32:憧れの人

文字数 1,402文字

 決着がつくと、梅崎くんは何でもなかったかのように立ち上がり、「行きましょうか」とゲーセンを後にしようとした。
「あ、ちょっと待って」
 そう彼を呼び止めると、私は椅子に座ったままの天王寺くんに近寄った。彼は負けたという事にショックを受けているのか、ブツブツと何かを呟いて、私に気づいていないようだった。
「あの………天王寺くん」
「………あ?」
「ちょ、木原さん?!」
 天王寺くんは警戒するような声で返事をし、梅崎くんは驚いたような声を上げた。まさか私が彼に話しかけるなんて思っていなかったのだろう。気にせず私は言葉を続けた。
「いや、大した事じゃないんですけど………さっきゲームする前、梅崎くんの答え聞いた時、かっけぇ………!!って言いませんでした?」
「………は?!何言ってんだお前、そんな事言う訳ねーだろ!」
 意味が分からない、とでも言いたげだが、彼の顔が僅かに赤く、冷や汗をかいている事を私は見逃さなかった。
 それに、ゲームをしている時も、梅崎くんの隣を歩いている時も、彼はどこか嬉しそうで、感動しているように見えた。それらの瞬間を見た時、梅崎くんを突き飛ばしたのには理由があるのではないかと思ったのだ。
「これは私の想像でしかないんですけど………もしかしたら、梅崎くんの事を尊敬してるのかなって思ったんです」
「え?」
 梅崎くんが目を見開いて自分を指差す。それに頷いて、天王寺くんに向き直った。
 天王寺くんの顔はもう誰が見ても分かるほどに赤くなっていて、ワナワナと体が震えていた。今にも泣いてしまいそうなくらい――――。
 ………泣きそう?
「え、あの、気に障ったならすみません!気にしないでください!」
 慌ててそう言うも、時すでに遅し。彼は目に涙を浮かべ、勢いよく下を向いた。
 まずい、泣かせる気なんて毛頭なかったのに。泣かせてしまっただろうか。
 急いで泣き止ませようといろいろ声をかけてみるが、どれも反応がない。ここはそれなりに人がいるので、注目を浴びてしまう。ひとまず、さっきのベンチまで移動させる事にした。

「………あの、本当にすみません。泣かせる気はなかったんですけど………」
 少し落ち着いた様子の彼に改めて謝ると、彼は力なく首を振り、深いため息をついた。
「………バレちまったのか」
「え?」
 一言そう言うと、もう吹っ切れたかのように素早く立ち上がり、梅崎くんの両手をギュッと握った。梅崎くんはというと、状況が読み込めないのか、助けを求めるように私を見つめてきた。でも、私にもこの状況はよく分からない。ごめんという意味を込めて、首を横に振った。
「梅崎さんがゲームしてるのを初めて見てから、俺感動して………!梅崎さんみたいになりたいんです!!」
「え?あの、ちょっと………?君、天王寺時雨ですよね………?」
 今起こった事が信じられないとでも言いたげに、梅崎くんは本人かを確認する。まぁ、いきなり自分を尊敬されてこんなに豹変されたら、驚くよね。
「はい、俺は天王寺です!これからはどうぞ、梅崎さんの好きにこき使ってください!」
 さっきより目を輝かせて、本当に別人のようになった天王寺くんに戸惑いながら、梅崎くんは苦笑していた。

 多分、何かと張り合ったり、突き飛ばしたりしますのは梅崎くんの記憶に残りたかったから。そして、あわよくば構って欲しかったから。
 どうやら梅崎くんは、天王寺くんにとって憧れの人になったらしい。
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