第1談 ネタバレあらすじ&最初の感想

文字数 3,875文字

2023年8月某日。

本日の課題図書は、

ギュンター・グラスの『蟹の横歩き』です。

ドイツの作家ギュンター・グラスは、1999年にノーベル文学賞を受賞してますね!

代表作は、映画にもなった『ブリキの太鼓』です。

まずは、あらすじと登場人物を確認しよう。
※ネタバレ注意※

この小説の一人称の語り手パウルは、1945年1月30日、ヴィルヘルム・グストロフ号がソ連の潜水艦に撃沈された日に生まれた。

パウルの母トゥラは、グストロフ号に乗船していた1万人以上のドイツ人避難民の一人だった。


救助船の上で生まれたパウルは、父を知らずに育ち、成長してジャーナリストになる。

母トゥラは、この惨事について書くことが「義務」であると、息子パウルに繰り返し言い続けていた。

グストロフ号の沈没事件について調べ始めたパウルは、www.blutzeuge.de. というウェブサイトと出会う。

このサイトでは、グストロフ号の名前の由来であるヴィルヘルム・グストロフの人生について詳しく説明されていた。


スイスのナチス党幹部ヴィルヘルム・グストロフは、ユダヤ人青年ダヴィド・フランクフルターに射殺されたことで、「殉教者」として彼を追悼する記念碑が建てられ、新造船の名前となったのだ。


パウルは、このサイトの運営者が自分の息子コニーであると気づく。

妻ガビーと離婚した後、パウルは離れて暮らす息子コニーと疎遠になっていた。

グストロフ号の沈没から生きのびた祖母トゥラの体験談を聞いたコニーは、船の沈没だけでなく、名前の由来の物語にも熱中するようになっていた。

コニーが立ち上げたサイトのURLの、blutzeugeとはドイツ語で「殉教者」の意味ですね。

サイトの掲示板でコニーは「ヴィルヘルム」と名乗り、「ダヴィド」と名乗る匿名の人物を相手に、グストロフ号の事件について激しい議論を交わしていた。

仮想世界で知り合った二人は現実世界で会うことを決め、一緒にグストロフの記念碑を見に行く。

そこで「ダヴィド」は記念碑に唾を吐き、「ヴィルヘルム」に扮したコニーは「ダヴィド」を銃で撃って殺した


事件の後、仮想世界でユダヤ人になりきっていた「ダヴィド」の正体は、両親ともにドイツ人の家庭で育った、生粋のドイツ人青年ヴォルフガングだったことが判明する。



殺人事件を起こして少年院に収容された息子コニーが今、新たな「殉教者」としてインターネット上で称賛されている事実を知り、パウルは愕然とするのだった。 【完】

それでは皆さん、読んでみての感想をどうぞ。

感想を一巡したのち、疑問に思ったところを話し合いましょう。

とても面白く、良い本を読ませてもらいました。
単線的な物語しか読んだことがなかったので、正直、読んでいて頭が痛かった。 

池内紀流の独特の工夫した力ある翻訳は良かったですね。

現代と過去が入り混じった物語進行が難しく、ぼくも読んでいて眠くなりました……


サイトの主が息子コニーではないかと疑惑が出たあたりから、物語として筋が出てきて、最後の事件まで一気に読めました。

二度目に読んだときは、全体を面白く感じました!

高校の時、世界史の授業は寝ていたので知識が無く、初めて知って勉強になったよ。
わたしもグストロフ号事件というのを初めて知りました!

日本では対馬丸事件がよく知られてますけど、ドイツでも同様の事件があったとは……

日本でも同じように、沖縄からの避難民を乗せた船が撃沈されましたね。

戦争であれば、女や子供であっても命が狙われてしまう……

対馬丸

1944年8月22日、アメリカの潜水艦に撃沈された対馬丸には、疎開児童や一般の疎開者が多く乗船していた。犠牲者は1484名と言われている。


グストロフ号

正確な乗船者数は不明だが、犠牲者は9000名を超えると言われる。

客船の命名の元になったグストロフという人物の来歴も初めて知りました。

スイスにもナチスの支部があって、党の支持者がこれほど多かったとは驚きでした。

読んでいて、吉田満の『戦艦大和ノ最期』が思い浮かんで……

1972年のミュンヘンオリンピックの事件に若い頃かなり衝撃を受けたのも、思い出しました。

ミュンヘンオリンピック事件

1972年にパレスチナの武装組織「黒い九月」がオリンピック開催中にイスラエルの選手11名を殺害した事件。

この小説が書かれたのは約20年前、ちょうど9.11テロ事件が起こって、何かあるたび「愛国心」が叫ばれた時代だったのを思い出したわ。

なるほど、『蟹の横歩き』は2002年の出版なので、9.11テロの翌年に当たりますね。

コニーが「ダヴィド」を殺す場面は唐突だけど、やまゆり園事件など、実際に同様の事件が起こっている気がする。

たしかに、人種差別によるヘイトクライムも、障碍者差別によるヘイトクライムも、根っこは同じなのかもしれませんね……

どちらも本人ではどうしようもない、生まれ持ったものですから。

作中に書かれていたような、ネット上でのヘイト発言の応酬というのは実際に見られることです。

なぜ作者はこの題材を取り上げようと思ったんですかね?

