31:一進一退

文字数 1,951文字

 肩を並べて黙って歩く2人についていけば、辿り着いたのは格闘ゲームのコーナー。2台のゲーム機の間には大きなスクリーンが設置されており、私のようなプレイヤーでない人も2人の対戦が観戦できるようになっていた。
 2人は台についている椅子に座り、メダルを入れ、使用するキャラクターを選び出した。
 ここではっと我に返る。自然な流れだったので気にも留めなかったけれど、もしかして、今からこれをやるつもりなのだろうか。天王寺くんの性格は分からないので何とも言えないけれど、まさか梅崎くんがこんな巨大スクリーンがついているゲームをやる人だったとは知らなかった。意外だ。
「何ゲームマッチにする?」
「いつもと同じでいいですよ」
 慣れた手付きで設定を終えると、あっという間にカウントダウンが始まる。5、4、3、2、1――――。
『READY FIGHT!』
 ゴングの音声が鳴ると同時に、2体のキャラクターはお互いに攻撃を繰り出した。
 大きな弓矢や剣を背負い、どんな距離からでも攻撃できる男性キャラと、自身の身長の2倍近く飛び、自慢の速さで相手との間合いを一気に詰めるほどの脅威的な脚力を持つ忍者のような猫のキャラ。どちらが梅崎くんの操縦するキャラなのか分からないけれど、勝負が接戦なのは、スクリーンが表示するHPの数値を見れば一目瞭然だった。
 1人が大技を繰り出せば、もう1人は上手くそれを躱す。さっきからこの繰り返しで、なかなか勝負がつかない。このゲームには制限時間がないらしく、もうすぐ数分経つけれど、終わる気配はなさそうだった。
「すご………」
 頑張れだとか、いけるだとか、さっきのシューティングゲームでは言えていた応援の言葉は言えそうにない気がした。
 ………いや、言えそうにないんじゃなくて、言えない。2人とも本気で、全力でプレイしているのに、そんな温い応援なんてできる訳ない。このまま黙って勝負を見届ける事でしか、応援できないんだ。
 そう痛感すると、この上なくもどかしくて、拳をギュッと握りしめた。


 ゲームを始めて早1時間。お互いに1勝し、勝負は第3ラウンドまで進んでいた。最初に梅崎くんたちがした設定では、これがラストゲームらしい。機械の音声を合図に、2体のキャラは動き出した。
 まず、天王寺くんの使役する猫のキャラが滑り込む形で男性キャラに攻撃しようとする。それを梅崎くんは攻撃で相殺し、一気に天王寺くんとの間合いを詰めた。そしてそのまま必殺技を繰り出し、天王寺くんのHPを大幅に削る。「クソッ!」という悔しそうな声が聞こえた。
 でも、天王寺くんも負けていない。攻撃を受けて宙に浮いた体を無理矢理操作し、そのまま攻撃に転じる。不意を突かれた梅崎くんも、攻撃によりダメージを受けた。この動きを見るのは、もう何回目だろう。
 今の天王寺くんの操作の仕方には覚えがあった。2人の戦いを見守りながら、私は奏汰の見せてくれた動画を思い出す。
 奏汰の好きな配信者さんが企画でやっていた、神業チャレンジ。たしか、あえてダメージを受けて、油断した相手に攻撃を仕掛けるという難易度がバカ高い業だったはずだ。「こんなのいつかやってみてぇな」って、珍しく奏汰が興味を持ってたっけ。
 あの時、たしか何日も練習した結果できるようになった、と配信者さんは言っていたけれど、それでも成功する確率は低い。そんな神業を天王寺くんはいとも簡単そうに、何度もやってのけていた。それに少し驚いているのか、さっきから梅崎くんはプレイしながら何度も深呼吸をしている。やっぱり強いんだな、と実感させるには十分だった。
「あっ………!」
 HP残量はお互いに僅か。決着がもうすぐつく。一度のミスも許されない中、天王寺くんが動いた。
 まず、自慢の脚力で梅崎くんとの間合いを一気に詰める。そして一発パンチを入れ、梅崎くんの体制が崩れた瞬間、必殺技を叩き込んだ。
 梅崎くんが、負ける。攻撃をくらってどんどん減っていくHPを見ていれば、その結果は確実だった。天王寺くんが勝つ。誰だってそう思っただろう。
「――――っしゃ、来た………!」
 静かに、でも興奮したように声を震わせながら呟くと、梅崎くんの動きが急に変わった。
 今までほとんど弓矢を使い、遠距離から攻撃していたけれど、今、この瞬間。梅崎くんは武器を切り替えて剣での近接勝負に出たのだ。予想外だったのか、天王寺くんの手元が少し狂ったように見えた。
 そして、その一瞬を彼は見逃さない。相手の動きが僅かに崩れると、その瞬間にカウンターを仕掛けた。
 ギリギリだったHPは、そのカウンターによって完全にゼロになる。勝負の決まった瞬間の映像がアップになり、勝負の終わりを告げた。

 一進一退の攻防戦。
 勝ったのは、私の想い人でした。
 
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