第85話 プライドと恋愛の利益

文字数 1,538文字

「おお、そうだな。他の人との違いは、キスが美味しい。マタタビ女だから美味しいのか?他にも同じようなキスをする人がいるのか?と、あいつと出会ってから、沢山の女とキスをしているけど、だけどさ、夏梅だけなんだな」
「ほんとか?おれ、夏梅としてみようか?」叶一が身を乗り出した。
「興味のある年頃だな。しかし、叶一、さすがに、母親とディープキスはまずいだろ」天十郎は鼻で笑った。
「なんだ、プチキスの事じゃないんだ」
「当たり前だろ、お前のようなお子様じゃないんだ」
「ふん、えらそうに」
「それと、初めて会った時と、美術館で、夏梅が俺の名前を初めて呼んだ時に、心臓が破裂するかと思った。あんな経験は、後にも先にも夏梅だけだ。蒲の言う通り、フェロモンのせいかも知れないと思った時期もあったが…。それでも他の人とは明らかに違う」

「蒲パパにはなかったの?」興味深く叶一が聞く。
「ああ、なかったな。こんな兄貴とか身内、仲間が欲しかった!という感じかな」

 僕は、夏梅に対する気持ちを天十郎が語るのを初めて聞いた。その言葉が、本当かどうかはわからない。しかし、蒲にない感情があるようなので、それで十分だろうと、僕は思った。


【なあ、さっきのプライドの話だが】

「プライドを傷つけたらどうなる」
「ニコラッチの分野だな。さあ、どうかな?利益の多い人ほど、自分が傷ついた分、相手に傷を負わせようとする。利益の少ない方は逃げようとする」
「恋愛に利益ってあるのか?」
「あるだろ。極端な話、片思いなら、夏梅がいうような愛の分け合いが出来ないから、相手の事なんか考えないで、自分の思いを押しつけようとする。当然、相手は簡単に受け入れない。そのことで自分が傷ついた分、相手にも傷を負わせようとするからさ」
「まさに、茂呂社長や美来だな」
「そういうことだ」
「利益が同じくらいなら?」
「両想いか…。愛と絡まったプライドを傷つければ、どちらかが倒れるまで、徹底してやりあう事になる。こじれた両想いだな」
「泥沼、憎愛劇、蟻地獄か…」
「そうかもな」
「なんか、お前って苦労性じゃないの?」
「そういう、お前は呑気だよな」
「そうか?」天十郎が警戒を解いて笑った。


【で、夏梅はどこにはいる?】

「夏梅は単純だ。どこにも、はいらないよ。昔、僕の子供を抱いて一緒に眠りたかった。そんなシンプルな夢しか持っていなかった。たったひとつの、あいつの思いを、僕には叶える事ができなかった。だから、守る方法を、考えただけだ。もっと、あいつに沢山の思いがあれば、また、違っていたかも知れない。ひとつしかないからな、女としては完璧すぎた」

 僕は天十郎に抱かれている、夏梅の頬を撫でた。そして、天十郎を見ると

「僕も、さっき気が付いた。こいつさ、今は、僕にしか、すがるものがないだけだから。天十郎、お前が夏梅の孤独に向き合えば、夏梅の夢が覚めて、僕に気が付き、現実が見えるだろう。僕の代わりのソファベッドもいらなくなるさ」

 この言葉を口にしてしまうのが怖かった。さっき気が付いたなんて、嘘っぱちだ。夏梅と天十郎が、互いに無関心を装いながら、傍にいることを選んだ。そのことを、最初から知っていたのかもしれない。
 だけど…。寂しさと、やるせなさが全身を覆う。それでも、天十郎に伝えなければ…。

「その時、僕は用済みになるのかもしれないし、蒲が悪ふざけを辞めるまで、傍にいるのかもしれない。どちらにしても、今となっては、僕と蒲は君たちには不要な存在だ」


【無理して笑った】

 天十郎は言葉の重さにうろたえているようだ。
「だけど、塁、俺たちの関係って表現できないというか…」
「言葉に出来ない関係のどこが悪いのか?」
「いや、悪いというか、俺と夏梅との関係がどの言葉にも属さないというか」
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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