第53話 エスコート

文字数 1,787文字

「見てみろ、こいつは、まともに食えないのだから」
 夏梅を抑え込んだまま、蒲が夏梅のVラインの胸元を、天十郎に見せた。夏梅はVラインの中に手を入れようとしている。
「胸、触るな」蒲が叫んだ。

「だってかゆい、胸の間にパンくずがある」夏梅はごそごそ動いている。
「見えないからいいだろ」天十郎が言うと
「馬鹿かお前、そのうちかきむしって、痒いと大騒ぎになる」蒲が怒鳴った。
「どうして?」
「谷間に汗をかくから」
「えっ」

 しかし、しゃれたデザインの燕尾服の男が二人して谷間を覗いて、必死にパンカスを取っている光景は…。なんとも表現しがたい。周囲から人が集まりだした。そりゃそうだ、誰だってこの光景には目が留まるだろ…。


【騒ぎを聞きつけて、日美子さんがやって来た】

「ちょっと、二人共、なにをやっているの」
「天十郎が夏梅にメロンパン食わした」
「それで、なにが起こっているの?」

 二人共やっと、夏梅から離れた。天十郎がおずおずと
「一度、ドレスを脱がしてシャワーする時間ありますか?」
「ないわよ」日美子さんの表情は険しい。

「見せて、あら、これは汗でチクチクするわね。ウエットティッシュで拭けばいいわ」冷静にバックから、ウエットティッシュを出すと夏梅に渡した。それを天十郎が「お前が見ても見えないだろ」夏梅のウエットティッシュを取り上げて拭きだした。

「まったく人騒がせね。この控室、誰にも見られないように、隔離しないとだめかしら?」日美子さんはあきれている。
「せんべいの方が良かったか?」天十郎が、すまなそうに弁解した。
「塩分はもっとだめでしょ。もう、時間がないのだから、建設的ではない質問はやめて」と日美子さんはムッとした。

「うん」天十郎はいたずらを見つかった、子犬のようにうなだれ、夏梅の谷間を中心に、丁寧に服と肌についた、食べカスを取り除いた。

 日美子さんは、新しいウエットティッシュをカバンから取り出し
「夏梅ちゃん、ウエットティッシュを持っていなさい」と渡した。
「はーい、日美子さんのバックって、なんでも出て来る!」と、問題児は嬉しそうに、ウエットティッシュを胸の谷間に挟んだ。

「ちょっと!夏梅ちゃん」日美子さんは驚いて、声を上げたが、諦めたように「あら~、そんな芸当が出来る人は、少ないわね~」あきれたようだ。

 夏梅は、ドレスを探って「だって、ポケットないです」日美子さんに「ね?」と表情だけで同意を求めた。

 可愛すぎる…。僕は思わず心がほぐれ嬉しくなった。ふと、横を見ると、天十郎がうつむき隠れるように、僕と同じような表情をしている。

 こいつ…。

「もー!次から次へと問題ばかり」日美子さんは下を向いて、我慢をしているように見える。爆発するのか?と思いきや、深呼吸をしながら「想定内、想定内」小さく自分に暗示をかけている。気を取り直し「仕方ないわね。先に誰がついているのだっけ?」夏梅に聞いた。

「蒲」夏梅が答えた。
「なら、二人共、ウエットティッシュを持っていなさい。何が起きても冷静にね」蒲にも渡されたが、渡されたウエットティッシュを、なにげなく、近くのテーブルの上に置いた。どうやら、持ち歩く気はないようだ。

「夏梅ちゃん、くれぐれも飲食はNGだからね」
「あぶちゃんさせればいいのに」蒲が不貞腐れたようにいうと、
「次回のデザインはそうするわ」


【ところでエスコートだけど】

 と、日美子さんはため息をついた。
「申し訳ないけど、茂呂社長が来賓席ではなくて、急遽、ゲストモデルをやる事になったのよ。誰がステージまで連れて行くの?」

「来賓は俺で、ゲストモデルのエスコートは天十郎の仕事だよ。なるほどね。そういう変更か…」蒲が不安そうに言った。
「やっぱりね。天十郎君?大丈夫かしら?」日美子さんも不安そうだ。

 天十郎が茂呂社長と会うのは久々のはずだ。「仕方ないだろ」天十郎の顔が急に曇った。「俺だって、茂呂社長はご遠慮願いたい」蒲が言うと、思いついたように天十郎と蒲が、同時に夏梅の顔を見た。

 天十郎は「また夏梅様に、お願いするか?」にっこり夏梅に笑いかけた。

 早速、日美子さんは黒川氏と連絡をとり、トップにカバーガール夏梅が彼女風に、コマーシャルタレントの天十郎をエスコートする。
 次に、ひとり、ひとり エスコートするはずだった、貴賓席とゲストモデルのエスコートは、まとめて、蒲が担当する事になった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み