第22話 ある家令の死
文字数 6,171文字
呪いを解こうとする人間に災いがもたらされてるようだね。ほらピラミッドの呪いみたいのあるじゃない。まったくあのお姫様、とんでもないことよ。と、老女家令は冗談めかして笑うが、その表情は力がなく、顔色も悪い。
徐々に体力が落ち、意識も
王族の最後を司祭が看取るように、家令の最後は総家令が看取る事になっている。
その度に
ついに今回は心配した
さすがに、
私は家令が戦場でもなく病院で死ぬなんてそれだけでも恥ずかしい世代、退院する。という
ベッドで身を起こした
驚いた事にこの妹弟子は飯炊きが出来るらしい。
更にりんごだ梨だと器用に剥き始めたのだ。
家令にしては珍しいスペックの持ち主。
「・・・
今日が峠、と言われて何度も持ち直した
同伴して来た
週末は夕食を一緒にと
つまり彼の見立てでは、来週までは保つまいという事だろう。
あれでもこのアカデミーで医師免許を取得している。
手段の為に目的を選んだだけだから、その後は宝の持ち腐れ。まあ、せっかくだから役立てて欲しいものだ。
ウールで出来た軽くて保温に優れたもので、羊毛から作ったのだと妹弟子は言った。
またしても驚くべき事に、彼女が作ったらしいのだ。
「去年、
何色が好きですかと尋ねられて、黄色、金運にいいらしいから、と答えると、このショールを持って来た訳だ。確認してみると、
家令なんぞにならなくても、生きていけそうではないか。
というより、やはりならない方が良かったのではないかと、静かに梨を剥くのに集中している妹弟子を見た。
「・・・・ちょっとあんた、すごいわね・・・」
姉弟子に言われて、はっとしたように孔雀が顔を上げた。
白鳥だのライオンのような飾り切りが出来上がっていた。
「まあ、器用だこと・・・」
ちょっと度を越しているが。
「私、こういうこちゃこちゃした事好きなんです。鳥達の
「・・・お前、カニ食べる時、自分で剥くだけ剥いて、あいつらに全部取られるでしょう?」
どうしてわかるの、と孔雀は目を丸くした。
やっぱりねえ、と
本当ならばもう少し見守りたかったけれど。仕方ない。
「・・・翡翠様がお食事を召し上がるようになったと白鴎が喜んでいたそうね」
彼は子供の時から偏食家だった。
侍従だった
「そうなんです。
「・・・あの人、何食べるの?」
不思議でしょうがない。
「今の所なんでも召し上がるようですよ。
孔雀の実家が経営している一部門の飲食店だ。三店舗あり、老舗洋食屋としても人気がある。
「ええ。私、あそこのエビフライ乗ったカレーが好きなのよ」
「私は、カニクリームコロッケ。
実家からメニューを持ってきた
もともとがプロのシェフでもある
あの
「・・・では、お待たせできないわね。大丈夫。そう時間はかからないわ」
自分でもわかる。もう間もなくだ。
それはどうしようもない事だし。
今、死に向かっている自分は正しい事をしているという妙な使命感すらある。
孔雀は困ってしまったようでちょっと俯いた。
総家令代理も務めアカデミー長でもあった彼女にしては、だいぶ質素な暮らしぶりだが、そもそも彼女はそれほど身を飾ったり、住まいに凝ったりする事に興味がないのだろう。
その昔、
そもそも家令筋ではなく、優秀なのを当時の総家令である
「・・・
孔雀が驚いて顔を上げた。
「おや、書いてなかったのね。母が女官だったの。
「・・・・そんな。女官方もですか。本当に何か罪に問われるような事をしていたんですか?」
「戦争と一緒、いえ、それ以上よね。そういう時に、真偽なんて関係なくなっちゃう。結局、罪が問われて父も、両親のどちらの実家も断罪になったそうよ」
当時の総家令であったのは
史上最も権力と実績がある呪われた総家令だったと言われている。
最強で最悪、今でもそう伝わる女家令だ。
彼女は、度重なる動乱や反乱を力で退けてきた。
「・・・私はまだほんの子供。
「そもそもは、
「・・・心残りは、お前の呪いをちゃんと解いてあげられなかったことよ」
メカニズムは半分はわかったけれど。いつどうしてそうなったのかもわからないのだ。
「・・・・
あの皇女の焼き餅焼きにも困ったものだ。
「でも、私。もう別にそういうのしなくていいかなって気もして来てて・・・。不都合があるわけじゃないし」
