第48話 総家令の心配事
文字数 1,839文字
最近、孔雀は心配でたまらないと書類を出したりしまったり。
天河が軍属に入って、半年近く立つというのに、本人からなんの音沙汰もないのだ。
「上司の青鷺から報告書は上がってるんだから心配ないよ」
分かっているのは、天河が順調に任務を全うしていること。怪我も病気もしていないこと。営倉送りにもなっていないこと。
「むしろ、優良児じゃないかい。アカデミーのあの不良っぷりに比べたら」
「・・・学生で言ったら今は勉強と部活が厳しくて毎日へとへとで不良になる暇がない、に近いという事ではないでしょうか・・・。顧問があの青鷺お姉様ですもの・・・」
孔雀はぞっとした。あの姉弟子はまさしくお上品ミサイル。
女官より継室にも負けない教養と美貌だが、同時にとんでもない鬼軍曹でもある。
「海軍の赤鬼と、海兵隊の青鬼だね」
翡翠は愉快そうに笑った。
赤鬼とは緋連雀の事だ。
そんなに心配する事もないと言う翡翠に孔雀は首を振った。
「・・・私、昔、海兵隊に研修訓練に行く白鴎お兄様と雉鳩お兄様にくっついて行った事があるんです。青鷺お姉様が、布団圧縮袋と掃除機持ってきてって言うもんですから、ガーデンで衣替えに使った余りを持参しまして」
翡翠は藪から棒な話に面食らった。
「・・・あの女家令がそんなマメな事しないと思ったけれど・・・」
さすが分かっている、と孔雀は感心した。
「冬物しまうの?と聞いたら、私はそんな事しないって。じゃ、何しまうのって聞いたら・・・」
あの姉弟子は白鴎と雉鳩を優雅に指差したのだ。
「青鷺お姉様、私に掃除機のスイッチ押せって。・・・真空パックのハンバーグみたいになった白鴎お兄様を、そのままユニック車で吊り下げて水深20メートルのプールに落っことしたんです・・・」
翡翠はあまりな所業にさすがに絶句した。
「あの調子で訓練されてるんですもの。マリーンが我が軍でも有数の精鋭なわけです・・」
白鴎は窒息で気を失う寸前で引き上げられた。
雉鳩は爪に仕込んだプラチナでビニールを引き裂き、なんとか脱出した。
殺す気か!と非難する弟弟子達に、姉弟子は殺す気で戦争するんじゃない、バカねえ。簡単に殺されない為に訓練してんでしょ、と言い放ったのだ。
その翌日から、危機感に煽られた孔雀は水を張った洗面器や風呂場で息を止める練習をして、そもそも素潜りは得意だが、三分程は呼吸せずとも平気になった。
青鷺がよもや王族にそこまではするまいと信じたいが。
孔雀としては、まさか翡翠が天河を海兵隊にやるとは思っていなかった。
王族の子弟は、海軍か陸軍に所属するのが通例。
天河は第二太子。栄誉あるような役職に就き、二年、軍属に就けば、自動的に終身の特別名誉職が得られる。
翡翠もそうして、海軍を経験していた。
末子に近い琥珀は陸軍で将校から経験したそうだが。
懸念は機密の多い実戦部隊である海兵隊である事。
軍の中央長官は、家令ではない。
海兵隊の長が家令の青鷺と言えど、所属違いの孔雀では手が出せない。
「・・・ああもう・・・。こんなことになるのだったら、早いうちから軍中央にもっと早くから家令を置くべきでした・・・」
川蝉は軍中央に食い込んでいたが、城を下がるのと同時に、軍属も解かれていた。
軍中央は手強い。家令に対して警戒心が強い。
「・・・・そうだ、鸚鵡お兄様・・・」
孔雀は思いついて立ち上がった。
禁軍の宮廷軍閥の出のあの兄弟子ならば、軍中央と行き来があったのだ。
「身内から家令になったら、余計、敵愾心の塊だよ」
翡翠がそう言った。
それもそうなのだ。
でも、心配で仕方ないと立ったり座ったりしている。メモ魔でもあるので、常にデスクに黄色いメモパットが山積みにしてあるが、電話しながら無意識に天河様、と書いている始末だ。
翡翠はちょっと面白くなさそうに、それでも孔雀があまりにも心配しているのを見かねて口を開いた。
「蝙蝠が一匹、軍中央にいたね、確か」
孔雀ははっとして顔を上げた。
「・・・千鳥お兄様!」
白鷹や梟と共に大戦の戦後処理に奔走した唐丸が遅くに若い女官と結婚し成した子。
もちろんその後、唐丸の素行が影響して離婚されたが。
「・・・翡翠様、千鳥お兄様は家令ではありませんから、私が正式にお城に呼ぶ事はできません・・・」
翡翠が仕方ないと頷いた。
「調度聞きたい事もあったし、久しぶりに呼んでみようか。はてさて、来てくれるかどうか」
彼にとっては事情があって、絶縁を言い渡されていた幼馴染でもある。
孔雀はぱっと笑顔になると、雉鳩を呼んですぐに正式に書類を作らせると言った。
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