第5話 米中新冷戦

文字数 5,770文字

 米国はやり方を間違えたのだ。大領域を維持する為に本国以外を貧困に陥らせるやり方は賢いやり方ではない。むしろ、共存共栄を目指すべきだったのだ。不幸中の幸いか世界の中間層は増えつつある。民主主義の機能が作動している証左だ。だが、いつ崩れるか判らない。ジニ係数は世界で悪化したままだ。富裕層と貧困層は二極化されている。こういった状態になると必ず社会の治安が悪化する。売春などが顕著な例だろう。人々が性を捌け口にしている間にも腐敗は進み、やがて内乱が勃発する。貧困が憎悪を駆り立て二分された社会で争いが起きる。その片方で栄える国はますます栄華を手にする。歴史はその繰り返しだ。唯、半分は同じ過ちを繰り返さない様にしている。現代では二分されている国は米国、栄華を手にする国は中華帝国といったところだろう。中華の平和は長く続かないとの見方があるが、恐らくそれはそうならない。技術の進歩、強硬な政策が中華にある限り、中華は道徳と引き換えに繁栄を維持するだろう。労働人口が減れば機械かクローンに任せるであろうし、戦争も同じ様な手法を使い技術を発展させていくことだろう。現代のアジアの優良企業がほとんど中華に占められているところからも未来が窺える。再生エネルギーも中華が世界の首位に座っている。産軍複合体が中華で根付いている良い証明だ。操作型経済は強固なもので中々崩れない。特に軍事力が活性化している時は顕著だ。
 一方で中華にも脆弱性が存在する。多様性がないこと、環境問題についての意識が希薄なこと。環境問題は既に経済に打撃を与える程、問題が表面化している。これを解決する為には多様な発想が必要だが、中華には多様性はない。あるのは強大なまでの技術欲求のみだ。だからこそ中華の答えは単純だ。環境問題の解決は他国が開発した技術を強奪すれば良いだけだ。何も珍しいことではない。中華の発展は米国の技術のコピー、あるいは盗用から発展しているのだから。技術と資本があれば、中華は環境問題でも世界最高峰に立つ可能性もある。但し、それは世界市場の拡張に伴って発展していく形になるだろう。資本が絡まないなら中華は動かない。その逆も然りだ。もし、中華の脆弱性をあげるとしたら地政学的な面に挙げられる。チベットという天然の要塞に守られているとはいえ、隣国にインドがいる。又、南には東南アジア諸国がおり、これを味方に付けなければならない。更にはアフガニスタンを味方に付けても新疆ウイグル自治区問題が解決されなければテロとの戦争に発展する可能性もある。現在、中華はアフガニスタンの貧困を良いことに経済同盟を結んで安定させている。
タリバン政権は元々パキスタンが創設したイスラム原理主義に基づく戦闘訓練を受けた神学生の組織だ。貧困があるとはいえど、新疆ウイグル自治区のことを懸念している兵士は多くいる筈だ。
かつて、ソ連がアフガニスタンに侵攻した時、イスラム世界は一斉に立ち上がった。イスラム教は侮るべきではない。むしろ、キリスト教に次いで世界に最も影響力のある勢力とみなして良いだろう。イスラム世界は新疆ウイグル自治区の現状を快く思っていない。今、比較的沈黙しているのは中華の軍事、経済の双方を無視出来ないからだ。それでも、トルコ共和国は非難声明を世界に発信している。
そういった意味合いでは新疆ウイグル自治区は中華にとって火薬庫なのだ。新疆ウイグル自治区はアフガニスタンと国境を接している。
今はアフガニスタンが貧しいから経済を優先しているが将来はその限りではない。聖戦を掲げた兵士が中華に侵入する可能性は否めない。
米国が多大な犠牲を払いながら完全撤退するのも中華とイスラム世界の衝突を計算の内に含んでいるとも視てとれる。そこにISが絡むと余計に混沌とする。
一方で中華は朝鮮半島において韓国が米国と組んでおり、海を出れば日本、フィリピンとの対立も待っている。フィリピンは狡猾で米国と中華を上手く利用して経済発展をしている。それを可能にしているのが南沙諸島の中華進出だ。北東アジアにとって南沙諸島は重要だ。何故ならシーレーン防衛の要になるからだ。例えば、この国には原油があまりないので輸入に頼っているが、その航路の一つとして南沙諸島を通る道がある。つまり、南沙諸島を押えられると本国防衛も経済も電力も立ち行かないのである。これは米国にとっても同じでアジアで軍事行動を起こす時に南沙諸島を通る。なので、中華に南沙諸島を押えられると不都合極まりないのである。フィリピンはそれを逆手に取った行動を起こしている。フィリピンは麻薬撲滅の為に極端な取り締まりを行い、治安を回復させ、外資企業を誘致している。軍事面では米国と同盟関係にありながら中華にも良い顔を見せ、最新の武器を安く購入している。要するに南沙諸島に対して寛容な姿勢を見せる代わりに最新の武器と経済支援を約束させるのである。すると米国は面白くない。フィリピンとの同盟関係を維持する為に更なる経済支援を約束してくるのだ。こうしてひと昔前には貧困の象徴だったフィリピンは現在ではそこそこに裕福な国として君臨している。
