第58話 風切羽
文字数 3,502文字
ついに貧血で腰が抜けてしまった。
失血が多くて血圧が急降下したのだ。
そもそも血圧を上昇させる薬と鎮痛剤を目一杯入れて来て、更に、処方箋には書けない薬もちょっと入っているので、分かってはいたが多少心臓に負担がかかっているのかどうも息苦しい。
貧血と酸欠で、視界が霞んでいる上に星がチカチカ飛んでいた。
「・・・
申し訳ない、と謝るしかない。
基本的に
装備品の他にも、飲食物、更には蝋燭だけでも100本程入っているのを見つけて、こんな墓場で百物語でもする気かと驚いた。
「・・・夜中に食べる揚げ物とか甘い物ってなんであんなにおいしいんでしょうね。お弁当なんか最高においしくって。・・・えー、あの。あの・・・すみません、嘘つきました。・・・本当は7キロ増えました・・・」
「・・・それが、助かった要因でもあるんだろ」
「
嬉しそうに言う。
何を呑気な、これだから家令は・・・から始まるくどくどしい文句をいくらでも言いたくなったが、まずは基本から真人間への道を教え込まねばなるまい。
「・・・何でもかんでも飲んだり食ったり触ったりするな」
真に信じがたいが、この女家令は、原木生ハム状態の兄弟子の
悲鳴を上げつつ何やってんだと
「大丈夫ですよ。ちょっとしょっぱかったけど・・・」
「いいか。帰ったら10回手を洗え。ついでに胃の検査と、感染症の検査もしろ」
「・・・はーい」
と言いながら、めんどくせぇなという態度がありありと分かる。
アニスとオレンジの香りがした。
「中に入れたの、あれ何?」
「あれはですねえ。
「
「首です。生首。首っていうか頭の部分。もう生じゃないけど。残念ながら保存状態はまあ普通だったので見た感じ木っぽい感じでした。あれ最初の防腐処理が甘かったんだなあ。エンバーミングの習慣がないから仕方ないですけどねぇ。
「無い!!!」
それなのに、実際、化けて出てこられそうな背景を持つ人間の首だ何だとよくも無神経に、と身震いした。
「もう嫌だ、何なのお前ら・・・」
「まあ、そんな。
きっと生きてはいないから。
ならばせめて
「
討伐の指揮を執ったのは、
ふふ、と
「・・・秘密です」
どうせ
「・・・
「いや、わかんない。花も見えなかった。全然わかんない」
「見えてるじゃないですか?」
「あんなの疲れと低血糖が見せる幻覚だ。俺は科学者だ。集団ヒステリーみたいなもんだ」
頑として認めない。
「集団って。
「なります。過呼吸だって伝染するんだから。よくあるだろ、多感な年頃の女学生がバタバタと倒れたりするやつ。ああいうやつの一種だな」
そんな年齢でも女子学生でもあるまいに
「・・・
「お化けが好きな人なんているんですか。お化けもゾンビも嫌いです」
お薬飲まなきゃ、とふざけて言い、また飴をつまんだ。
「・・・昔。母親というのは教師だった人で。そりゃあスパルタだった。いたずらなんかしようもんなら、怪談聞かせられて、地下室に閉じ込められたんだ」
「ああ、宮城の地下室、昔は地下牢だったそうですよねえ。今は物置だけど」
ほぼ上物と同じ面積の地下室があって、それがただの空洞状態と知った孔雀は勿体ないと改装して、今やすっかり、収納庫だ。
車両や重機、農機具、置き切れない家具や家電が置かれ、半分は食品貯蔵庫となっている。
「そうだ、
「温泉?」
「そうなんです。前から怪しいなあとは思ってて。試しに宮城の南側掘ったら出たんです。硫酸塩泉。効能は、血圧、動脈硬化、傷や火傷などの怪我や、美肌にも効く、らしいです」
不審な行動は継室や女官達からはまた不評だった事だろう。
どこの場合、どっちが正しいか。継室や女官だ。
「あ、そう・・・。埋蔵金見つけたら教えて」
あまり良い思い出のない自分の育った
家具もすっかり入れ替えて、リラックスしたラタンのソファに、上質のファーのラグ。
「あんなに増やしちゃってまあ」
「あのオレンジ、お城に上がった日、
しばらく放っといたのでどうせ枯れてるだろうと思ったら、増えていて驚いたものだ。
そんなこんなで、あの宮にはあまり寄りつきたくなかったが、今ではたまに帰るようになったのだ。
「
一年に何案も改装計画を出すからだ。
「社食食べ放題無料にしたんですけど。ご機嫌とれないかなあ」
いつの間にか体調の悪い獣のように毛がペタッとしてきた。
「だいぶ出血した様だけど大丈夫か」
軍属に入り外傷患者もだいぶ見て来たが、今回の
「
「血の貸し借りをしてるのかよ」
「借血のご利用は計画的に、とは行きませんねえ。・・・
当時、
お互い数が多くはない血液型ではあるが、検査してみたら見事適合。
「赤の他人でそんな適合するのそりゃ珍しいな」
「そうなんです。宮廷に関わる人間はどこかで血が繋がっているかもしれないですよね」
それは恐ろしい話だ。と
いつの間に拾ったのか、左手に褐色の風切羽を三枚、嬉しそうに手に持っている。
「これが初列風切、次列風切、三列風切。・・・どんな飛行機やヘリコプターよりもお見事なデザイン。・・・
「はいはい。じゃ、ダウンジャケットとか羽根布団捨てる時とか中身あげるわ」
そういうんじゃなくてですね、と
背負っている背中が熱い。
砂風呂くらいの温度だ。
さっきまで熱にうかされて興奮したように喋っていたのだが、本当に発熱していたようだ。
これでは