第69話

文字数 1,084文字

 これは一体どういうことか。好き勝手戦い、好き勝手遊んでいただけの自分に信じられないほどの果報が次々と舞い込んでくる。これほどの幸運は、喜びより恐ろしさをサガルに覚えさせた。
 が、サガルはここでふいに、ようやく気がついた。
「そうか、タクグスどのはここまで見越して…」
 タクグスは知っていたのだ。いま北方の内乱に参加している将兵たちの心情を。同時にそれは選別の意図も込められている。全員がエゲラのように考えるわけではない。北で争っている者たちの中でも、我欲にまみれ、ただただ同民族の間で殺し合うことに疑問を持たない者たちと、自らの行為に疑義を覚え、騎馬民族としての正しき道を思い出しかけた者たちとに分かれるはずである。そしてサガルの戦いは、後者の心に強いゆさぶりをかけられる。それは感動と言い換えてよく、人は自分を感動させてくれた者に無条件の好意と敬意を覚え、そのような者についてゆきたくなるものだ。自分がやっていることに疑問を持ち、道に迷っている者ならなおさら。
 そのような者たちがサガルを頼って降ってくるのは自然なことであった。つまりサガルは、良質の精神と強い忠誠心を持つ精強な兵を、黙って待っているだけで得られるのである。
 それをすべて、タクグスが仕組んだのだ。
「恐ろしい男だ…」
 タクグスに対して強い感謝も覚えたサガルだが、それ以上に恐ろしさを覚えた。ここまで先を見越してなにもかもを仕組むことが人に出来るのだろうか。敵にすれば恐ろしすぎる。
「今からでも追って討つか?」
 そのようにすら考えてしまうサガルだが、タクグスたちが去ってすでに一週間。これから追手を差し向けても間に合うはずがない。無為に時間を過ごしてしまったと後悔も覚えるが、ここでまた気づいた。
「そうか、そのような可能性も考えて、タクグスどのはおれに遊んでいろと告げたのか」
 タクグスはサガルを信じ、サガルもタクグスを信じてはいるが、戦場で生きる男たちに甘さがないことも知悉している。本来の信義は信義として、現実に対応することにためらいはない。何が起こるかわからぬ乱世である今、タクグスはサガルの心に、自分が逃げるための時間を稼ぐ枷をかけたのだ。
「どこまでも食えぬ人だ」
 が、サガルはそんなタクグスに怒りは覚えなかった。掌の上で踊らされたことに悔しさはあるが、深刻なものではない。むしろおかしさすら覚えるほどである。実際、サガルは喉の奥で「くっ、くっ、くっ」と小さく笑い、それを終えると、いささか訝しげな顔でこちらを見ているエゲラに真摯な笑顔を向けた。
「歓迎する、エゲラどの。ぜひ我が族で励んでくれ」

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登場人物紹介

ズタス……遊牧騎馬民族・コナレ族族長

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