 さて、米国はアジアでの軍事行動を展開しているという話はした。ではどこが重要なのか。それはイラクである。
 ことの始まりは9・11事件に遡る。当時、ワールドトレードセンターに民間旅客機が追突したのは二十年近く前になろうか。当時、テロの主犯としてオサマ・ビン・ラディン氏が挙げられた。この人物、何を隠そう1980年代に起きた旧ソ連のアフガニスタン侵攻時に活躍した西側の英雄である。いや、それを言ったらフセインも同じなのだ。70年代フセイン氏は米国がイランに対抗する為に同盟を組んだ人物の一人なのだから。それがどうして米国の敵となったのか仮説は色々ある。ソ連が崩壊したのも一因だろう。二大超大国の片方が失われたことで世界は米国の支配下に収まった様なものだった。その瞬間、イラクがクウェートに侵攻したのは歴史の分岐点だった。当時のイラクは貿易の拠点である海洋面が狭くクウェートの領土を虎視眈々と狙っていた。米国は多国籍軍を展開し、イラクに勝利した。それ以来米国とイラクは犬猿の仲である。話を少し戻すと荒廃したアフガニスタンにはタリバン政権が国土の大部分を支配していた。この長がオサマ・ビン・ラディン氏である。9・11事件の背後にはタリバンの影があった。当然、報復としてアフガニスタン戦争の勃発である。ここでアフガニスタンを解放したまで自然な成り行きに視える。時の米国は何を考えたのかイラクにまで侵攻したのだ。大義名分はイラクの大量破壊兵器保有の脅威。だが、実際には調査委員会にはそんなものはないとの報告まであがった。ここでロシア、中華、米国の思惑が入り混じる。イラク戦争が泥沼化すればロシア、中華はその分伸び伸び活動出来る。兼ねてよりロシアはクリミア半島の併合を狙っていた節がある。中華は米国が衰えている間に国力を増大する狙いがあったと見て取れる。米国はイラクにあった巨大な石油利権に目が眩んだと視える。その頃から原油の価格が上がりイスラム社会の大頭が目立ち始めた。それも面白くない米国はイスラム社会をいくつかの勢力に分断させた。トルコ、リビア、サウジアラビア王国、イランなど諸勢力に対してである。これらの国々はイスラム世界の盟主の座を狙っていた。ちなみにリビアはアラブの春でカダフィ大佐が失脚した。アラブの春は民主化という面では米国は歓迎したが、内実は面白くなかった。強権を誇る国家はしばしば米国との繋がりがあるからだ。このバランスが崩れるのは米国にとって危惧の種だったに違いない。米国はトルコ、サウジアラビア王国と与した。トルコは押えておかねばならなかったからだ。イスタンブールはロシアのクリミア半島の唯一の出口に値する。ここを抑えることでロシアを牽制出来ると考えているからだ。トルコと仲の悪いサウジアラビア王国と同盟関係を結んだのは経済力と原油埋蔵量世界最大という面からであろう。戦争には原油が付き物だ。その時、原油を豊富に持っているサウジアラビア王国と手を結ぶのは悪くない手である。
 米国も中華もこういった派閥争いを利用して利益を得ることも度々ある。特に中華はドローン産業において世界シェアは四割を超える。それだけではなく中華は監視カメラの世界シェアも五割を占めている。中華は管理型国家であり、民衆のプライバシーという観念がないのだ。街中の至るところで監視カメラが作動しているのは日常光景である。又、一方で少数民族の弾圧にも使われることがしばしばある。近年、世界的に注目を浴びたのはウイグル自治区であろう。ウイグル族はムスリムである為、共産主義とは相容れない。その為、中華は収容所を次々造りウイグル族を投獄している。そこで行われているのは思想洗浄と呼ばれる類のものだ。要はイスラム教を捨てさせ、共産主義に変えてしまえ、という強烈な洗脳である。収容所の数はかつて第二次世界大戦時にナチスが造った収容所を超える規模なのに国際社会が沈黙を貫いているのはそれだけ中華とは争いたくない国々が増えたからだ。中華のやり方はこれまでの支配方法の中で独特だ。相手の国を借金漬けにする代わりに国民生活は豊かにする。これによっていかなる独裁政権国家であろうとも国民生活が向上しているので誰も口出し出来ない。たとえ、口出しする人間がいたとしても中華の軍事力の前には屈せざるえないのである。
