第61話 わからない関係

文字数 1,858文字

【子供達が小さい頃から】

 仕事帰りの蒲がリビングに入るなり
「日咲、天ママは?」と聞く。
「持ち去った」本から目を離さずに、チラ視線を蒲に向けると、聞くなよと言わんばかりに、顔をそむけながら一言返事をする。
「ああそう、連れ去ったか?」

 禾一は蒲が来ると、そそくさと面倒ごとに、巻き込まれたくないとばかりに、僕の元に来て本を差し出すので、僕はいつも、黙ってリビングの子供スペースの定位置で、カーテンを揺らして、禾一を包み込み、本を読んだ。

 二十年経った今もそうだ。蒲がリビングに入って来ると必ず「天ママは」と聞く。


【今日は】

 日咲と玉実が手足を投げ出して、テレビの前でゴロゴロしている。
「いい歳をして、みっともないぞ、夏梅が三人いるみたいだ」というと、
「天ママなら、夏梅を持ち去った」
 蒲の言葉を無視して日咲が一言いうと、『こいつ面倒くさい』と言わんばかりに、僕の方を見てから、玉実の洋服を引っ張って、自分達の部屋に入って行った。

 蒲の後を追いかけるように、リビングに入って来た、日美子さんが夏梅を探している。
「蒲パパ、夏梅は?」
「天ママと部屋」というと、そっぽを向いた。
「ああ、そうなの」日美子さんは、納得したような仕草をした。


【日美子さんは出かけようとする、蒲を捕まえて】

「夏梅ちゃんは未だに、化粧品とかボディソープやシャンプー、リンスを使ってないの?」
「うん、そうね。昔通り、天十郎が垢すりしてるくらいだ」
「だから、シワ一つないのよね。肌トラブルとかないの?」
「夏梅?夏梅は、普段は足りているから、足さないって言っているし。トラブルあった時は医者に行っている」
「そうよね。化粧品の売り文句に、乗せられるタイプの子じゃないわね」
「なんで?」
「いやね、あの肌を売りに出来ないかなって思って」
「日美子さんも、がめついね。茂呂社長?もうじき、六十歳だろ、まだ儲けるの?」
「いや、六十歳なんて、まだまだ、百年生きるなら、あと、四十年あるわ!この年まで、積み重ねたキャリアをそのままに枯れるなんて、あり得ない。人生、やっと面白くなったところよ。充填完了。これから始動よ。死ぬまでに、事業を三つは立ち上げられる!」

「そのパワーはどこから来るの?」蒲があきれている。

「若い時は、自分が成長するので一生懸命で先が見えないでしょ。六十歳ちかくになれば、すべてが楽になって来るのよ。そのうちに、きっとわかるわよ。でさ、やっぱり化粧品は原価率が低いからいくらでも稼げる。個人で化粧品製造販売許可を取るのは難しいけれど、逆に化粧品製造販売許可メーカーでいくらでもOEMで作れるでしょ。可もなく不可もない化粧品を作ればいいんだから。知り合いが、ワンロット売り逃げ販売してるから、私も可能性がないか検討中」

「まあね、効果がなくて、肌トラブルにならなければ化粧品としてはOKだから、夏梅の肌を使って、この肌はこの化粧品でっていう奴?」
 蒲がからかうように言うと
「あら、そんなことしたら過大広告になるから、だめよ。イメージ広告かパーツモデルで…」
「それなら、自分がやればいいじゃないの」
「私はダメよ。肌を虐めすぎているから」
「うん、そうかもね」


【蒲が、日美子さんの肌をじろじろと見た】

「日美子さんも、こんなことやってないでさ、みんなやめて元に戻せばいいじゃない」
「蒲パパ。自分を痛めつけて利益を得る。これが世の中の仕組みよ」
「そう?…意味わかんない」
「天ママも、割と肌はいいよね」
「仕事以外では、夏梅方式で塗らないから、肌本来の機能は失くしてないよ」
「だから、いい匂いがするのよね。子供達もそうでしょ?」
「もちろん、うちは全員。でも、禾一と叶一は、寮生活中は他の生徒に合わせて、使っていたみたいだよ」
「あら、なんで?」
「そりゃ、男ばかりの中で問題が、起きたくなかったんだろ」


【あら、蒲二世はいないの?】

「俺は義理立てるので精いっぱい」
「えー?あなた達の関係が、まったくわからないわ…。息子二人は夏梅方式じゃないのね」
「そうでもないよ。禾一は、結婚すると同時に、いや、芸能界でやっていくと決めた時から、夫婦で使わなくなった」
「賢い子ね。自由のきかない、すべてに、台本がある仕事を選ぶから、先に結婚したのよね。それに、あの可愛い奥さんは、昔の夏梅みたいに世間知らずで素直。世の中に汚される前に、自分色に染める魂胆でしょ。情報操作が得意な、あなた達の子だわね」
「利用される前に、先に利用しないとな…」

 蒲はフッと笑った、その様子に日美子さんは
「蒲パパは?」

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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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