この小説は、二つの物語からできています。

一つは、西側でも東側でも長い間タブーだったグストロフ号事件を歴史の闇から引きずりだして、明らかにすること。


もう一つは、パウルの息子コニーはどのようにして「ダヴィド」を殺すに至ったのか。

コニーが起こした事件について、作中では父親不在の問題と片付けられてしまってるけど、皆で話すべきことがおざなりにされた結果として、親子関係の問題があると思う。


親子で大事なことを正面から話さない。

祖母トゥラはグストロフ号沈没事件の歴史を誰かに書いてほしくて、孫コニーに体験を語って聞かせたけど、コニーは結果的にナチス信奉者となってしまった……


過去と現代の関わりが面白かったですね。

グストロフ号沈没の生き残りであるトゥラは、ジャーナリストになった息子パウルが沈没事件について世界に発表することを切望したが、パウルは事件に「鍵をかけたまま」(37頁)放置し、歴史の闇に葬ることに加担してしまった。


トゥラはそんな息子を「できそこない」「役立たず」(105頁)と罵った。

パウル自身は「この日に生まれたくなかった」(158頁)と語ってる。

戦争や災害から生き残った人というのは、誰もが重荷を背負っているんだよね……

トゥラは息子の代わりに、孫コニーにグストロフ号沈没の悲劇を語り、ソ連軍によるドイツ避難民に対する暴虐や戦時性暴力の話を吹き込んだ。

コニーにパソコンを買い与えたのも、ピストルを与えたのも、父であるパウルではなく、祖母トゥラだった。


コニーが殺人を犯すに至るまでの条件を整えたのは、トゥラだと言えます。

この祖母トゥラの人物像が興味深いよね。


トゥラは友人イェニーの養父を平気で密告するし、どこでも立ち回りが上手いでしょ。

彼女はいったい何を信じているのかな?

作中では、トゥラはナチス政権のときはナチス信奉者で、東側になったら、ころっとスターリン信奉者になっていますね。
トゥラは、暗殺されたヴィルヘルム・グストロフを「ユダヤ人のシオニズムの犠牲者」(102頁)と呼んでいて、コニーは祖母の考えに影響を受けていますね。

祖母トゥラも父パウルも、「本当の信念を持っていない」ところが特徴です。

右にも左にも行き、中庸を保っている。


それがタイトルの『蟹の横歩き』なのですが、作者はどういう意図があって、確固たるものが無い人物として設定したのでしょうか?

パウルは「蟹の歩き方」のように右にも左にも出すぎないで、なるべく公正に見せるよう、中庸を保つことを信条にして生きてきた。(11頁, 36頁, 120頁, 232頁)


息子コニーは、こうした父パウルに向かって「信念を持ってない」(123頁)と批判するわけですね。
コニーが右翼の集まる居酒屋でグストロフ号事件について講演したと知っても、パウルは「リベラルの家庭で育てられた息子がそうやすやすと右へ迷いこむはずがない」(84頁)と甘く見ていたんですよね。
コニーは、この世界は「みんなまやかし」「ユダヤ組織がドイツ人を騙している」とか「金が支配している」(75頁)などの陰謀論をネット上で公言するようになる。

そう、ドイツ内部からナチスがどう思われていたのか、ネオナチの感情というものが分かって、とても興味深かったですね。

裁判においてすら、コニーはヴィルヘルム・グストロフを「ぼくの手本」と言い、「ダヴィド」を自称したヴォルフガングを射殺した理由を「ぼくにとって神聖な義務だった」(214頁)と証言した。


祖母トゥラは、コニーが少年院を出所したら「きっと筋金入りの過激派になる」(234頁)だろうと言い、ファシズムが再び繰り返される未来を示唆した結末は、恐ろしいですね。

父たちから見た息子たちは、「ヴィルヘルム」を自称するコニーも、「ダヴィド」を自称したヴォルフガングも、本当に狭い世界で生きている偏狭な人物です。


国家社会主義やスターリン主義をどう捉えるかは、末端までいくと全く分かりません。

その末端の極端な例として、コニーやヴォルフガング、祖母トゥラがいます。

この世界の危うさを感じました……

最後の、少年院でコニーがグストロフ号の模型を壊した場面が、印象に残ったな。

あの時、コニーは何を思っていたのか?

その疑問は重要なテーマのひとつだと思うので、のちほど皆で話し合いましょう。
つづく
引用:ギュンター・グラス『蟹の横歩き―ヴィルヘルム・グストロフ号事件』(池内紀訳、集英社)より
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登場人物紹介

枳(からたち)さん


読書クラブの取りまとめ役。

今読んでいる本は、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』。

弓絃葉(ゆづるは)ちゃん


好きな本は『カラマーゾフの兄弟』、『やし酒飲み』、『密林の語り部』。

真弓(まゆみ)さん


韓国ドラマファン。

樒(しきみ)先生


昨年は9カ月間、大江健三郎の著作に熱中していた。

堅香子(かたかご)さん


『アンナ・カレーニナ』が好き。

栂(つが) くん


好きな作家は安部公房。『砂の女』と『壁』がおすすめ。

梧桐(あをぎり)さん

榊(さかき) さん


アジアンドキュメンタリーズのサブスク会員で、アジア各国の番組を見るのが好き。

山菅(やますげ) さん


BS12の東映任侠映画「日本侠客伝」シリーズを見るのが、毎週水曜日の楽しみ。

檜(ひのき) さん


好きな本は『カラマーゾフの兄弟』、三兄弟のなかではアリョーシャが推し。

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