第32話 忌宮の太子
文字数 2,973文字
以前より内装もだいぶ変わった。
寂しくも思ったが、天河が改装後ちょくちょくアカデミーから戻ってくるようになったと聞いて、これでいいと確信した。
久々に目通りが叶った第二太子に家令の礼を尽くすと、彼は亡き母親の面差しを感じる明るい色彩が混じったような色の目を向けて快活に笑った。
ああ、何とか無事に大人になったのだな、と安堵がこみ上げてきた。
この宮で彼は母親と、そして間違いなく少年時代を失くしたのだ。
ではご昼食をご一緒にと
「お天気がいいからこちらでお昼にしましょう」
「バカ力なのは女家令の常か?」
「まあ、
「そんなことパンダしないだろ。・・・
言いながら
継室や女官達というか今時まともな女達もちょっと気の利いた男も紫外線を避けるが、家令達は太陽が殊の外好きである。
「鳥だから暖気しなきゃならならんからか?」
「
「今時、
テーブルにいなり寿司と巻き寿司と巾着寿司と茶碗蒸しが並んだ。
「デザートはカステラと桜餅です」
寿司に目がない
「何でいなりが二種類あるんだい?」
「
「ほお」
「
「何にでも砂糖をぶち込むからだろ」
言いながらも
「でもうち、ばあちゃんがお砂糖入れれば何でもおいしくなるって言ってたんです」
「確かに、カエルマークのレーションもケータリングも甘いな」
「ねえ、ふふ。軍隊の食物って大抵はしょっぱいんですけどね」
孫娘がまさかの家令になり
カエルマークは、レストランやケータリングや宅配弁当は長年の家業の一つであったが、軍隊の食糧等どうしていいかわからず手探りで始めた。
基本的に
食べ慣れた味に
最近では、弁当だけではなくケータリングになったらしい。
「
「うん、老けちゃって」
「・・・殿下、またそんなご冗談を。熟成されたんです。・・・
確信に満ちた様子で
家令とは何故こうも失礼なんだ、と
「まあ、
妹弟子の考察に
微妙にこき下ろされているが、これでフォローのつもりなのだ。
こんな調子なので、打たれ強くなった自覚はある。
「
「改装どころか全面改築だ。壁は抜くわ天井は落とすわ」
ところがこれが結構気に入ってる、と天河は言った。
本当に良かった、と思う。
宮を閉ざす、というのは一般的には禁を犯した妃が軟禁状態になると総家令が正式に発令する
そもそも過去に妃の冷宮処分は数えるほどしかない。
この宮の女主人である二妃は、冷宮処分ではなく、亡くなったのだ。
まだ十代であった第二太子は、母方の祖父母のもとへと一時預かりとなった。
娘を亡くした彼らが強く望んだ事でもあり、当時の総家令である梟は彼等の要望を退けたが、総家令代理であった川蝉と花石膏宮付きであった猩々朱鷺が白鷹へと嘆願した。
自分達の嘆願があの琥珀帝の気持ちを動かしたとは到底思えないが、とにかくこの第二太子の身柄は海外の祖父母の元へ、その後アカデミーへと進む事を許された。
家令が、守る事のできなかった妃。
悔やみきれない事実だ。
そして、
その扉を最後に閉めたのは自分。
総家令代理であった自分が宮廷の鍵の束を
以後、
それまでこの宮は、無理もないが、不吉である、忌宮、と疎まれて怪談のような扱いだったらしい。
まことに腹立たしいが、宮廷の中には天河を、忌宮の太子と蔑む者もいたらしい。
半年早く生まれた元老院筋の正室である母親を持つ第一太子にすでに王位継承権が与えられていた。
二妃は、父親が外国人のアカデミーの教授であり、母親はギルド長であった。
海外で育ち長く暮らし、教師でもあった彼女は宮廷には馴染めぬだろうと誰もが思っていたが、なかなかどうしてその柔軟さと頑固さで持って生活をしていたのだ。
部屋にオレンジの植木鉢がたくさん並んでいた。
当時、二妃が気に入って育てていた植木鉢もオレンジであったのを思い出し不思議に思った。
当時は一つだったが、現在は異常事態であると感じるほど森のようになっている状況であるが。
「そもそも猩々朱鷺がアカデミーに持っていった植木鉢を、ちょっと言えない最新技術で
天河はそう悪くもないという様子だ。
「柑橘の接木や品種改良って簡単で楽しいんですよ。これがまた豊作です。・・・ただ何年かにいっぺん、どう言うわけだかカメムシが大量発生しちゃうのがねぇ・・・」
桜の花の浮かんだ茶を入れながら孔雀が言った。
「