11:楽しそうな彼

文字数 1,295文字

 英語を始めて数分後、私にとって予想外の事態が起こっていた。
「……梅崎くん、本当に英語苦手なんだよね?」
 自覚できるほどに不自然な笑みを浮かべながら、梅崎くんの方を向いた。
「あ、はい…英語だけは、どうも目標点が取れなくて……」
 落ち込んだようにそう言う彼だが、たった今、私が口頭で出した問題をいとも簡単そうに解いてしまったのだ。
 YesかNoで答える簡単なものから、一からすべての文をつくる少し難しいものまで、とりあえず、先生が教えてくれたポイントになりそうな問題を出してみたけれど、どれも彼には簡単なものばかりなようで。これを目の当たりにして英語が苦手だというのを疑わない方がおかしいようなものだった。
「ちなみに、目標点ってどれぐらい?」
 私がやったら少し時間がかかりそうな問題でさえ、さらっと解いてしまえる彼なのだから、きっと高い目標なのだろう。
「100点満点です……!」
 少し目をキラキラさせながら、案の定、バカ高い目標点を掲げる彼に教えられそうな事が一つも思いつかなかった。
 もしかしたら、梅崎くんは基本的にどの教科にも強いのかもしれない。その中でも苦手な分野なのが、英語だけなんだろう。
 そう考えた後、学年末の順位を訊いてみれば、
「たしか、4位だった気が……」
と、自慢げに言う事もなく、自然に順位を晒してくれた。というか、やっぱり頭良いんだ。
 先ほどまで教えてあげようじゃないか!と意気込んでいた私のやる気は、思いがけなかった彼の成績によって枯れた葉のようにしおれていった。
「…ごめん。梅崎くんに教えられる教科、ないかもしれない………」
「えっ、あ、いやっ、大丈夫ですよ…!その分、木原さんには、いつも助けてもらって………」
 フォローのつもりなのか、たどたどしく普段からの感謝を述べる。落ちた筆箱を取ってくれた、とか、よく僕とペアを組んでくれる、とか。出てくるのはほんの些細な事ばかりだった。最後の方には、僕なんかと毎日話してくれて……なんていういかにもな陰キャ発言が聞こえた。
 ……毎日話してるだけなのに、そんなに嬉しく思ってくれるんだ。
 それに気がついた時、ふと、落ち込み過ぎてジメジメした頭に生えかけたキノコが成長するのをやめた。そして反対に、体の中が温かくなるような感覚があった。
「……別にいいよ、それぐらい」
 そう呟くようにして言い、今度ははっきりとした物言いで言葉を続けた。
「友達でしょ、私たち」
 こんな漫画みたいなセリフ、人生で言うなんて一度も思っていなかった。勢いで言った言葉だったけれど、思ったよりもかなり恥ずかしい。頬に熱が集まってくる。
「よし。勉強しよう、勉強!」
 赤くなった頬をごまかすようにしてペンを握り、教科書に向き直った。
「はい…!」
 彼も同時に、教科書へ目を向ける。チラリと彼の様子を見た時、一瞬、彼の表情に目を奪われた。

 楽しそうだな、梅崎くん。

 普段はあまり見せないようなワクワクした顔で、楽しそうに教科書の問題を解いていた。
 ……そっか。勉強するのが楽しいから、そんなに良い点が取れるのか。
 なんであんなにスラスラと問題が解けるのか、納得した。
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