第51話 パーティードレス

文字数 1,650文字

【記念式典の当日の朝】

 事前に天十郎達と夏梅、蒲は一緒にお昼前から準備に来るように、日美子さんから連絡があった。今日は、黒川氏夫婦が司令塔だ。到着すると、早速、フィッテングルームで着替える事になった。

「おい、おしっこに行ってきな」蒲が夏梅に指示をした。
「うん」夏梅は頷いた。
「素直ね」日美子さんが、忙しそうに衣装チェックをしながら笑っている。しかし緊張感がある。

 夏梅が部屋から出ていこうとすると、日美子さんが
「あれ?どっちか、付いて行かなくていいの?トイレは離れているわよ」
「おい、天十郎、お前行けよ」
「なんで俺だよ。俺にこの女の下の世話をさせるのか?夏梅、ここでしろよ」

 天十郎が飲料水用の紙コップを差し出すと夏梅が
「検尿?」
「いや、そこまでは言ってない」まるで漫才のようだ。
「あんた達、三人で一緒にトイレに行ってきなさい」

 日美子さんがお母さんのように指示をした。

「小学生か?」蒲が不愉快そうに言うと
「そんなもんでしょ、早く行ってきなさい」
 日美子さんに一括されて、三人は会場から出た。トイレを探し歩いていると、来るときもそうだったが、いつのまにか、男性が目立つ。

 いつものように、夏梅がひらりひらりと、交わしながら歩いている。その後ろから、蒲が指示して歩く。そのうちに、蒲が夏梅の傍に近づくと、天十郎が引き離しにかかり、結局、二人に挟まれて、足の届かないまま抱えられる。最近では、夏梅も慣れたものだ。嫌がる事も無くなった。


【夏梅のトイレは長い】

「いつも思うけど、あいつトイレで何をしているのだ?」天十郎が蒲に聞いた。
「えーおしっこだろ、うんちの方か」
「蒲、その、親近感やめないか?俺、小さい頃から知っていますバージョン」
「気にし過ぎだ」
「だけど、蒲、普通、女性のおしっことか、うんちとか言わないよ」
「そうか?女だって人間だろ」
「まあ、そうだけど」

 女性トイレ入口に陣取って、蒲と天十郎の意味のない会話に、どこともなく集まって来た女性達が、キャーキャー言い始めた。キャーキャーの声に、うるさそうに蒲の額にしわがよる。

「おい、こいつら、どんな話題でもキャーキャー言うのか?」
「まあな」
 蒲は時計を気にしていたが、天十郎は、周囲の女性達に軽く挨拶する事に気を取られていた。

 天十郎が会釈したり、手を振るとまたキャーと声がする。夏梅が出て来ると蒲は
「天十郎、時間がない」と言って、天十郎と蒲は夏梅を抱え、囲んでいた女性群を置き去りに、ささっと大股で歩き出した。

 こいつら、こういうところはぴったりと阿吽の呼吸だ。


【フィッテングルームに】

 戻ると、僕が用意していたウェディングドレスの丈を短く切って、足首が綺麗な夏梅に合わせたパーティードレスが飾られていた。

 僕は思わず、時間が止まり、全身がはじけそうになった。
「おい、これ着るのか?」天十郎は驚いたようにドレスを見ている。

 夏梅と蒲は何も言わず、そのパーティードレスを見つめていた。
 日美子さんが
「前回の採寸で、サイズが変わっていなかったので、もちろん、ベースは変えていないよ。ウエスト胸下から腰まで、治療用のコルセットを着用しなくても良いようになっているから、早く着てみなさい」

 夏梅の目は少し赤い。
 日美子さんに即されて、着替えた夏梅は、腰の細いラインと背筋が伸び、人間離れした立ち姿が美しい。

「胸をVカットした白のロングの丈を、ロマンティックチュチュ丈にして、刺繍入りのオーガンジーを、引き締まったウエストを中心にデコレーションしたのよ。どうかしら?」
 丈がふくらはぎ下になる事で、美しく細い足首を見せている。

 僕が望んだ形とはまた違うが、全体のバランスが取れた形に直してあった。

 オーガンジーは夏梅の好きなピンクとグレーのグラデーションで可愛く品があった。夏梅はしばらく鏡を見つめていたが「これも可愛いよね」つぶやいた。僕は「ああ、嬉しいぞ」頭を撫でた。

「顔を薄っすら紅潮させた頬は、ノーメイクとは思えない透明感だね」
 日美子さんも満足げだ。
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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