羽根と翼  黒井千次

文字数 2,354文字

純文学長篇 小説的醍醐味に満ちた黒井文学の傑作

「アシザワさんでしょう?クボシマは死にましたよ」黒いマントの女が、俺を時間の闇に誘い込む。


「違う。俺はアシザワを殺すつもりだった」「殺したのか」相手が異様に目を輝かせて身を乗りだした。「殺した」「どうやって」「扼殺」「どうして」「息の根を止めたかった」──(本文より)


(講談社HPより引用)

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000180116

これ、どの角度から突いてみるつもり?
うーん正直迷っているんだけど、読んで最初に思ったのは「これこそが純文学だ」ってこと。講談社のサイトを覗いたらこの作品の説明文に「純文学」の文字が踊っていたので、ぼくの感覚は間違っていなかったことがわかってほっとした。
「これこそが」? そう思う何かがあったの?

まあ、すこうし前のとある場所で小説のカテゴリーの話になったことがあって。

素人物書きにしてみると、自作品に自らカテゴリーを付けることが難しいこともままあるんだよ。

……それができないから、素人物書きなんじゃない?
君また、手厳しいことを言うね?(汗
それで? そもそも「純文学」の定義って?

難しい。辞書でその言葉を引くと


1 大衆文学に対して、純粋な芸術性を目的とする文学。

2 広義の文学に対し、詩歌・小説・戯曲など美的感覚に重点を置く文学。主として明治時代に用いられた語。


と出てくる。──デジタル大辞泉(小学館)より

なるほど。では、ここで「大衆文学」とは? ……なんて言い出したら意地悪かな?

とても意地が悪い!(笑

とにもかくにも、この作品は間違いなく、疑いようもなく「純文学」だった。

具体的には?

読むしかない。

文章そのものが、そうあるべく装飾されているという感覚は、理性でとらえるよりは感性で楽しみたいところ。表現がユニークかどうかはこれまた難しいところだけど、しかし少なからずストレートな表現ではないことも確かだった。

むー、圭さんの表現が拙いんだと思うけど、それだととても冗長でシツコイ文体なのかと誤解する。

いや、そんなつもりはないんだがな(汗

世の中には博識をひけらかした嫌味な文章が確かに存在するのだけど、これはそういうことじゃないんだよね。すっと染み入ってくる中に揺るぎない賢さが滲んでいる。本当に賢い人の文章は知恵の差を相手に感じさせないというのは、いろんな、小説に限らずいろんな文章を読む中でぼくが肌で感じてきたことで、それはこの作品にも当てはまっている。

本当に賢い人は、レベルを下げた文章を書いてくる……とは、ぼくも思ったことがあるよ。

嫌味なのは中途半端な人だよ。無駄に小難しい文章を書いてくるから。

たまに、大衆文学で「それを書くの?」という人がいるよね。大衆文学と言うのは一般に広くいる人が手軽に読む作品だってことでしょ? そんなに文章を格調高くしたいなら純文学を書けばいいと思う。なお、そういう人に限って純文学を書く力はない。(たぶん

ちなみにどのくらい簡易な文章なら、大衆文学として許容できる?

それも難しいね。でも、世の中の知識レベルの平均を取ったところを偏差値50とするんでしょ?

だから、大衆(偏差値50)の人が読んで理解できない文章は大衆文学としては失格だとぼく自身は思ってる。

ちなみに、圭さんの偏差値は……?
訊くな!
ってか、どうしてそんなに落ちこぼれちゃったんだろう。昔はもう少し賢かったよね?

ん? ぼくのどす黒く染まったティーン時代の思い出を語ろうか?

やだ、気分が悪くなりそう……(笑)
……まあともあれ、この作品は「純文学だった」。これが最初の感想。
内容については?
テーマは「老い」なんだろうなと思うんだよね。懐古趣味とはまたちょっとテイストは違うけど。
学生運動の時代に聴いて親しんだはずの歌に戸惑うシーンがあるよね。

1つの例としてそのシーンは外せない。勉強会もそうだけど、「違う」という違和感に「がっかり」する感覚。

思い出が「今」に蘇る時に抱える戸惑いのようなものがジンジン伝わってきた。

それって、ぼくらが思い出を美化しすぎているってことなんだろうか?
「過去」はそのままでも「今の自分」の感覚が変わってしまっているのかもしれない。「過去」そのものが劣化した可能性もある。
難しいね。
「今」の自分の軸でさえ不安定である、ということもこの作品では表現されているんではないかな。
たしかに、ころころと気持ちが変わる。

驚くほど丁寧に丁寧に分析されているよね。

ともすると内容が退屈になっちゃいそうなのに。……そういえば、そうはならない。
たぶんそれは、「アシザワ」の存在が大きいんだと思う。引っ張りに引っ張るからズルズル読んでしまうんだよ。
謎の存在だからね。結局最後まで正体がはっきりしない。

でも、わからなくても気にならない。

そもそも遠子の突飛な発言から、主人公本人の周囲にいたであろう「アシザワ」に飛びつく過程も変じゃない? でも、気にはならないんだよ。物語的には点から点へのつじつまの合わない飛躍が随所にあることは確かだけど、そこにみみっちくツッコみを入れるような作品ではないんだよね。

主眼はもっと大局的なところにあるのかも。

最後、全員を殺してしまうじゃない? あの場面をどう感じた?

あそこをどう捉えるかで読み方が変わりそうだよね。

そうだね。

そもそも作品の中に色々なものが投げ込まれているから、「これ」と、一つと定めて取り出すのは難しいよね。

試しに「死」の持つ意味を多面的に考えてみるのもアリかもしれない。

失敗したわけでもないけれど、必ずしも成功しているわけでもない人生を背負った主人公。そんな彼の微妙な立ち位置が作品に魅惑的で薄暗い影を投げているんだなと思う。

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