第12話

文字数 2,485文字

 翌日。コハダ探偵事務所で会議が開かれた。小出所長が事前に港東区内で起きている詐欺事件について篠宮警部の見解を聞いていた。土町で起きた金融詐欺事件は証券会社の社員を騙り、一か月後に売却すると十倍の額になるからと紙くず同然の証券を売りつけるという手口だった。詐欺犯はあせらずに営業マンのふりをして、優しくじっくりと関係性を作ってから陥れる。篠宮警部によると近年の高齢者を狙った特殊詐欺は、代表的なオレオレ詐欺や還付金詐欺のみならず、財務省の役人を騙りキャッシュカードをだまし取るなど多様な手口があり、詐欺グループも複数存在しているという。
 高齢者を狙った特殊詐欺犯罪が増え始めると同時に、高齢者の個人情報データが、売買されるようになった。データの情報内容は氏名住所のみならず家族構成から資産情報までに仔細に及ぶ
詐欺犯は、その情報の中から多額の資産をもつ高齢者たちを選んで、犯行におよぶ。港東区内で詐欺犯罪が重なって起きているということは、その個人情報データが流出していると考えてまず間違いない。もちろん源二の情報もしかりだ。よって源二が騙されて詐欺犯と接触している可能性は高い。
 ペコが大きなあくびをして会議も結びを迎えようとしているときに、孝司のスマホがふるえた。小林真輔と画面に表示されていたため、孝司はスマホの画面を所長に見せて目顔で、気を付けるよう伝えると言って電話に出た。
 孝司はしばらくの間、真輔の話を聞いていた。
「わかりました。真輔様はご自宅にいてください」
そう締めくくると、スマホを耳からはなし深くため息をついて、所長とペコを見た。
「源二さん。また出て行っちまったって」

 テレビ画面にはサザエさんのエンディングが流れている。孝司とペコは帰宅すると笑点を見ながら、真輔からの電話を待っていた。黄色い着物の林家木久扇がテレビカメラに手をふり、そのあとに始まった、ちびまる子ちゃんも最後まで見た。
そしてサザエさんのオープニングテーマがはじまると、「遅せえなあ」と孝司は部屋のなかでタバコに火をつけたもんだから、ペコに引っ掻かれてベランダに避難した。ベランダでゆっくりタバコを吸って部屋にもどると、テレビ画面はすでにサザエさんのエンディングを、何もなかった平和な日曜日をやさしく締めくくるように映しだしていた。
「遅せえなあ。大丈夫かなあ」孝司は眉根をよせてスマホを見た。落ち着かない様子で手のひらを、閉じたり開いたりしている。
 とうとう詐欺グループと接触中とか!
「めったなこと言うもんじゃねえ」
 孝司が、尻尾を左右に揺らしているペコを睨むとほどなくしてスマホがふるえた。
 スマホに出て、真輔の話を固い表情で聞き入る。
「はい。良かったあ!そうですか。でもなんでそんなところで。私と飲みに行った時は、詐欺の騙り話に乗っているようなふしはまったく見られませんでした」
 明日また対策を検討しましょうと孝司は締めくくり、スマホを切った。
 孝司はスマホをベッドに投げると、冷蔵庫をあけて缶ビールを取り出し、プルリングを開け、ベランダの窓を開けた。
 真輔さんなんて?
 ペコが孝司の足元に近づき、脛に肉球を押しあてた。
「五郎さんと一緒に帰ってきたって」
 なんで?ペコの丸い目が余計に丸くなる。
「五郎さんが木戸町の銭湯から出てくると、源二さんにばったり会ったんだとさ。それで一緒に帰ってきたと。しかしなんで五郎さんはわざわざ木戸町の銭湯まで・・」
 銭湯マニアなのよ。いろんな町の銭湯に入っては写真に撮ったり、屋号が書かれたタオルを買ってくるんだって。コレクションしてるのよ。
 孝司は腕を組んで頷きながら小さく唸った。
「なるほど。その気持ち。よくわかる」
 いや、孝司。ちがうよ。そこじゃないでしょ。源二さんでしょ。
「そうだった。すまん。一週間後に尾行する。真輔さんも協力してくれることになった」
 
 先週は江戸切子の見学取材が主であったが、今週は実際に自分で文様を考え、グラスをカットする江戸切子体験教室に、孝司とペコは参加することとなった。
 孝司は青、ペコは桜色のグラスを選んだ。孝司は額に汗をうかべて、真剣な表情でグラスにカットを入れていく。源二の指導とアドバイスは的確であり、孝司は源二の言葉に、強く頷きながら自分の作品づくりを進めていく。
 すっかり源二と親しくなった孝司は、午後の休憩時間に仏間に招かれた。大相撲の絵番付を見せてあげるから一緒にお茶を飲もうと、源二にさそわれたのだ。
 源二はうれしそうにお茶を入れると袋から菓子を取り出し、仏壇に供えてから菓子皿にも数個同じ菓子を入れた。
「キンツバでさあ。女房が大好きでね。ささ、どうぞ遠慮なく」
 源二は孝司に菓子を勧めると大ぶりの湯飲みをかたむけて「あれれ。うすいなあ」と首をかしげた。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「もうそろそろ仕上げにかからねえとな。しかし孝司さん。きみはとても筋がいい。初めてにしちゃ上出来だよ」
「いやいや、そんなあ。褒められたようなもんじゃないですよ」
 そう言って孝司は頭をかいてお茶をすすった。
 ふたりはその後、キンツバを食べながら子どものように、絵番付に目を輝かせては相撲談義に花を咲かせた。
「しかし。源二さんはご立派ですよ」
 相撲談義がひと段落した時を見計らって、源二の女房である静恵の遺影を見上げながら孝司は言った。
 孝司は母親を亡くしたときの喪失感と寂しさから、今も逃れられずにいることを打ち明けた。そして源二が寂しさの中にいながらも、前向きに暮らしている姿を見て励まされたことを話した。
 源二は悲しそうに小さく笑った。
「骨をひろい、納骨をすませ。三回忌もつとめたってえのに、まだ女房はどっかにいるんじゃねえかって毎日思います。恥ずかしながら、寂しくてどうにかなっちまいそうになる時もあります。でも真輔、そして桃子さんがとても良くしてくれる。ふたりには本当に助けられています」
 そう言って源二は静恵の遺影を見上げて「な。静恵」と微笑みかけた。


(次回に3月14日につづく)
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