8:思春期だから…?

文字数 1,146文字

 テスト勉強の息抜きに、と思い、近所のスマイルバリューまでレモンスカッシュを買いに来た時の事だった。昼を過ぎた頃だったし、客も少ないだろうと思っていた……が、ちょうどレモンスカッシュの棚の前に誰かいる。歩いていた足をピタリと止め、その場で硬直した。
 ……気まずい。この状況は本当に気まずい。
 すみません、と一言断って取ればいいだけの話なのに、僕からはその言葉すら出ない。ただ少し離れた場所から見て、その人がどこかに行ったら取りに行こうなんて考えているビビリだ。
 こんなだからいつも欲しいものは手に入らないし、あまり友達もできないんだろう。受験生になり、そろそろこの人見知りをどうにかしなければならないという事も分かっているけれど、今まで何年も僕の人生に引っかかってきたこいつは、なかなか消えてくれそうにない。
 己の弱さとも言うべき点を改めて刺激しながら前の人の動きを確認すると、その人の姿には見覚えがあった。
「木原さん……?」
 最初に思ったのは、なんて声をかけよう、だった。自分でも驚く。ついさっきまで、自分を人見知りだ、なんだと皮肉を言っていたくせに、彼女だと分かった瞬間、そんなものなんて初めからなかったかのようにそう思った。
 何してるんですか?背後からいきなりこれはない。こんにちは?その後の会話はどうしよう。候補の言葉は次々と浮かんでくるが、これといったものはない。そのうち考えるのがバカらしく思えてきて、隣のお菓子売り場に逃げるようにして立ち去った。
 …とりあえず、これで少し待とう。次にあそこへ行った時には、多分木原さんはレジだ。
 目の前に並ぶお菓子の数を数えながら、時間が過ぎるのを待っていた。
「ヤッホー、梅崎くん」
「うぇっ?!え、あ、木原さん……?」
 びっくりした。正直言って、口から心臓が飛び出るかと思った。冗談抜きで、口から何かが出そうになった。
 驚く自分を宥めつつ、依然として笑顔で話しかけてくれる木原さんと会話を続ける。どうやら、彼女も飲み物を買いに来たらしい。自転車で来た訳ではなさそうなので、歩きだろうか。僕と同じで、このスーパーの近くに家があるのかもしれない。
 その後も少し会話してから、お互いにスーパーを出た。僕は南に。木原さんは、東に。予想していた通り、彼女は歩いてここまで来たらしかった。

 木原さんといると、何故かいつもの人見知りは出てこなくなる。彼女の雰囲気が、実にフレンドリーだからだろうか。それとも、僕なんかの肩についた桜の花びらをそっと取ってくれた優しい人だからだろうか。とにかく、木原さんの隣は居心地が良かった。

 なんとなくだけど、彼女が気になる。クラスメイトだとか、友達としてではなく、僕自身が彼女を気になっている。
 ……思春期かな、これって。
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