと次の道が見えてこないことに、サガルはやや焦っていた。このまま北河を渡って内乱に参加するような単純な話ではないことくらいはわかる。そこまではわかるのだがその先が見えないのである。
それゆえサガルは再度「わからないことは誰かに尋ねる」を実行したのだ。この場合、一番の知恵者であるタクグスはいないが、もしかしたらこの件について、彼の近くにいた者は聞いたことがあるかもしれない。あるいはそうでなくとも、タクグスの近くにいた者であれば、彼の薫陶を受けて知恵の回る者がいるかもしれない。
そう考えて訪ねたのだが、シジンに案内されて何人かの天幕を回った後、サガルは落胆した。全員タクグスから何一つ聞かされておらず、自身の知恵も持ち合わせていなかったのである。考えてみればシン族に降ったスンク族は、どちらかといえば元々騎馬民族寄りの性情を持つ者ばかりで、つまり知より勇を好むのだ。「タクグス寄り」の者であれば、彼について一緒に北へ帰ってしまっただろう。
新族長への忠誠心からシジンは最初から最後まで案内を続けたのだが、想像以上に若き族長が落胆していることに驚いて尋ねた。
「いったい何事があったのですか」
ついては行ったがおのおのの天幕には入らず外で待っていたシジンはサガルの目的を知らない。落胆したサガルは、馬を力なく歩ませながらシジンに事情を話した。話したところで意味はないと思っていたので半ばは愚痴だったが、シジンは不思議そうに口を開いた。
「北河以南を族長がお取りになればよろしいのでは?」
シジンのその言葉を聞いたサガルは、かすかな間の後、弾かれたように顔を上げて彼を見た。
「…なんだと?」
「いえ、北河以南から逗河に至るまでの領域は、今は誰も支配する者がいない状態です。そこを族長がお取りになって治めよということではないかと…」
と、シジンは不思議そうな表情を隠さずサガルに言う。
「……!」
シジンの言葉の意味をサガルの脳が咀嚼するのにやや時間がかかったが、理解した途端、今度は弾かれたように南を見る。そこには平野が広がるだけで別段なにがあるわけではないが、彼の脳内には一気に地図が広がった。
そうだ、そうなのだ。
ズタスの病のため攻略を半ばにせざるを得なかったが、央華大陸を南北に二分する逗河までは進撃したのである。だがその後は自分たちの内乱が忙しく、その領域は誰が治めるわけでもなく放り出しっぱなしであったのだ。
しかも北河以北は内乱で忙しく、南へ兵を送る余裕もなく、逗河以南の南庸は最後の軍隊までサガルに蹴散らされ、もう北上してくる力も意気もない。
つまり北河以南から逗河に至る広大な領域は、現在無政府状態で、障害となる武力も存在しない。取り放題、狩り放題の、夢のような空間だったのだ。
さらにその領域は、当然ながら北河以北より温暖で生産力も高く、人口も多い。この時代、国力=人口であり、ここを治めれば内乱に勝利した者が治める北河以北以上の力を手に入れられるのだ。
そして今現在それが出来る立場にあるのは、この大陸でサガルただ一人であった。
「……」
あまりのことにサガルは再度口を開けたまましばし呆然としてしまい、自分の間の抜けた表情に気づけないほどだった。