「お前はよくても、
家令になったら女がやらなきゃならないと全部やらなくてもいい、ほら、楽ちんでしょ。と
この雛鳥だって時が来れば大人になるのだ。
ちゃんとした大人になるのかは、家令だから別問題だとしても。
出来うる限りの資料は残した。
あとは黄鶲に託すしかないけれど。
「・・・
「
他の家令達は、宮廷に再び出入りを許されたのに、当時総家令代理だった彼と、正室付きだった
血縁はないが、それでも親であり兄弟でもある弟弟子の事。残念に思っている。
「今は国外ですって?」
「はい。
まあ、それは。と
国外で超法規活動、
不真面目で文句が多く目立つから、家令にはスパイなんて無理と自他共にも認めているが、それでもそういった活動は不可欠となる。
家令でございますといえば道理も引っ込む国内や公式の国際機関ではなく。
「ああ本当にお前。普通に家令やっていても困難は多いんだから、おかしな苦労はしませんように。・・・全く。行く末が心配です」
「家令は不思議ですね。私、お姉様からもお兄様からも、自分が苦労したんだからお前も血反吐を吐く思いで苦労をしろなんて言われたことがないです」
徒弟制度に近いシステムなのに面白いなあと思っていたのだ。
「私も苦労したからお前も苦労しろは呪いに近いものですね。魔法をかけると、呪いをかけるというのはまたちょっと似て非なる物ですよね」
「・・・呪いだの魔法だの。私は科学者ですよ。お前はそうねえ、どちらかと言ったら錬金術とかそっちに感性が近いわね。・・・そうね。人間、あまり苦労すると歪むからねえ。女の子は特にそうなのよ」
あまりにも極端な経験や、特別な資質を持った末に成功体験すると同じ経験した人以外は偽物に見えるんだと思うと
宮廷なんてそんな人間ばかりだ。
「我々は、妹弟弟子の荷物は少しでも少なく軽くしてあげるように、行く道は平かでありますようにと願ってそうするように教育されるけれど。それは我々が群れで飛ぶ鳥だからできることですよ。それを忘れないようにね。お前も私もたった一人であってもその事実は変わらないからね」
ちょっと疲れた、と瑠璃鶲は咳き込んで浅くため息をついた。
孔雀はお茶を差し出した。
家令というのは世間的にあまり良いイメージを持たれていないし、確かに素行はよろしくない。教育は厳しいし思想は極端だけれど案外過保護なのだ。心配なうちは年長者が下の者の手を繋いで歩く程に。そういう伝統と言うか習慣らしい。
孔雀なんて、今だに手を繋がれる時がある。
「ああ、昔はね。
この姉弟子こそ大変な困難も経験した人生だろうに、そう彼女が言えるのは、果たして彼女の芯と言うのは何なのだろう。
例えば、先述の苦労が自分の人生や存在の根拠である人間がいるように、例えば血統のような物がそうであるように。
おそらく家令である、という事か、と
彼女が息を引き取った時、いつなのかわからないくらいにとても静かで。
多分、夜中だったのだろうと思う。
こんなに静かな夜があるのかと思うくらいにしんとした、まるで水底のような空間。
家令の死がこんなに静かなのかと驚いた程で、たまらなく悲しかった。
夜が明けて、
城に帰還し、しばらくは何事も無かったかのように通常業務をこなしていたが、ある日
この妹弟子にとって姉弟子の死は辛いものであったのだろうけれど。
納戸にしか見えない小さな観音開きの扉が小部屋だったのも驚きだが、ガーデンに居た頃、
最近部屋に連れ込んで可愛がっている猫もいるらしく、中で猫が腹を空かして大騒ぎしていた。
「早く出ないと飯抜き」「今なら百叩きのところ半分にしてやるから出て来なさい」等と姉弟子や兄弟子がいくら言っても、扉は固く閉ざされたままだった。
「出といで!
扉の前に置かれた不思議な海洋生物の標本や、おかしな匂いのする生薬、巨大なテンポドロップやガレリオ温度計を一個一個退かしながら、
「
しばらくすると、扉が少しだけ開いて、必死の形相の黒猫が飛び出して来た。
それから
「・・・ああ、脱水だな」
またしても泣きすぎて大福の様に目を腫らした妹弟子に、
「・・・低血糖にもなってるな。どれ、甘いもの食べようか」
家令達は、その様子を意外そうに見ていた。
そう言えば、閉じこもった