第72話 迷い

文字数 1,732文字

【そんな経緯が、あったのですね…】

「塁がいなくなって、何か月も経っていなかったので、気が進まなかったが、蒲が夏梅に付いて行くというから許可したけど」
「いえ、夏梅が一人で来ましたよ」
「よく、トラブルにならなかったな。ああ、でもそうだよな。蒲がいいのだからトラブルは避けられるな」
「いや、危なかったです。正直、夏梅に初めて会った時は、どきまぎしましたね。自分でも信じられませんでしたし、蒲を裏切った気分でした」

「蒲に仕掛けられた?いやごめん、あいつは上手いから。つい疑ってしまうのよ。画策好きの蒲には、今の仕事があっている。ただ敵に回すと面倒だと思うよ。出来るだけ、蒲よりに天十郎君がついて入れさえすれば、問題はないと思うが…」立花編集長は言葉を濁した。

「立花編集長も、蒲の事を疑うのですか?」
「いや、気分を害したら申し訳ない。気にしないでくれ。5か月以上続いた茂呂社長や元カノの美来から逃れられたのは、裏で蒲が動いていたからだ。君が行方不明になった時、一番先に、居場所を隠して欲しいと蒲に懇願された。最初は意味が解らなかったが、あいつの画策好きがうまい具合に作用して君の仕事が順調だ」
「蒲のおかげである事は、わかっているのですが…」天十郎は困った顔をした。


【蒲が今どんな仕掛けをしているか、わからない。と言う事か?】

「ええ」
「君も、私と同意見みたいだな。それで調べているのか?」
 天十郎の様子を見ながら、立花編集長は話を続けた。

「うむ。君の知りたいことを教えると言っても、塁が夏梅を気にして、両親がなくなってから、夏梅と生活が出来るように必死に努力していたのは、知っているが、塁自体の事は、私から、話せることは、さしてないような気がするな。いつも夏梅が、絡む話しばかりだったからな」

「夏梅が絡む話とは、なんですか?」
「今の蒲は君のために、そこまでは、やらないと思うのだが、塁の事もあるし、夏梅に対しては十分に注意した方が良いと思うよ」
「どういう事か、はっきり教えてください」
「あまり偏見を持って欲しくないが、例えば、夏梅の足首に深い傷があるのを知っているか?」
「ええ、知っています。骨が見えたって本人は笑っていましたが」

「そうか、本当は笑い事じゃないのだけどな。中学生の頃、蒲がドレッサーの椅子に夏梅を乗せて、塁の落ちた窓に向けて、突き飛ばしたのだ。その時は、塁が落ちる夏梅を掴んだから、夏梅がガラス窓に足を突っ込むだけで済んだけど、本気で、突き落とすつもりだったと、私に中学生の蒲が言っていた。その目は中学生といえども怖かったよ。そういう意味では、蒲が何をするかわからないから、塁は、とても心配をしていた」

「なぜ、蒲はそんなことをするのです?」
「私にはわからないよ。男の趣味が、夏梅と一緒だから、蒲が夏梅を邪魔にすると塁が言っていたが…」


【恋敵同志ですか?】

「恋敵か、それはいいや」と立花編集長は楽しそうに笑った。
「立花編集長、笑い事じゃないです」

「いや、真偽のほどはどうか、わからないよ?塁の冗談かも知れない。蒲は当時から親に嫌われていたというか、時々、釣りで会う私から見ても、愛されていない事がわかるほど、ひねくれストレスを抱えていたんだな。夏梅は可愛いし、誰にでもチヤホヤされるだろ?そんなところなのかな?憶測の域は出ないから、わからないけれどな。誰からも愛される夏梅と、親から愛されずにいた蒲。親が不在の塁。この三人がうまく打ち解けること自体が、不思議だと、おもっていたよ。親密圏での暴力は多いと聞く。前にも特集を組んだ事がある」

「親密圏って、親兄弟、配偶者、友人などの身近に接する人的環境の事ですか?」

「ああ、親密圏はその人に与えられた試練。試練は軽い方がいいはずだよな。でも、試練だからそう簡単に軽くならない。互いに甘えられる環境が存在すること自体、難しいということなのかも知れない。君達は、それぞれが、特徴のある個性を持っている。だからこそ互いの距離感を大切にしていたら、そのまま平和でいる事が出来る気がするよ。まあ蒲の場合。君を守っているヒーローと、夏梅に対するダークヒーローの二面性を持ち合わせていると言う事かな」

 僕は立花編集長の言葉に頷いた。
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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