第37話 寂しい奴

文字数 1,334文字

【美術館の駐車場に辿り着き】

 車に乗ったとたんに元の天十郎と夏梅に戻った。

「目が疲れた」天十郎は夏梅に文句を言い続け、夏梅は近くに寄るなと小競り合いを始めた。さらに夏梅は
「さっきの、あれ?聞いた?見た?『俺か?俺はファンのものだよ。でも本心は夏梅だけのものでいたい…』」

 天十郎の仕草を真似て「げー、キモイ、キモイ」夏梅は舌を出し、全身を使って、後部座席で不愉快だと大騒ぎしている。

「しかし、役者さんって、あんな恥しい事を真顔でよく言えるよな。感心したよ。夏梅もよく頑張ったと思うけど…」
 僕は二人の様子をつくづくと眺めた。

 車に乗るまで演技を続けていた二人は、後部座席に寄り添って見つめあいながら、並んで乗り込んだ。我慢の限界ギリギリだったのか、互いのストレスが爆発したように、行きより幼稚な小競り合いは、どんどんと激しくなっていた。

 運転席の蒲がため息をつきながら「天十郎、運転席に移動しろ。お前が運転しろ!」何度も忠告したが、小競り合いに夢中の二人は蒲の話を全く聞いていない。

「おい、蒲。これでいいのか…」あまりの煩わしさに、僕が蒲に訊ねると蒲は「うるせい」諦めたように小さくつぶやいた。


【家に着くと】

 天十郎は蒲の背中にぴったりくっついている。キッチンカウンターでコーヒーを飲みながら、天十郎が蒲に聞いた。
「あのさ、さっき俺たちが夏梅を男たちからカバーしたろう?もし、女がカバーした時はどうなる?」

「当然、カバーした女達に男が群がるだろ」
「なるほどね。将を射んと欲すれば先ず馬を射よって事か」
「まあ、誰でも考える事は一緒。そして女達はいつか気が付く、男が自分を目当てでない事を…。そうすると、夏梅の意志にかかわらず女性の怒りの矛先は夏梅に向かう」
「まずいなそれは」
「そうか?」
「直接、夏梅に向かって来ることはないのか?」
「あるけど、男も女も、あのけん制の視線の中で動くのは難しいだろ、俺らみたいな人間か、よっぽど他を制圧するオーラがないと、喉元を食われちまう」

 そんな蒲と天十郎の会話を聞いているのか聞こえないのか、ソファベッドにからだを委ねて知らん顔の夏梅だ。そして二人も夏梅の存在がないかのように会話を続ける。

「しかしストレートはきついだろう。本能だから。雄を抑えきれないとストーカーになるか、性犯罪者になるかどっちかだろうな。それで、一人で歩かせられないのか」
「タクシーも危ない時があるからな」
「この間、俺に取材した時はどうしたのさ」
「俺の知り合いの女性ドライバーのタクシーを使った」
「なるほど」天十郎は考え込んでいるようだ。

「なんか、同情しているのか?」蒲が怪訝そうな顔をした。
「いや、そうじゃなくて。目薬が一人でさせない事や、ブカブカでダラダラ服しか着られないし、恰好が不細工でも蒲や俺が傍にいて、一見愛されて守られているように見えるが、本当は愛されず、いつも一人でパソコンを叩いている非常に寂しい奴だから…」

「聞こえている!だから何よ、言いたい放題!言わないで!」ソファベッドから、夏梅が口を挟んだが、無視して蒲と天十郎は話し込んでいる。
「ただ突っ込みたい衝動だけで、常に目で犯され続けているのか」
「まあ、そういう事だ」
 蒲が関心なさそうに答えた。
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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