逆に米国は衰えた為に世界中から非難される的になっている。
これらはトゥキディアスの罠と呼ばれるものだ。覇権国家が台頭する新興国家と衝突する現象と言えば良いのか。古くは古代ギリシャの歴史に基づくものである。
だが、中華のやり方は米国のやり方と比べて賢い面も存在するのも確かだ。中華は金の使い方というものが上手い。それは華僑にもみられる現象だ。
逆に米国は軍事力に依存している。それも旧式の軍事体系に、だ。
反面、中華はサイバー軍にも注力を惜しまない。近代戦に必要なものに投資を惜しみなくしている。ロシアも似た節がある。
 後、10年もすれば、中華は経済、軍事の両面で米国を追い越す算段が高い。世界銀行が北京に置かれる日もそう遠くない未来かも知れない。中華の強みは人口の規模にも表れている。パクス・シニカも現実味を帯びてきている。
 しかし、欧米は黙らないだろう。スマホの5G戦略においても中華を牽制する動きを見せている。安々と禅譲するつもりはない様子だ。
 米国内では6G戦略を立てることで巻き返しを図ろうとする動きが視られる。
クアッドなどは事実上の軍事同盟である。インドの陸軍戦力を頼りにしているのは明らかだ。
オーカスにおいてはオーストラリアはフランスとの関係より対中戦略に重きを置く様になった。
クアッドとオーカスは将来的に統合される可能性がある。そこに台湾、フィリピン、韓国が加われば対中包囲網は強化される。但し、フィリピン、韓国は最近中華寄りになってきているのが懸念材料だが。
更に米国は新クアッドを発足してイスラエルと中華の親密化を解体しようと考えている。アラブ首長国連邦を巻き込んだのはインド人の出稼ぎが多いことにある。同じ同盟にインドがいれば、インドはアラブ首長国連邦への出稼ぎもやりやすくなる上、経済発展の資金提供も見込まれる。そうすると新クアッドは結び付きが自然と強固な存在になる可能性を秘めている。
 中華も中華で手を打っている。欧州連合がギリシャ危機に見舞われた際、経済的支援を打ち出し、ギリシャの湾岸に準軍事的施設を建設したのも中華だ。更にこれまで人権問題には絶対的に強かった欧州連合に対し、ギリシャを利用して反対声明を出させるなどの手も展開している。これはウイグル問題について効果的な側面も持つ。又、ロシアと組んで英国を欧州連合から分断する様に世論操作した疑いもある。これらはハイブリット戦争と呼ばれる代物で非対称戦争の一環である。非対称戦争とは直接的な衝突をしない戦争のことで経済活動やテロ、挙句に内乱などで敵国を弱体化させる戦争である。ハイブリット戦争は敵対国に信用のあるメディアを設置し、世論をその国にとって悪い方向に仕向け、インターネットを使い、敵国の重要事項を盗み出すといった例が挙げられる。ロシア、中華の得意分野である。
 米国もかつてはそのやり方で通していたが、覇権国家の品格が問われる様になると若干大人しくなった。覇権国家の弱点でもあるといえる。頂点に立つ故に品格も又問われる。かつての大英帝国も二枚舌、三枚舌外交を得意とし、世界で戦争の火種を造り、それによって利益を得ていた面もあったが、最終的に米国に覇権の座を禅譲している。ジョン・ブルとは英国を言い表す言葉だが、ジョン・ブルは老いも楽しむことから覇権国家は頂点としてそれ相応の品格が求められる。
 これは中華とて例外ではない。中華が覇権を手にすればそれ相応の品格が世界から問われるのだ。多少のわがままは許されるかも知れないが、リーダー国家として他国を援助しなければならない場面も出てくるだろう。
 だが、中華は援助の在り方そのものを根本的に変えている。国を豊かにする代わりに国の資源を吸収する援助方法はこれまで民主化を求めがちだった米国や欧州連合とは異なるスタンスである。逆に米国や欧州連合も中華のやり方を参考にし始めているのが現状だ。
 チャイナ・スタンダードという言葉がある位、中華のやり方は世界基準と比べられる様になってきている。ただ、やはりというべきか中華のやり方には賛同出来ない。中華は民主主義の基本である人権を無視しているからだ。全共生社会ともいうべきか。中華にはその概念がない。環境は破壊しているし、石炭の消費を減らしたと主張しているが、実体は発展途上国に石炭火力発電を造って石炭を輸出しているだけなのだから性質が悪い。米国以上に強かなやり方を好むのが中華式だ。
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