第19話 プロをなめるな!

文字数 1,727文字

 和樹がとうとう怒り出した。

「しつこいわね。あの肌で、どうやってファンデーションつけるの?道化師でも作りたいの?あのさ、必要もないのに使うって、発想が間違っているのよ。すごくきれいで完璧な絵に、何かを足したら、もっと良くなる?完璧だったバランスが崩れて、ただのゴミになるでしょ。悪戯画きにしかならないでしょ。あの子だけじゃなく、世の中、必要もないのにつける一般の子は、多いけど、プロの私をなめているの?いい加減にして、私、帰るわよ」

 丁度、その時。


【天十郎と事務室に夏梅が入って来た】

 夏梅とすれ違いに、和樹は振り向きざまに急に男言葉になった。

「君、肌が綺麗だね。どんなお手入れをしているの?触ってもいいかな?」

 夏梅は思わず天十郎の後ろに身を隠した。

「おい、触るのはダメだろ」天十郎が和樹の前を遮り鋭く制止した。
「天ちゃん、邪魔だよ」

 和樹は強い調子で攻撃的だ。その声に夏梅は、諦めたように答えた。

「なにもしてないけど」
「みんなそういうね。教えたくないの、じゃあどんな ボディソープを使っているの?この香りはなに」

「ボディソープ?使ってないけど…」天十郎の後ろに隠れたまま、夏梅の声がどんどん暗くなる。

「ほんとに何もしてないよな。俺たちに垢を落とさせているだけ…」

 天十郎はぼそぼそと口ごもった。突然の状況変化についていけないようだ。

 蒲はニヤニヤしながら「おや、お姉言葉を使っているけどストレートだね。営業用か…」和樹の目つきがどんどん変わっていく。蒲と天十郎に攻撃的な目を向ける。蒲はさすがにまずいと思ったのか

「黒川さん、和樹さんにそうそうに退散してもらわないと…。次は洋服だから…」そう言うと、吉江に向かって
「洋服、よろしく」と、夏梅を吉江の方に押し出した。

「蒲、やめろ!」僕は大きく叫んだ。夏梅はすでに疲れ果てている。夏梅の周囲の行動はいつものように、夏梅にとって傲慢で夏梅を疲弊させる。僕はイラついた。

 吉江はことの次第がわからずに、素直に夏梅の肩を押してフィッテングルームへ向かった。夏梅もそれに従った。

 黒川氏は「こっち、こっち」手招きをして、不服そうな和樹を帰した。


【しばらくすると、吉江が夏梅を連れて事務室に現れた】

「黒川さん、夏梅さんに合うサイズが無いのです。全体がSサイズで胸周りだけ2L?もしかしたら3Lかも知れない。うちの衣裳ではフリーサイズはなくて…」

 案の定である。完全に吉江になめられている。7号サイズの既製品のワンピースは、胸だけ収まらずにはみ出している。吉江は作為的に、このみだらな不恰好な夏梅を完全に見世物にしたがっている。

 黒川氏は息を飲んだ。「いや、これは」と言ってから声が出ない。吉江はクックッと笑いを押さえながら報告している。夏梅はベビースマイルのまま立っている。

「よう、夏梅。可愛いな。食べたいくらいだ。この可愛い姿を世間の人に見せたいな。このまま町中を歩いて、モデルで通用するか検証しようぜ」
 蒲が嬉しそうに夏梅の頭をなで、頬ずりした。天十郎と吉江は、蒲の態度に苛立ちを隠せない。

 僕は蒲の目の前に立ち
「蒲、いい加減にしろ。あたりまえだろ、ウエディングドレスもオーダーしたのに、合うサイズがあるわけないだろ。吉江にやられただけでも傷ついているはずだ。これ以上夏梅を見世物にするな」ときつく言った。

 蒲は、ウエディングドレスと言う言葉に顔が引きつった。僕はさらに怒鳴った。

「もう辞めさせろ、これ以上はダメだ。おふざけを辞めないなら、俺も黙っていないぞ」蒲は、そんな僕を無視して
「洋服もサイズがここのところがまったく合わない」胸をツンツンと指で押し出した。
「おい、覚悟があってやっているのか?」僕は、蒲に詰め寄った。

 こんな時に日美子さんがいれば、止めてくれるのに。僕は蒲の悪ふざけに髪の毛が逆立つ気分だ。

 黒川氏が
「今日は化粧も出来ないし、うちの奥さんもいないし、これで解散だ」と、締めくくってくれた。

 帰り際、不満げな吉江に蒲が近寄って、何か、話をしていた。僕は、その二人が気になったが、それ以上にベビースマイルを絶やさない夏梅が気になった。気まずい雰囲気の中、その日は吉江の飲み会に行かずに帰宅した。
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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